第4話 神父様はカウボーイ

 8月の第1週の日曜日に老神父の送別会と新しい神父の歓迎会が予定された。


 教会裏地の平家も完成し、併せて教会の掃除も教徒によって行われた。


 浩子も夏休みに入り、午前中は夏期講習を受け、午後は教会の掃除を手伝い、何かと忙しい日々を送っていた。


 この時期、家畜の牛と馬は、朝一に放牧し、夕暮れと同時に厩舎に戻すだけであり、世話的に手間は掛からなかったが、放牧地帯を囲む杭が所々、老朽化しており、有刺鉄線が緩んでいる箇所を修繕する必要があった。


 松原家の放牧地の面積は10haで東京ドームが5個、すっぽり入る広さであり、現在の牛20頭、馬5頭には十分過ぎるほどの広さであった。


 その周囲を囲む柵はおおよそ100mに杭1本で約100本の杭が打ち込まれていた。


 この8月の季節は、ここ久住山では積乱雲が多く発生し、夕暮れ時には毎日のように雷を伴う夕立が降り注ぐ。


 牛や馬は稲光に驚き、柵を越えて県道に飛び出し、自動車と衝突する事故が多発する季節でもあった。


 松原家の柵は、父親が、毎年、しっかりと修繕をしていたが、あの6年前の北九州地域を襲った台風17号により、浩子の両親は山林の手入れの際、土砂崩れに巻き込まれ亡くなった。


 それからは柵の修繕は全く手付かずの状態であり、浩子にはその事が気掛かりとなっていた。


 その週の土曜日の朝、浩子は馬に柵の修繕用の荷物を積み、タックルを伴い、放牧地に向かった。


「よし!取り敢えず、一周してみよう。緩いところに赤布を巻いて行こう。」


 浩子は幼い時、父親の背中にしがみつきながら、柵の修繕の仕方を見ていた。


「タックル、行こう!」


 浩子は馬を小走りに走らせながら、杭を一本毎、チェックして行った。


 半分チェックするのに半日かかった。


「ふぅ~、こりゃ大変だぁ~、チェックするだけで1日仕事だぁ~」


 浩子は昼餉のサンドイッチを食べながら、パンの端をタックルに与えた。


「タックル、ちょっと休憩するね。」


 浩子は放牧地内の栗林の木陰で馬を離したまま、木にもたれ昼寝をした。


 どれくらい寝たであろうか?

 か弱い女の子の浩子には馬から乗り降りするだけで、かなりのエネルギーを消耗していたため、すっかり熟睡してしまっていた。


 しかし、空を見上げると、夏の太陽はまだまだ、久住山に隠れようとはせず、夏雲達を寄せ付けぬようギンギンに照っていた。


「浩子、ほら聞こえるかい?お前の救世主が現れたぞ!」と栗林を吹き抜ける風達が浩子に囁いた。


「コンー、コンー」と木槌で何かを叩くような音が聞こえていた。


 浩子は寝惚け眼を指で擦りながら、その音が響く方を見遣った。


 誰かが、浩子の馬に乗り、馬上からハンマーで緩んだ杭を叩き込んでいた。


 その時、天空で威張り散らしていた太陽に流れ雲がちょっかいを出した。  

 そして、栗林の中から急に突風が牧草地を目指し吹き進み、飼葉の山を撒き散らした。


「カウボーイ?」


「よーく、見るんだ浩子、お前の祈りは通じたよ」と突風が笑いながら旋風に変身した。


「あっ!」と浩子の心は動悸(トキメキ)いた。


(…私の『愛する人』…)


 太陽を一瞬たじろげさせた流れ雲は早々と深傷を負わぬよう逃げ去るよう流れて行き、また、太陽が威厳を放ち、浩子の視線に光線を仕向けた。


 浩子は麦藁帽子を被り、顔に手を翳しながら、ゆっくりと、ハンマーの音が聞こえる方角に歩んで行った。


 「やぁー、君の馬かい?これで赤布を巻いた杭は全部打ち込んだよ。」とカウボーイが馬から飛び降り、ハンマーを肩に担ぎ浩子に近づいて来た。


 テンガロンハットを被り、デニムシャツにジーンズ、そしてブーツ、まさに西部劇のカウボーイさながらの出立ちであった。


 そして、カウボーイはテンガロンハットを斜めに被り直し浩子を見た。


「あの時の!」


 浩子はその青年が自分を覚えていてくれた仕草に更にときめいた。


「僕を覚えてるかい?教会の小径で会ったことを。」


 浩子は返事ができるのにわざと少女らしさを見せるように、コクリと頷いた。


「必ず会えると思っていたよ。」


 浩子は、また、ハニカミながら頷いた。


「君の牧草地かい?」


「えぇ…」


「女の子1人じゃ大変だよ」


「ありがとうございます。杭、打ち込んでくれて…」


「手伝うよ、1人じゃ無理だ!」


「ありがとう…」


「よし、君が緩んだ杭に印をつけてくれ!馬は何頭いるの?」


「5頭です。」


「1頭、僕に貸して貰っていいかい?」


「ええ、でも、鞍も鎧もその1頭しか付けてないの…」


「まぁ、見てなって!」


 カウボーイはそう言うと、飼葉を食むんでる馬の群れに近寄り、ひと掴み飼葉を握り、目星をつけた栗毛の馬に近寄り、そっと馬の口に掌を当て、馬に話しかけた。


 そして、「いい子だ、いい子だ」と話しかけながら裸馬に跨り、立髪を掴んだ。


 馬は一瞬驚き傾き立ち、後脚を蹴り上げるなど暴れ出したが、カウボーイは馬の耳に何かを話しかけ馬を落ち着かせた。


「凄い~、ロデオみたい~」と浩子が初めて笑いながら叫んだ。


「へっちゃらさ!」とカウボーイは得意気に言い、テンガロンハットを目深く被り直した。

 

 浩子も馬に跨り、先導を切って走り、緩んだ箇所に赤布を巻いて行った。


 その後ろでカウボーイがハンマーで「コーン、コーン」と杭を打ち鳴らした。


 全てが終わったのは夕暮れ時であった。


「今日はここまでにしよう!今度、鉄線を貼り直そう!」


「うん!ありがとう!」


「俺はジョン、君は?」


「浩子!」


「じゃぁ、浩子、来週どうかな?

 明日はちょっと時間がないんだ」


「うん!大丈夫!」


「では、また、あの栗林の下に来るね。」


「うん!待ってる!ありがとう!」


 カウボーイは手を一振りすると、栗林の中に姿を消して行った。


 浩子はカウボーイの姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。

 そして、神に感謝した。


(…神様、ありがとうございます。私のお願いを叶えてくださり感謝します、アーメン‥)


 次の日の日曜日、浩子は礼服を着込み、10時からのミサと昼からの送別会と歓迎会の準備のため、早めに教会に行った。


 教会の玄関は既に開かれており、数人の信者がミサの準備をしていた。


 9時半頃、老神父の軽自動車が教会に着いた。


 老神父は名残惜しそうに教会屋根の十字架を見つめ、そして、右手で十字を切り、教会に入って行った。


 10時には、多くの信者が集まり、老神父の最後の説教を待ち望んでいた。


 教会の裏口から老神父と新しい神父が入って来た。


 浩子は丁度、祭壇台に聖水を置こうとし、老神父の入場を横目で見遣った。


「カウボーイ?、ジョン!」


 浩子は思わず声を発した。


 ジョンは老神父の後ろに続き、そして、祭壇のイエス・キリストの十字架を見遣り、十字を切り、信者に一礼して、祭壇台の後の椅子に腰掛けた。


 浩子が聖水を置き終わり、祭壇台から離れかけた時、ジョンが浩子にウインクしながら挨拶をした。


「やぁ!カウガール浩子!」


 浩子はシスターらしく慎ましく下がり、ジョンの隣の席に座り、下を向き囁いた。


「神父様、お待ちしてました…」と


 

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