かけ声をよろしく

 ――それから数日後の午後。


 荘厳な聖堂に夫婦十一人はやってきていた。きれいに花を飾りつけられた参列席に身廊。祭壇のすぐ近くには祭司が正装をして待機していた。空へ突き抜けるような高い天井に、妻の驚き声が響き渡る。


「えぇ!? 十人当てるんでしょ? 厳しくない?」

「うちは甘やかさないよ」


 焉貴のマダラ模様の声が有無を言わせないように突き刺さった。


「目をつむったまま背中から抱きしめられる、それだけで誰か当てるんですよね?」


 颯茄に確認されると、張飛は「そうっす」とうなずいて、細かいことを告げた。


「最初の三十秒は目を閉じていて、その後は真正面を向いたまま目を開けても構わないっす。制限時間はトータル一分。それまでに当てられなかったら失敗っす」

「うぐぐ……」


 颯茄は厳しい顔をして、唇をきつく噛みしめた。今日は女装をしていない月命は、乗馬でも楽しむような出立だった。


「普段どれだけ、僕たちのことをきちんと見ているかを試したいんです〜」

「見抜けたら、キラッキラのキスをプレゼントしちゃいます」


 貴増参の言葉を聞いて、颯茄は沈んだリングからはい上がった。


「確かに、理にかなってる気がします。誰だかわからないのに、キスをするのはおかしいですもんね」

「やるなら、全部当てろや」


 明引呼がハングリー精神王政で言うと、絶対不動で夕霧命が言葉を添えた。


「お前の持っている力を全て使えばできる」


 男の色気が匂い立つ袴姿の夫を前にして、妻はピンとひらめく。


「夕霧さんが言った時点で、何の能力を使うかが何となくわかりました。やります!」

「颯ちゃん、張り切ってる」


 感情に流され気味の妻とは対照的に、孔明はクールだった。


 さっきから少し動きづらい純白のドレスを、颯茄は手で触りながら、


「あ、あの、ひとつ質問です。どうして、ウェディングドレス着せられてるんですか?」

「心が通いあったところで、もう一度きちんと式をしたいと思ったんす」


 張飛が答えると、颯茄はみんなを見渡した。


「あぁ、そうですか。あれ? でも、みんなは普段着じゃないですか」


 誰一人として、ハレの日ではない。張飛が当然のことを言う。


「先に着てたら、誰が何色のタキシードだったか覚えられるっすからね」

「ああ、なるほど。わかりました」


 颯茄がうなずくと、張飛は話を先へ進めた。


「心の準備ができたら、声をかけてくれっす」


 祭司さんの許可を得て、神聖なる儀式を行う場所を借り切っているわけで、妻としては普通のことではなく、暴走し始めた。


「こう言うのはどうですか?」

「いいのがあったすか?」

「後ろから抱きしめて! と叫んだら始まるとか」


 妻の声が高い天井までぴょんと跳ねた。


「いいんじゃないすか」

「ちょっとテストしてもいいですか?」

「いいっすよ」

「よし!」


 颯茄は気合を入れると、声を張り上げた。


「後ろから抱きしめて!」

「…………」


 小さなこだまが返ってきただけで、あっという間に元の静寂がやってきた。颯茄は首を傾げて、大きく右手を上げる。


「すみません。ちょっと待ってください。なんかこう、コンサート会場じゃないですけど、返事返ってこないと寂しので、私が言ったら、イェーイってみんなは言ってください」


 花嫁の注文を、花婿代表の張飛が間を取り持つ。


「みんないいっすかそれで」

「構わない」


 颯茄は手に持っていたブーケの香りを思いっきり吸い込んで、


「じゃあ、もう一回試しでいきます」


 もう一度気合を入れて、力の限り叫んだ


「後ろから抱きしめて!」

「イェーイ!」


 野郎どもの声が聖堂に反響して、颯茄はウッキウキのノリノリになった。


「うほっ! オッケーです、オッケーです! こう気持ちが盛り上がります」


 さっきから、右に左に落ち着きなく動いている颯茄を見ていた蓮は、バカにしたように笑った。


「はっ、調子に乗りすぎだ。はずしたらどうなるか……」


 説明は一通り終わった。張飛は瞬間移動であるものを手の中に呼び寄せた。


「始める前に、俺たちが着替えるっすから、これをつけてくれっす」


 渡されたものを見て、颯茄は少し張飛抜けしたが、


「ヘッドフォン……。わかりました」


 すぐに意味を理解して、勢いよくヘッドフォンをつけた。


 旦那たちが別室で着替えて聖堂へ戻ってくると、コンサート会場のような歌声が聞こえてきた。


「♪稲妻がきらめいて〜 激しい雨に打たれてる〜」

「歌ってる」


 旦那たちはため息まじりに言う。背を向けている颯茄は気づかずに、右に左にステップを踏み、両手を広げてパーフォマンスもバッチリだった。


「踊ってる」

「♪友達でいたはずの あなたが恋しくてたまらない〜」

「自分の曲を渡したのがよくなかったんじゃないか?」

「♪また恋をなくして 今頃あなたに気がついたの〜」

「何で、あの歌なんだ?」

「♪誰かに恋するたび 何か違うと感じてた〜」


 AメロからBメロへと入り、このままでは夫たちを放置したまま、サビを歌い、一曲全部歌うかもしれない勢いだった。


「♪あぁ〜 知らぬ間にあなたを こんなにも愛してた……痛っ!」


 しかし、妻の後頭部に激痛が走り、振り返ろうとすると、首を真正面に固定された。少しずらしらベッドフォンから、蓮の奥行きのある声が入り込む。


「振り向くな。終わった」

「ああ、はい。ヘッドフォン返します」


 少し舞い上がっていた妻は、地に足がついた。決して振り返ることはせず、腕だけを後ろへやる。張飛はヘッドフォンを受け取ると、最後の注意事項を伝えた。


「当てた時には、どうして当てたか説明してくれっす」

「了解です!」


 そして、いよいよ始まった。後ろから抱きしめて!

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