第1部 その2「変身ヒロインが倒すんだって」
「内緒にしとくから、大丈夫だよ」
「え?」
「コスプレすること」
話は陽壱が苦し紛れにコスプレ発言をする、少し前にさかのぼる。
陽壱は頼まれ事をされることが多い。頼ってもらえるのはありがたいので、特に理由がなければ断らないことにしている。
今日もその日常のつもりだった。進級して別クラスになってしまった美月を迎えに行く途中に、担任から声をかけられたのだ。
「いいですよー」
担任からは「資料室から授業に使う教材を持ってきてほしい」と頼まれた。二つ返事で引き受けた陽壱は、隣の教室で待っていた美月に声をかける。
「美月ー、ちょっと資料室に行ってくる」
「はーい、いいよー。待ってるー」
美月はふにゃっと笑って、軽く手を振った。その笑顔は、陽壱に対して効果抜群だ。
回想終わり。
安請け合いは時に、不条理を呼ぶ。
コスプレと咄嗟に言ったものの、佐久間 優紀がしていた格好はそんなものではない。その程度のことは、陽壱にも理解できていた。
あんなに身体に密着したボディスーツなんて見たことがない。仮に存在していたとしても、着るのも脱ぐのもかなり大変だろう。
蛍光ピンクと蛍光グリーンの鎧みたいなものも、段ボールやプラスチックとは明らかに違う質感をしていた。
それに、なんか翼みたいなものが露骨に浮いていた。
ただ、気にはなるものの、それを優紀に問うのは違うと思った。
こんな人気のないところで、隠れてあの格好をしている。それは人に見られたくない事情があるからだ。
だからこそ、あえてとぼけた対応をした。それに対して優紀がどう反応するかで、次の対応を決めよう。
「う、うん、そうなの、コスプレ」
「学校じゃ、ほどほどにね」
「ありがとう。それじゃぁね」
優紀は猫背のまま、逃げるように去っていった。
どうやら陽壱の選択は正解だったみたいだ。約束は守る。悪いけどこれは美月にも秘密だ。
佐久間 優紀。
一年生の時に同じクラスだった女子だ。長身で美人なのに、それを隠そうとしていることが特徴的だった。引っ込み思案で輪の中に入るのが苦手だが、寂しがりやだったのを覚えている。
二年になって別クラスとなり、ほぼ話すことがなくなった。新しいクラスには馴染めたか、少し気にかかっていたところでの出来事だ。
また見かけたら軽く声をかけてみよう。もちろん、あの件には触れずに。
そんなことを考えながら、美月の待つ教室に向かった。足取りが軽くなってしまうのは自覚している。
二人の帰り道は、いつも穏やかだ。美月がとりとめのない話をして、陽壱が頷く。話題がなければお互いに黙るが、気まずさは全くない。
「そうそう、最近ね、なんか出るんだって」
「なにが?」
「怪物みたいなのが」
顎に指を当てた美月が、クラスでの話題を思い出しながらゆっくりと話す。陽壱はこの間も可愛いと思う。
「うーんと、透明で大きいらしいよ」
「見えないんじゃわからないね」
「だよねー」
話の意味はわからないが、美月が楽しそうなので気にしない。透明な怪獣なんてものがいるなら、興味本位で見てみたい。
「でねー、変身ヒロインが倒すんだって」
「アニメの世界だな」
「だよねー」
学校と駅の中間あたりに、小さな公園がある。この歳になれば、そんなところで遊ぶことはなくなる。なんとなく懐かしい気分になった陽壱は横目で公園を見た。
何かがいる。
透明だが、透明じゃない。
高さ三メートルに幅二メートルくらいだろうか、奥の景色がぼやけている。
なんか、まずい気がする。
「美月、急ごう」
「え、なに?」
美月の背中を押しながら、歩みを早めようとした。が、時すでに遅しだったようだ。
公園の方向から耳をつんざくような異音が響いた。機械音でもなく動物の鳴き声でもなく、ただ不快感と不安感を煽るような音だった。
陽壱と美月は耳を塞いでうずくまった。
普段は帰宅する学生が何人か歩いているのだが、今は誰も見当たらない。付近の住宅からは人が出てくる気配もない。この音は二人だけに聞こえているのかもしれない。
何が起きているのか、わからなかった。ただ、とても良くないことだけは想像できた。
美月に危害が及ぶことだけは避けないと。そればかりを考えていた。
その時、光が走った。
見えない何かを光が包む。陽壱と美月は呆然とその光景を見つめていた。
数秒後、その光と共に不快な音も見えない何かも消えてなくなっていた。
「大丈夫ですかー?」
上の方から声が聞こえる。
少し高めのはつらつとした声だ。たぶん陽壱と同年代くらい。
陽壱は空を見上げた。
「あっ……」
「あぁ……」
「え? え?」
そこには、全身を包む真っ黒でピチピチのインナーに、身体の各所を守るように配置された蛍光色のアーマー。そしてロングのツインテール。しかも銀髪。
さらに、事実上守られていないが校則で禁止されているメイクもばっちり。
あの姿の佐久間 優紀が浮いていた。
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