賢者の石

尾木洛

賢者の石

 KAC2021の4回目のお題は「ホラー」or「ミステリー」。

 さて、先回のお題「直観」に引き続き困ってしまった。


 困ってしまったので、本庄 照さんの「ミステリの書き方講座」を拝読させていただいた。

 「悪いこと言わないからホラー行け」とのことだ。

 確かに、4千字程度では、「ミステリー」はつらい。

 でも、「ホラー」は、怖いのだ。夜、眠れなくなってしまう。


 なので、「○○ミステリー発見!」のような感じのエッセイを書いて、お茶を濁させていただくことにした。

 まあ、筆者が趣味の範囲で調べたことなので、ああ、こんなこともあるのね、程度で読んでいただければ幸いだ。


◆◇◆


 突然ですが、皆さん、「賢者の石」って知っていますか?

 知ってますよね。

 ひょっとすると、知らない人がいるかもしれませんので、念のためにウィキペディアから一文引用しておきます。


『賢者の石とは、中世ヨーロッパの錬金術師が、鉛などの卑金属を金に変える際の触媒となると考えた霊薬である』


 ここでクイズです。

 この「賢者の石」を「県の石」として制定している都道府県があります。

 どの都道府県だと思いますか?


 でも、そもそも「県の石」ってなに? って方がほとんどじゃないでしょうか。


 「県の石」とは、2016年に専門家による審査で日本鉱物学会が設定したものです。

 県の石として、「岩石」「鉱物」「化石」が各都道府県に定められています。


 さて、突然ですが、「辰砂」という鉱物をご存知の方いらっしゃるでしょうか?

 この「辰砂」は、別名「賢者の石」といいます。

 そして、この「辰砂」を「県の石(鉱物)」として定められている都道府県があるのです。


 「辰砂」という鉱石は、とてもきれいな赤い色をしています。

 筆者も、もともと「辰砂は赤い石」という知識はあったのですが、石見銀山の展示室で初めて辰砂の現物を見たとき、その宝石のような透明度の高い赤色の美しさに驚いた記憶があります。


 この「辰砂」が鉱物として貴重なのは、「辰砂」から「水銀」がとれることにあります。

 「辰砂」を空気中で400~600℃に加熱すると水銀蒸気と二酸化硫黄が生じるので、水銀蒸気を冷却凝縮させることで水銀を精製することができるのです。


 この「水銀」は、中世の錬金術においては、重要な物質であったと考えられます。

 錬金術は、「鉛などの卑金属を金に変える」術ですが、「水銀」を使えば、金を創出することはできませんが、「金メッキ」を行うことは可能になるからです。


 化学的に反応性が低い「金」ですが、「水銀」は、その「金」を融かすことができます。その「金が融けた水銀」を銅などの表面に塗ったあと、火であぶって「水銀」を蒸発させてやると「金」だけが表面に残るので、塗った物が「金」に変わったように見えます。実際には、「金メッキ」されただけなのですが、中世においては、物が金に変わったと騙された人がたくさんいたのだろうなと思います。


◆◇◆

 「辰砂」は、中央構造線断層帯の付近で産出されます。


 中央構造線断層帯に沿って地図上を移動してみると、この中央構造線断層帯の上には、多くの神社があるのに気が付きます。諏訪大社、熱田神宮、それから伊勢神宮なども中央構造線断層帯上に位置しています。


 これは、中央構造線断層帯付近で「辰砂」が取れることが大きく影響していると考えています。


 木造である神社の鳥居や社殿は、昔から、木の腐食をどう抑えるかが、技術的な課題でした。

 腐食は、木を切ったところから始まります。ですので、その対策として、木の切り口に雨が当たって腐食が促進しないように金属のカバーを取りつけていました。

 中世当時、その金属のカバーは銅製です。しかし、銅は、腐食はしないものの、錆びやすいという欠点がありました。

 その銅がさびやすいという欠点を補うために、「金メッキ」が行われるようになりました。前述のとおり、「金メッキ」には、「水銀」が必要であり、「水銀」を得るには、「辰砂」が必要になります。

 つまり「辰砂」は、神社にとってなくてはならない物質だったのです。


 このため「辰砂」が入手しやすい地域付近に神社が多く作くられていったのではないかと考えます。ひょっとするとその地域を直轄地として、確実に「辰砂」を採取できるようにする目的があったのかもしれません。



◆◇◆


 全ての神社の上に立つ神社である伊勢神宮の程近く、三重県多気郡多気町に、丹生鉱山があります。


 「丹生」とは、丹土(辰砂)が採取される土地の事を指すといわれている通り、この丹生鉱山からは、たくさんの「辰砂」がとれ、「水銀」の大産地でありました。

 奈良東大寺の虞舎那仏像(大仏)の建造の際には、大仏に金メッキをするため、この丹生鉱山から大量の水銀が運ばれたという記録があります。


 おそらく、それにちなんでだと思うのですが、「三重県の石(鉱石)」に賢者の石の別名を持つ「辰砂」が選ばれています。


 ということで、冒頭のクイズの答えは「三重県」ということになります。



◆◇◆


 多気町の丹生鉱山は、昭和48年に閉山となっていて、現在は辰砂の採掘は行われていません。

 ですが、辰砂から水銀を得るために用いられたレトルト炉や、中に入ることはできませんが坑道口跡が観光用に整備されているので見学することができます。


 夏の湿度の高い暑い日に、この坑道口跡にいくと、坑道内から吹き上がる冷たい空気に触れ、坑道口付近の空気中の水蒸気が凝結して霧となるので、まるで坑道口から霧が噴出しているように見えるときがあります。


 その光景は、この世の物ならざる感があります。

 しかし、その光景は、また、神々しいというよりは、なにか怨念めいたものを感じさせます。

 筆者の思い過ごしかもしれませんが。

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