大人のミステリー
江戸川台ルーペ
ファミコンのアダプターを探せ
「約束したでしょう、成績が上がるまでファミコンしないって」
母がそう宣言し、ファミコンのアダプターは姿を消した。
テレビ台の下に佇むファミコンはいつものファミコンでありながら、若干色がくすんでいるように見えた。電源が供給されていないだけで、夢とワクワクと興奮を与えてくれるファミコン本体はガラクタと化すのだ。
もちろん僕にも責任はある。
テストの点数が下がった。
普段90点より下など取ったことがないこの僕とした事が、迂闊にも75点などという平凡極まりない点数をとってしまったのだ。小4の算数のテスト。エリート天才教育を受けたこの僕にしては迂闊だった。何故と聞かれても困った。
大人は「何故テストの点数が下がったのか」と聞いてくるが、それくらい自分で考えろと言ってやりたい。馬鹿なのか? 仕方がないので数字が苦手なのだ、と一応答えておいた。
大人についてはもっと困った事があって、例えばファミコンの電源供給のアダプターを隠した母については「成績が上がるまで」という曖昧な約束がイライラさせた。
僕は国語と社会は常に100点近い訳だが、単なる算数の点数を下げただけで成績が下がったと見做されるのは心外だ。成績とは全ての教科の総体として評価されるべきであって、個々の成績を基準とするのなら「●月×日に行われる算数テストの点数を90点以上獲得するまではファミコンを禁止」という風に、明確な目標を提示するべきではないのか?
だが、不自由な子供をやらされている僕に発言権はない。
仕方がないので、母親が夕食の買い物をしに行っている間、アダプターの搜索を開始する事とした。題して、「ファミコンサルベージュ計画零式改」。「零式改」に意味はない。
2LDKのマンションで隠し場所は限られている。二箇所のクローゼット、タンスと物置スペース。楽勝だ。
まずは両親の寝室に潜入し、懐中電灯を点灯させる。夕方だから薄暗いが、電気をつける訳にはいかない。気分が削がれる。遠慮なくガサゴソと漁る。父と母の肌着、母のブラウスや父のスーツがギッシリと詰まっている。埃と脱臭剤のイガイガしい匂いが鼻をつく。何となくスーツのポケットなどを漁ってみると、50円玉や100円玉が見つかる。一瞬考えて、ちょうだいしておく事にする。塾の帰り際にする買い食い資金とするのだ。
奥には長い棒のような物があったので、根元のスイッチを入れると「ウィィーンインインイン」と音を立てながら不思議な捻りを加えて動いた。もう一度ボタンを押すと「bぶぶぶぶb」と振動さえする。すごい。大人でも幼心を忘れない為に玩具で遊ぶのかもしれない。今、僕の「こころ」は大人になれば失われてしまうものなのかも知れない。そう思うと、不思議な感慨に打たれた。
冬服ゾーンを超えると、チョコレートほどの大きさの箱があり、中には飴のような個包装が連なっていた。薄緑色の、触るとウニウニと奇妙な感触がする。僕は一瞬考えてもとに戻す事にした。さすがに食べ物が減ると僕が漁った事がバレてしまう。しかし、こんな奥に隠さなくてもいいのにな。誰も食べやしないのに。
寝室ゾーンは終わり。
これより捜索は押入れゾーンに移行する。
僕は誰もいないのに敬礼さえしてみせる。
ラジャー、了解。
上の段には冬用の布団がぎっしりと積まれている。これを降ろすとあげるのに苦労しそうだ。仕方がないので、手当たり次第に布団の隙間に手を突っ込んで捜索済みとする。布団からは残った冬の匂いがして、冷たい。思わず顔をしばらく埋めて、大きく息をしてしまう。
下の段には雑誌が横に縦に積まれており、まとめて十字に紐がけがされているのもあれば、されていないのもある。一冊ほど検分してみると、難しい漢字が使われた記事がぎっしりと書かれており、大人になるとこんなものが読めるのかと驚愕した。今の僕には写真しか見れない。
女の人がすごく小さな水着を着てこちらを挑発するように見ている。すごくえっちだ。夢中になってページをめくってしまう。ページの端がギザギザになっているページは特にえっちだ。女の人が足を広げて、見たことがないような格好をしている。ちんちんが付いている場所は黒く塗りつぶされている。女の人は恥ずかしそうにこちらを見ている。懐中電灯で照らされたその顔は少し怖い。でもすごく興奮する。
ガチャガチャ、と玄関から鍵を差し入れる音が聞こえる。
時間を忘れてしまったのだ。ヤバイ。
僕は思い切り襖の仕切りに頭をぶつけてしまう。頭がクラクラするが、音をさせずに閉めて、懐中電灯の電気を切り、冷蔵庫の脇の定位置に慌てて戻す。かろうじて玄関先まで何事もなかったかのように出迎える事ができた。
「おかえり」
「ただいま」
と母が重たそうに荷物を置く。
「勉強してたよ」
と僕は言う。
(終)
大人のミステリー 江戸川台ルーペ @cosmo0912
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