嘘か誠か
「サク君、安心して。私は君に何の危害も加えない。ただ、話したいことがあっただけだから。手荒な真似してごめんね」
彼女はそう言って、傍にあったベンチに座り、僕も彼女の隣に座るように促す。僕はその指示に従い、彼女の隣に座った。
僕が座ったのを確認した彼女がこちらに身体を向けるので、それに合わせるように僕も体を動かす。ここまでは彼女の言うことすることに追随してきたが、ここからは違う。あくまでも彼女からの質問に返答するつもりはない。せいぜい首を縦に振るか横に振るか、それだけだ。
僕の目を見つめる彼女の表情はどうも言葉に表しにくいものだった。怒りと悲しみが半々で混ざったような微妙な表情。目にはどこか失望の色さえ感じ取れるようだった。
「ねえサク君、今の私は君の目にどう映ってる? たぶん、裏切り者だのなんだのと思われてそうだね」
まったくもってその通りだ。単なる思い過ごしの可能性もあるかもしれないが、『僕は彼女に裏切られた』と、そう確信している。
それに、彼女は知っていたはずだ。僕が海斗達に良い様に出汁にされ、命までもを玩具にされかけ、毎日どこかしらに傷を負っていたことをを。
昔からずっと、ずっと僕の傍に居てくれていた彼女は知っていただろう。
――彼女という支えがなければ、まともに生きていけない体になっていたことを。
それなのに、それなのに彼女は海斗を取った。僕の心配にも飽きて、別の男のところへと行ってしまった。彼女にとっては何気ない日常の中にあった一つの転機だろう。そして彼女は手前の幸せを取ったのだ。だがそれが僕への裏切りとなった。
僕は彼女を信頼できる人だと思っていた。大切な友人だと思っていた。でも結果はこれだ。結局信じたものは離れて行って、大切な
軽く睨みながら彼女の言葉に首肯した次の瞬間、
「私は! 私はあなたを助けたかったの!」
蒼空がそう叫んだ。目を潤ませる彼女の言葉には、妙な説得力があった。
「僕を……助けたかった……?」
彼女とは口を利かないつもりでいたが、その衝撃的な言葉に思わず言葉を漏らしてしまう。そして驚く僕を置いて、彼女は続ける。
「私はサク君が海斗達からひどい目に合わないように海斗の告白を受けたの! そうすれば私から直接海斗に頼めばいうことを聞いてくれるって思って! そうすればサク君がひどい事されなくなると思ったから!」
ぽろぽろと、彼女の目から涙が零れ落ちる。涙を必死に拭う彼女を見て、僕の切れてはいけないものが切れてしまった音がした。
「僕を助けたかっただァ? 何を言ってるんだよ! 助けにも何もなってねえよ! むしろ余計僕の首を絞めてきたじゃないか! お前はそれでよかったかもしれないけどな、僕はそうじゃないんだよ! わかるか!? 信じていた人が敵に回ったと思った瞬間の絶望を! 大切な人が遠くへ行ってしまったように感じたその喪失感を! 本当のことを言われた時のこの……どうしようもない悲しみを! お前はわかるっていうのか!?」
僕の目からも涙が零れ始める。それは悲しみの涙でもあり、怒りの涙。数週分の彼女への憎悪の籠った涙は果たして彼女に受け止め切れるのだろうか。
涙が滝のようにぼろぼろと落ちる目で彼女を見る。彼女は僕を見て少し怯えたように「ごめん……ごめんね」と力ない声で呟くばかり。
涙を止めようと必死に目尻を抑えていると、彼女が膝に置かれていた僕の片手の上に手を乗せ、握る。
「そんなに、そんなに辛い思いをさせてるなんて知らなかった……謝っても謝り切れないよ。あんな状況じゃさ、私が海斗のことを好きみたいに思われたと思うけど、あんな奴好きな訳が無いよ。私が本当に好きなのはさ、サク君だけだから……」
ぴくっと、僕の身体がかすかに震えた。蒼空が僕のことを好きだと、確実にそう言った。でも、そんなこと嘘に決まっている。僕を助けるための嘘に決まっている。
「嘘だ……嘘だ……そんなこと、嘘に決まってる……」
ぶつぶつと目を抑えながらそう零す。それに気づいた蒼空は
「嘘じゃない。本当のこと」
そう言ってくる。
一体何を信じればいいのかわからなくなってきた。僕の心を信じればいいのか、それとも彼女の言葉を信じればいいのか。その混乱はすでに正常性を失った僕の思考力からまた思考力を抜き取っていく。
――神様、僕に嘘だと言ってくれよ……
そして、僕は目の前にいる彼女に向けて
「そうかそうか、君はそういう奴だったんだな。適当に思ってもいないことを言って、僕を誑かそうってんだろ? もうわかってるんだよ。こんなことをしていても有意義ではないだろ? なら、さっさと海斗のところに行ってホイホイと尻尾でも降ってろ。さあ、行けよ! 僕の前から消えてくれよ!」
そう言い放った。すると彼女は少し悲しそうな表情をしてから
「わかってくれないなら、もういい」
そう一言吐き捨てて早歩きでどこかへと駆けて行った。
そう、これでよかった。嘘つきと関わっていたって、いい事なんかない。昔から信じていた奴がここまでになってしまうとは考えてもみなかった。
「これで……これでよかったんだ。よかったんだ……」
ボロボロになった子の心を落ち着かせるには、そう言い聞かせるほかに方法がなかった。
そして、我に返り校門を潜った頃には日は西に傾き、空は青紫色に染まっていた。
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