幸せな時間
一人ぼっちの「おはよう」
いつものスマホの目覚ましの音が聞こえ、その音は僕の意識を眠りから覚まさせる。
「もう朝なのか……」
朝日に照らされて舞う、雪のような埃を眺めながら体を伸ばし、そう呟いてから大きく欠伸をする。
枕元に置かれたスマホは八時半を示し、下から上にスワイプすると、時刻の下に『9/18 土曜日』と申し訳程度に小さく付け加える。
「今日は、何をしよう。久々に部屋を片付けるのもありかもしれない」
でも、今日の予定を考える前に先にすることがある。ベッドから出た僕は
「おはよぉ~……」
覇気のない腑抜けた声を上げながらドアを開けると…誰もいなかった。
机の上には
『会社で大事な会議があるので、行ってきます。必要だったらレンチンして食べてね。』
そう書かれたメモ書きとそれの重しとして置かれたラップがかかった一枚の皿がポンと置かれていた。
「今日もこれか……」
ほんの少しだけこみ上げてくる怒りを抑えながら、僕はリビングの電気をつけて、さらにかかったラップを取ってから
「いただきます」
掠れそうなくらい、風で流されて消えてしまいそうそうなくらい小さな声でつぶやいた僕はそのままゆっくりゆっくりと母の作った目玉焼きを口に運ぶ。
――いっつも、いっつもそうだ。毎日毎日仕事仕事。両親共々会社の重役なだけあって、彼らのこなす仕事の量は半端じゃない。だから、心配を掛けさせたくなかった。だから、僕はいじめられているということを両親に言えなかった。
せっかくの休みだって言うのに、朝っぱらから陰鬱な気分にさせられた。
「はぁ、なんでいっつもいっつもこうなのかな……」
食べ終わった僕はかちゃかちゃと食器を片付けながら、溜息に乗せて吐いた。
ごしごしと皿を洗っていると、スマホに一件の通知が入った。チャットアプリにメッセージが届いていた。誰からだろうか、手にはめていたゴム手袋を外してスマホのロックを解除し、チャットアプリを起動させる。
「
彼女は僕の幼馴染で、クラスの中で僕をいじめない数少ない人間の一人。
左手でスマホを握り、右手の人差し指で『②』という赤色の新着メッセージを伝えるマーカーでクローズアップされたトークルームを開いた。
「今日久しぶりにどこか出かけようよ!」
その言葉と一緒に、かわいらしいイラストのうさぎが「おねがい!」とお辞儀をしているスタンプを添えて。
彼女は昔から本当に僕によくしてくれる。小学生の時の僕は泣き虫で、ほんの些細なことで涙を流していた。そしていつもいつも、彼女に慰められていた。中学生になってからは、今僕が通っている高校に行けるように付きっきりで徹底的に勉強を教え込んでくれた。
正直、今の状態でいると彼女にまでいじめが飛び火してしまう可能性がある。だから僕は
「僕にはもうかかわらないほうがいい。また仲良くしてくれるなら、高校を卒業してからだ」
そう何度も何度も、うざがられるまで言った。
それでも彼女は僕から離れようとしなかった。理由を聞いてみても、
「ただ、なんとなく。幼馴染だから?」
そう曖昧な答えしか返してくれない。
僕自身は彼女に距離を置いてもらいたい。でも、彼女は僕のそばから離れたくない。離れようとしない。もうこうなれば全力で忌み嫌われるような行為をする以外に方法は無いのだが、そんなこと、僕にはできない。
「わ、か、っ、た、よ、と」
少しおぼつかない手つきでタッチキーボードを操作し、送信ボタンを押す。
送ってから一分もたたないうちに既読が付き、「ありがとう」と涙を流すかわいいうさぎのスタンプが送信された。
そしてまた、彼女と遊ぶ約束を作ってしまった。
「それで、いつどこに集合する?」
「十時くらい?」
「じゃあ十時にしよう。場所はどうする?」
「とりあえず、駅にしよっか」
「りょーかい」
一頻り直近の予定を組んで、僕はスマホを閉じる。
「一番の問題は、グループに遭遇するかしないかだな……」
そう心でつぶやいてから、僕はまたゴム手袋をはめ、忙しさのまり放置されていた両親の茶碗や食器を洗い始める。
「よし、終わった。とりあえず出かける準備をしないと……」
時計は九時半を差し、振り子を規則的なリズムで揺らしていた。
歯を磨いて、昨日は疲れ切ってて眠ってしまったために入れなかったから、軽くシャワーを浴び、乱れた髪を整える。そして服選びを始めるのだが、
「こっちがいいかな……いや、こっちもいいな……」
女の子のように、考えれば考えるほどいろいろな組み合わせが思いついてなかなか決まらない。かれこれあと十五分しかない。最悪急ぎ足で行けば駅には五分で着くからいいが。
「……よし、これにしよう!」
僕が服を決められたのは、それから十分後の事だった。
白のパーカーに紺のジャケットを羽織る僕は、自分で見ても普段とは違った。何か生き生きとしている。
「とりあえず、急いでいかなきゃな……」
スマホの画面をつけて、時刻を確認する。と、蒼空からメッセージが届いた。どうせ、いつもの事。服を選んでたら遅れちゃった~っていう、彼女にはよくあることだ。
スマホの画面を消して、ジーンズのポケットに入れる。そして急いで準備した財布とペットボトルのコーヒー、一冊の本が入ったカバンを肩にかけて、家を出る。
「じゃ、行ってきます。誰もいないけど……」
ガチャリガチャリと二つ鍵を閉め、完璧にしまっていることを確認して、僕は待ち合わせ場所に指定された縁麓寺駅前へと向かうために歩を進めた。
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