酔っ払いが殺人事件の話をするな

富升針清

第1話

「少女の人形は呪われていて、持ち主を殺す、ねぇ……。さては、伊吹。お前酔っているな?」

「いやいや、酔ってないって。それに実際にあった話なんだよ? 持ち主の胸を貫通する一本の包丁が刺さっていた。包丁の柄には人形の手が添えられていた。いや、嵌っていたと言ったほうがいいのかな?」

「随分とデカい人形だな」


 矢田は昔妹が遊んでいたリカちゃん人形の手を思い出す。親指とその他の指に出来た隙間に、妹もよく無理矢理何でも掴ませていたっけな。

 そう考えると、包丁の柄が嵌るなんて随分と大きな手の人形だ。


「そうだね。結構大きいよ。でも、矢田君よりは小さいかな?」

「誰もそんな心配してねぇーよ」

「矢田君の等身大人形があったら僕なら買うけどな。でも、その人形は約五十センチ程の大きさの人形だね」

「赤ちゃんぐらいのデカさだな」

「そうだね。因みに、矢田君は産まれた時の身長と体重覚えてたりする?」

「身長は、四十八センチだった気がするけど、体重は知らん。てか、絶対この話関係ないだろ?」

「三千二グラムって覚えやすいと思うんだけどな? ま、関係ないと言えば関係ないんだけどね。当時、持ち主は家に一人。家族は三日前から所用で家を出ている」

「部屋に荒らされた後は? 外部からとかないのか?」

「荒らされた形跡も無ければ、取られた物もなし。何より、争った形跡がないんだよ」


 矢田は少し唸ると、目を閉じる。

 家には、人形と持ち主のみ。外部から犯人が侵入した形跡もなければ、争った形跡もない。


「因みに、この事件解決済みか?」

「それより、矢田君。先週いつもよりもプリン買い過ぎてなかった? 大丈夫? 固いプリン食べれる? 大丈夫? 僕が砕こうか?」


 何でだよ。固いプリンの存在意義をぶち壊すな。


「いや、それより過ぎるだろ。こっちの質問に答えろよ、酔っ払い」

「酔ってないよ。事件が解決してるかは秘密。矢田君的には人形が殺したんだと思う? それとも、誰が殺したの?」

「誰ねぇ……」


 そもそも、登場人物が少なすぎる。

 名前があるのは人形と持ち主と、大目に見て家族ぐらいだろうに。


「新しい登場人物はいないの?」

「居ないよ。矢田君が二週間前の街コンで誰とも仲良く出来なかったぐらいに皆無」

「この野郎……。煽りやがる。ま、それだけなら人形が殺したとは思わないな。大体、どうやって人形が殺すんだよ」

「人形が包丁を持って飛んでぐさって。呪いパワー!」

「避けろよ」

「時速150キロで飛んでくるんだよ?」

「普通に包丁無くても人形のデカさで死ぬだろ。それは」


 それにしても、だ。


「伊吹、何でそんなに酔ってんの?」

「酔ってないよ? 何で矢田君は僕のこと酔ってると思うかな?」

「頭回ってないから。いつもなら絶対に出さない尻尾出してフラフラしてる感じ? 何で言えばいいのかわからんが、酔ってるんだよ。お前」

「酔ってないと思うけどなぁ……。何処ら辺が頭回ってなかった?」

「まず、人形が殺す場合の説明。胸を貫通と最初教えてくれただけじゃん。そん時、普通に正面から胸を一突きって人間は想像するよな? けど、人形の殺し方が包丁を持って飛んでくる。後付けした速さは置いておいて、その人形のデカさなら、正面だったら間違いなく避けれるだろ。でも、答えを知っているお前なら不可能な想像なんてしないよな? なら、包丁を持った人形が飛んでくる事で殺害可能な状況があるって事だろ? つまり、持ち主は正面切って殺されてないんだよ。後ろから、胸を刺されて貫通していたんだ。そんな分かりやすい言い間違いするのは、お前が酔ってる証拠だろ?」

「お見事。流石だよ、矢田君。素晴らしい。瓶詰めにしたいぐらいだ」

「すんなよ。怖いわ」


 酔ってるなぁ。


「そう、持ち主は背中から刺されて死んでいた。では、殺したのは誰だい?」

「殺したのは、持ち主自身じゃないか? つまり、自殺だな」

「可笑しいね。矢田君は自分の背中に包丁を刺せるのかい? ……そっか、触り心地柔らかいし、体柔らかいのか。マット買う?」

「途中からおかしくなってんぞ。嫌味なら最後まで突き通せよ」

「……嫌味ではなく、純粋にマットを矢田君に買ってあげたい……」

「いらねぇー。何処に置くんだよ。人形が包丁持ってたんだろ? なら、包丁はまっすぐ固定されている状態だ。そうなれば、何とでも出来るだろ? 例えば、人形を寝かせてその上に背中から倒れる。壁などに固定させておいて背中からぶつかる。または、上から吊るしておいて、紐を切って突き刺ささせるとか。でも、言う程簡単じゃないしうまくも行かんかったんだろうな。三日も家族が留守にしてたんだろ? 何回も失敗して。漸く最後で成功ってところか? 伊吹」

「ふふふ、吊るすのが正解。何回も失敗したんだと思うよ。ま、頑張り方の方向が間違ってるけどね」

「一回の失敗で踏みとどまれる理由がなかったんだろうな」

「そうだ、ね……。矢田君、僕も一回の失敗では……」


 そう言って伊吹が矢田の手を掴んだ。

 矢田はそれを振り払うことなく、そっと伊吹の首を掴んで……。


「へ?」


 カウンターに抑えつける。


「何これ!? 何プレイ!?」

「プレイ言うな。ほーら、伊吹。カウンターが冷たくて気持ちいいな? 貴方はだんだん眠くなる、眠くなる……」

「普通はコインとかじゃないの!? ……あ、矢田君が描かれてる紙幣作りたい」

「当身っ!」


 矢田が伊吹の首の後ろを思いっきりチョップする。

 すると、不思議な事に伊吹は動かなくなっていく。

 余程、疲れていたのだなと、矢田はため息をついた。


「まったく。漸く寝たか、酔っ払いめ。疲れてるなら無理すんなよ」


 バーのカウンターに伏した伊吹の頭を叩きながら、矢田は酒を煽る。

 しかし、伊吹が酔うとは大学以来の珍事件だ。

 いつもらならばどれだけ飲んでも酔うことなどなかったのに。

 酔ったら、こうなるんだったけか。

 紙幣って……。


「ホラーだな」


 矢張り、人形よりも殺人事件よりも目の前の現実が一番怖い。

 そう頷く矢田の隣から、矢田を呼ぶ声が聞こえた。


「……あの、矢田さん。何で伊吹さんが矢田さんの産まれた時の体重知ってるんですか……?」


 矢田の隣で震えながら座っていた二人の後輩であり、このバーのオーナー池田が、見てはいけないものを見た様な目で伊吹を見ている。

 矢田は、池田から伊吹を隠してやるようにそっと自分の上着を伊吹の顔にかけ、振り返り口を開いた。


「わからんが……、これだけは知っている。伊吹の携帯の暗証番号は、3002だ」

「ホラーじゃんっ! 怖っ! やばっ!」


 怖い話は本日ここまで! 次回のご来店お待ちしております!




おわり

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