何が起こっている?

「え、何が起こってるの? 硬券切符? なんだそれ聞いたことがない」

いきなりの事態に脳の処理が追い付かず、棒立ちになってしまう。

「お並びのお客様は一度こちらにお並びください!」

隣の改札の駅員が改札処理を待つ列の人間を誘導する。僕の後ろに並んでいた人たちは全員そのまま隣の列へ並んだ。

「ありがとうございました~、お疲れさまでした~」

隣の駅員は切符と運賃を一つ一つ受け取りながら乗客たちにそう声をかけていた。そして中学の時の先輩も彼に切符と運賃を渡して駅舎から出て行った。


 そして数分が過ぎた。待っていると奥のほうから僕が切符を渡した駅員と、もう一人五・六十代のように見える年上の駅長のような人を連れて戻ってくる。正直、駅長らしき人の顔が怖い。「こんな若造簡単にひねりつぶせそうじゃ」みたいに少々物騒なことを考えていそうな出で立ちだった。


「君、こっちに来なさい」

途中で立ち止まった駅長らしき男は僕を呼び、手招きする。

「あ、すみません。今行きます」

改札口で棒立ちになっていた僕は改札を抜け、彼のもとへ向かった。「いったい何をされるんだ?」という一抹の恐怖を感じながら。


「君が、この切符の持ち主だね?」

「は。」

癖でうつむいたまま返事をしてしまう。元来、人と話すのは苦手なほうで、また最近いじめのせいで悪化してしまったようだ。

「じゃあ、ついて来てもらおうか」

「わかりました」

彼がすたすたと先に歩き出してしまうので、僕も必死にそれを追った。

やがて彼は駅の奥のほうにあるアンティーク調で高級そうな扉の前に立つ。ドアに『駅長室』と達筆な筆字で書かれた文字が躍っている。

「入ってくれ」

そう言って彼は駅長室の部屋をノックせずに勢いよくガチャリと開けた。あぁ、なるほど。彼が駅長なのだ。さっきの行動ですべてがわかった。


 駅長室の中は、豪華と言えば豪華だが、質素と言われれば質素に見える、何とも不思議な空間であった。調度品は豪華なのに、置いてある物数が少ない。部屋の一番奥に本棚とこれもまたアンティーク調のドラマで言う『常務』とかいう役柄の人が使っていそうな大きな机が置いてあり、その前には柔らかそうな革張りのソファが対面になるように置かれている。そして窓際には小さな机が置かれている部屋にあるものはたったそれだけ。

 つんと、あの列車に乗った時のような埃っぽく、どこか懐かしいような、どこか癖になってしまうような独特な匂いが鼻腔を突いた。

駅長が対面になっている手前側のソファを指差して座るように言われたので、僕は言われた通り、そこに座った。

「ちょっと待ってね。今飲み物入れるから」

そう言って駅長は窓際にある机の上でカップに何かを注ぎ、そしてそれを僕のもとへと運んできた。カチャリという陶器が軽く打ち合わされる音の後に僕の前に一つ、ティーカップが置かれる。形は西洋風のティーカップだが、外の柄は和のテイストを含んだ、奇麗に赤と黄金色に色づいた椛と銀杏の木が描かれ、その木々の奥では青色に染められた川が流されていた。湯気が立つそのカップの中には紅茶が注がれている。

「飲まないのかい?なぁに、変なものなんか淹れてないさ。砂糖が少し入っているくらいさ」

僕が訝しげにカップをずっと眺めていたためか、少し不満そうに駅長が言ってくる。

「で、では、いただきます……」

カップに入った紅茶を口に含んだ瞬間、口の中いっぱいに透き通った紅茶の匂いが口の中から全身へと広がっていく。

ごくり、と音が聞こえるようなくらいの勢いで口に含んだ紅茶を飲みこんだ僕は思わず

「……おいしい」

そう小さく漏らした。

「どう? おいしいかい?」

「はい! すごくおいしいです!」

駅長が笑顔で聞いてくるので、僕もつられて笑顔で返答する。

「いやぁ、若いころから紅茶とかお茶を点てるのが趣味でね。毎日してるから、味には自信があってね。あと、さっきまで生きているのに死人みたいな顔をしていたから、笑顔にできてよかったよ」

「え、僕そんなにひどい顔していたんですか!?」

「ああ。本当さ。何もかもに絶望しているような顔だったさ」

平静を装っていたつもりだったのだが、意外と裏の心は顔に出るのだなと実感した。

「ところで君、どうしてここに来たんだい?」

「どうして、と聞かれましても、行く当てもなく適当に来た列車に乗ったらここまで来たんですよ」

「だから硬券切符じゃないわけだ……」

僕の話を聞いて彼は独り言を呟き、うんうんと頷いている。

「正直、何が起こっているのかがさっぱりわかりません。」

「まぁ、そうだよね。だってこの駅とこの路線は"もう"ないんだから。」

「もう、とは?」

「気にしなくてもいい」

少し深堀しようかと思ったが、彼に刺された釘のせいで、深追いする気にもならなかった。彼は僕に「へぇ、"もう"ないんだ。」という程度の認識で踏みとどまらせようとしているようにも見えた。

「まぁ、一息つけたのなら、話そうか。この駅のことを」

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