それはどこか歪んだモノ

つかさ

第1話

 人を好きになるという行動、つまり恋愛が発生するケースは各人によって大きく異なる。

 複数人に対して同時に好意を寄せる人もいれば、一人を病的なまでに愛する人もいる。その対象が性別を超えることだってよくあることだ。

 そして、そのほとんどのケースにいえることとして、恋愛は相手と対面で出会うことで発生する。学校、職場、日常の中で出会い、相手の顔・体・言葉・性格、さまざまなものを見て、聞くことで相手に好意を寄せ、恋愛感情へと発展していく。人間見た目が〇割なんて言葉もよくあるくらいだ。まぁ、それも当然。会わなければその人が本当に自分の思った人かどうかなんてわからないからだ。


 だけど、例外もある。


「あなたと恋人として付き合いたいです」


 そんなことを俺は見たことのない誰かに告げられた。

 

 SNSでやりとりしていた女性に何気なくメッセージを送った俺に、彼女は好意的に返事をしてくれた。お互いの趣味や仕事のこと、世間話。日常の何気ない行動の一つとして、彼女とやりとりして1週間が経った頃、彼女からそのメッセージが送られた。

 誠実な対応をしていたし、色恋話を話題にしたこともあった。だけど、顔写真すら互いに見せたことのない状態で声を交わしたこともない相手に告白されるなんてことがあるものなのか、と不思議だった。しばらく考えた後、俺は彼女に返信した。


「自分でよければ」


 俺は彼女の告白を受け入れた。彼女はいなかったから出来るのは嬉しいし、少なからず俺も彼女に対して好意的な感情は持っていた。大好きかと問われたら反応に困ってしまうけど、恋愛が必ずしも最初から100%でなければいけない理由もないだろう。徐々に芽生えていく恋というものだってある。

 それから、彼女の俺に対する態度はかなり親密なものとなった。会話の頻度は増え、彼女から送られる言葉にはあからさまに愛情が含まれるようになった。


 ある日、彼女から俺に初めてのデートのお誘いがあった。迷わずOKの返事をした。

 集合場所の駅改札で彼女がやって来るのを待つ。会ったこともない彼女のことを。

 誰も来ないとか、宗教や悪徳商法に勧誘されるとか、ヤバイやつと一緒に来て脅されるなんて妄想を頭の中に巡らせた。


「おまたせ」


 彼女はすんなりと現れてくれた。失礼な言い方になるが、見た目はまぁ普通といったところ。自分も容姿に自信があるわけじゃないので、ヘタに美人だったら困惑しそうだったのでむしろ安心した。

 俺のほうへ自然にすっと差し出される右手を優しく握る。握り返された温もりが心地よい。正直、本当に俺の妄想なんじゃないかと思っていたので、それが現実だったことに対する安堵と幸福感が一気に押し寄せてくる。


 それから彼女とは何度も会った。彼女なのだから当たり前だが。

 お揃いのアクセサリーを買って、お互いの好きなところに行って、好きなものを食べて、いろんなことを話した。

 彼女はとても俺に優しくしてくれた。


 彼女と何度目かのデート。その日はホテルに泊まって夜を共にした。

 いつも通りの楽しいデートの最後、なにかあると期待してもおかしくない静かな夜は唐突に終わりを告げた。


「あなたが本当に私のことを好きなのかわからない!」


 溜め込んでいたものを吐き出すように、彼女はヒステリックにそう叫んだ。


「私にはあなたしかいないの!」


 聞けば、彼女は父親から虐待を受けていて、母親とも仲が悪く、過去に結婚していて子どもも産んでいたが離婚をして子どもとも離れ離れになったという。それからも性別関係なくいろんな人と付き合ったが、どれもうまくいかず、ようやく出会ったのが俺だった。


「明日、電車に飛び込んで死ぬから」


 部屋を出ようとする彼女の背中を強く抱きしめる。


「ごめん。不安にさせて」


 その後、彼女を落ち着かせるように会話を続けた。彼女は少しずつ平静を取り戻していき、朝になって俺たちは同じ部屋から出て、そのまま解散した。

 その日から、少しずつやり取りは減っていき、しばらく経ってそれはゼロになった。熱が冷めてしまったのだ。

 一度も彼女に「好きだ」と言わぬまま。



 それから数ヶ月が過ぎて、季節はクリスマス。仕事帰りの寒空の下。もうすぐ家に到着するというところで俺のスマホが鳴った。しばらく使っていなかったSNSのアカウント宛に一通のメッセージが送られてきた。


「久し振り。どうせ一人で寂しくクリスマスしてるんでしょ?ねぇ、よかったら会わない?」


 少し離れたところに人影が見えた。

 彼女に似た低い背丈と背中まで伸びた黒い髪をした長いスカートの姿の女性。

 それが、知っている誰かに見えた。歩くスピードが少しずつ速くなり、急いで部屋に駆け込み、部屋の鍵を閉めた。

 メッセージは返信せず、そのまま消した。 


 あれから何も連絡はない。

 あの人影は誰だったかもわからない。

 二つわかったことは、恋愛なんて中途半端な気持ちでするもんじゃないということと、これは小説のネタになりそうだ、ということ。


 さて、怖いほうはどちらだったんだろう。

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それはどこか歪んだモノ つかさ @tsukasa_fth

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