検索結果は嘘ばかり

 当の本棚はというと、本が数冊入るであろうスペースが大量にあるのに奇麗に建てられた本の上に横向きに本が重ねられ、ジャンルで固められていたはずなのに、

ファンタジー系の小説が固まるところになぜか恋愛や戦記物が混ざっていたり、純文学系の小説が固まるところにライトノベルが混ざっていたりと、少し前に片づけたとは思えないほど大変なことになっていた。


「別に、ジャンルがばらけてるのはそのままでもいいけど、本の上に本を置くのはちとまずいよなぁ……」


僕は言葉を発してから、本棚の中本の上に横向きに寝転んでいる傲慢な本たちを取り、適当に空いたスペースに縦に向きを直して置きなおす。

 その中、ふと一冊の本を見つけた。表紙にはナチス・ドイツの紋章が描かれ、いかにもという禍々しい雰囲気を醸し出している。内容を想像することが全くできない。ナチス・ドイツが関係するということは何となく想像はできるが。

「これ、後で読んでみよう」

記憶を掘り返してもこの本だけは読んだ記憶がない。後で読もうと決めてパソコンデスクの上に置いた。



「der Mann im hohen Schloss(the Man in the high Castle)……ドイツ語か……?」


本棚を適当に奇麗にした僕はパソコンデスクへとまた向かい、スリープモードになっているパソコンを再び起動して、翻訳ツールのサイトを開き、タイトルを入力してみる。選択言語を英語からドイツ語、翻訳先を日本語に設定する。


「高い城の男……ねぇ……」


 いかにも難しそうなタイトル。読書家の僕でも読み切るのには相当な時間がかかりそうだ。


「読んでたらたぶん夕方になりそうだな……どうせ今日はきさらぎに行くつもりだし、半分くらい読んでそれから電車の中で読むか……」


 一旦「高い城の男」は机の隅に置いてワークチェアにどかっと座り、ブラウザーのシークレットタブを開く。そして慣れた手つきでキーボードを叩く。

『自殺 方法 楽』

と。


 数秒も待てば検索結果が関連度が高い順に上から順に並べられ、僕は適当に一つのサイトをクリックする。数秒待つと、ページが開かれたのだが、『リダイレクトしています。ページを閉じないでください』と中心に大きく書かれ、ロボットがくるくると回っているGIF画像が添付されている。


 そしてリダイレクトされた先のサイトは、よくある詐欺サイトだった。

『2022年ビジターアンケート!』

そう少しダサく華やかに飾られた文字と周りに舞う紙吹雪のエフェクトは答えを求めてそこに行きついた僕を絶望と苛立ちの中に突き落とした。


「ったく! なんなんだよ! このサイトはぁ!」

一瞬我を忘れ思い切り机を叩く。ダン!と机に衝撃が反響する音と僕の骨肉がほんの少し潰れる鈍い音が部屋に響いた。

「こっちだって、必死に生きてやってるってのに……」

無性に涙が込み上げ、今の話とはほぼ関係のないお門違いな文句を零す。



 椅子から立ち上がり、よろよろとベッドへに向かう。そしてそのままベッドに倒れこむと、僕の意識は一瞬で闇に落ちた。




「あれ……寝てた……?」

むくりと体を起こし、時計を確認する。

「あっ……四時間も寝てた?」

時計の針は午後四時手前を差して、ちくたくちくたくとリズムを刻んでいた。

「うわぁ……なんか一日無駄にした気分」

ベッドから立ち上がると、そのままパソコンデスクへと向かい、そのままにしておいたスマートフォンを取り上げる。画面をつけてみると、蒼空から数件のメッセージが届いていた。

「ありがとう!昨日は楽しかったよ!(13:23)」

「写真(13:25)」

昨日買ったセーターを着て鏡越しに笑顔を見せる彼女の写真が一緒に送られてきていた。彼女が楽しんでくれていてよかった。僕自身にとっても楽しい時間だった。といっても、彼女と離れてからは最悪だったが。本当に当たり所が悪ければ死んでいたかもしれない。でも、そんなことがあったとは彼女には言えない。


 あのとき蒼空に言ったように、もっともっとずっといつまでも仲良くしていたい。だから、昨日の夕方にあったことは彼女には絶対話さない。既読だけつけてそのままスマホを机の上に伏せようとしたとき、ぶるっとスマホが震える。伏せようとする手を止めて、もう一度画面を見る。蒼空からだった。

「大丈夫?何も起こってない?(16:04)」

心配そうな顔文字と共にそのメッセージが飛んでくる。

「うん、大丈夫。昼寝してた(16:04)」

「ならよかった。さっき家に行ったけど反応がなかったから、何かあったのかなって思ってさ(16:06)」

「何も起こってないよ。心配しないで(16:07)」

彼女と交わすメッセージの中で僕は必死に嘘を吐き続けた。一番信頼している彼女にさえも嘘を吐いてしまうという罪悪感から、僕の心はキリキリと締め付けられる感覚を覚えていた。


 そして今度はスマホを机の上に伏せ、ベッドの横に放置された昨日使ったショルダーバッグを手に取り、必要物以外を抜き出す。中から出てきたのは昨日ゲームセンターでやったガチャガチャの商品と二冊の本、そして空になったカフェオレのペットボトル。

まだ中に入っている財布やハンドタオルはそのままに、朝に見つけた得体の知れないドイツ語タイトルの本と、物干しに置かれ放置されていた兵藤さんのハンカチを入れ、チャックを閉めた。

「ハンカチを返しに行こう。」

そう独り言を零し、自室のドアを開けて階段を下る。途中リビングに立ち寄って食卓の上に置かれている菓子パン一つを手に取り、肩に掛けられた鞄に入れる。

リビングから出て、玄関で靴を履いて、外に出て、家の鍵を閉めて、僕は最寄りの縁麓寺駅へと向かうために残暑が残る晩夏の夕方の住宅街を一人歩く。

 

 どこからかヒグラシの鳴く声が聞こえた。

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