Case5

 出番が終わると、焉貴は瞬間移動で元の位置へ戻っていった。妻は緊張で硬くなってしまわないように、軽く息を吐く。目をつむって、


「後ろから抱きしめて!」

「イェーイ!」


 静かになると、衣擦れの音を伴って足音がさっそうと近づいてきた。真っ暗な視界で、颯茄は抱きしめられるのを待つ。何か特別なことをされるのではないかという疑惑が、鼓動を早くさせそうだったが、これはあくまでも『後ろから抱きしめて』で、それ以外のことは起きるはずがないと自分に言い聞かせた。


 すると、少し優しく腕が巻きついたのがわかったが、妻は頭を抱えそうになった。普通すぎる――。


 パニックになりそうになるが、とにかく落ち着け。何か手がかりがないかと、数秒間のことを鮮明に思い返そうとする。だがしかし、何も出てこない。そうこうしているうちに、


「三十秒前」


 夫たち全員の声がそろった。声の大きさにびくっとして、妻は目を開けた。後ろに振り向くことはできないが、視界の端で腕をたどって行くと、気づいた。かなり上の方から回されている腕。そうなると、背の高い旦那となる。それは二人、孔明と張飛。


 そこで、さっきびっくりした、三十秒前のかけ声の意味がわかった。


「張飛さん!」

「正解っす」


 妻はほっとして胸をなで下ろした。張飛は颯茄の正面に立ちにっこり微笑んだ。


「当ててくれて、よかったっす」

「それでは誓い言葉を……」


 オレンジ色のタキシードの袖口を触ったり、裾を触ったり落ち着きなかったが、張飛は意を決して言葉を紡いだ。


「なかなか言う機会がなかったっすけど、俺っちは颯茄さんのことかなり好きになったっす。いつでもそばにいるっすから、何か困ったことがあったらすぐに言ってくれっす。俺、全力で助けるっすから」

「張飛さんは優しいです。ありがとうございます」


 張飛は素早くかがんで、颯茄に軽くキスをした。生クリームを唇に乗せられたようなふんわりとした感触が広がった。


「どうしてわかったっすか?」

「最初は誰だかさっぱりわからなかったんです。目を開けたら、背の高い人だと思って、孔明さんか張飛さんかと。で、三十秒前をみんなで言っていたから、張飛さんは言えない立場にいるとなると、答えは張飛さんになる、です」


 張飛は颯茄の肩を優しくポンポンと叩いて、喜びを表した。 

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