第118話 お姉さん、登場


 夏の日差しが、草原を燃やす。


 熱気と言うには心地よく、森の風のおかげだろう。日差しは強いものの、少し歩けば木陰がある、森の中に現れた、小さな草原地帯だ。

 目の前には小川があり、お洗濯に、水浴びにと便利である。お魚もたくさん寄ってくる、最近はなぜか、取り放題だ。


 レーゲルお姉さんは、腕を組んでいた。


「さぁ~て、フレーデルちゃんは、いったいどんなイタズラをしたのかな?」


 足元では、赤毛のロングヘアーの女の子が、涙目だ。

 おすわり――と命じられたために、素直にお犬様のごとく犬すわりをしている。先ほど、お師匠様と言うミイラ様のご命令によって、おとなしくさせた雛鳥ひなどりドラゴンちゃんである。

 ヘアカラーと同じく赤い尻尾を、ぺたりと地面につけている。お犬様の、服従の姿をどこかで見たのだろう。


 ゴマをする技術も覚えたようだ。

 うるうるとした瞳で、見上げていた。


「えぇ~、わかんないよぉ~………」


 見逃してくれと、捨てられた子犬のような瞳で訴える。

 これが、何も知らない魔術師組合のおっさんであれば、たじろぎ、手心を加えようかと迷うはずだ。しょせんは子供のすることだと、イタズラの範囲であると。


 ただし、同じ女の子であり、毎度のことであるお姉さんには通用しない。

 仁王立におうだちだ。


「へぇ~、わかんないほど、心当たりがあるの?」


 一切子供の言い分を信用していない、お母さんの宣言である。

 子供の側としては、本当に悪いことをしてごまかしているか、あるいは、自覚が無いというところである。


 とにかく、お怒りが過ぎ去ることを祈るのみ。

 先ほどの執事さんについては、本当に覚えが無いフレーデルちゃんだが………レーゲルお姉さんは、勝手に推理すいりを始めていた。


「あの執事さん、思い出したのよ。昨日、ワニさんとおいかけっこしたとき、あんたのこと見てたわけよ。なんか、やらかしたんでしょ?」


 自分たちが見ていないところで、なにかをしたはずだ。そうに決まっていると決め付けている、母親の態度であった。

 無実だと訴えるフレーデルちゃんの言葉など、だれが信じる。


 さて、ここで父親が登場し、何とか取り持とうとするのだが………

 丸太小屋の男連中は、高みの見物を決め込んでいた。


「く、くまぁ~………くまぁぁああ~………」

「お、恐ろしいワン………男は、無力だワン」


 クマさんのオットルお兄さんと、駄犬ホーネックが抱き合い、震えていた。


 女には、かなわぬ。


 そんな男どもが、フレーデルちゃんを助けられるわけが無かったのだ。

 ここで唯一、レーゲルお姉さんを留められるのは、おばあ様――にしては、あまりに長生きのミイラ様だ。

 より恐ろしい存在なのか、火に油を注ぐのか………丸太小屋の老婆は、レーゲルとフレーデルのやり取りを、面白そうに見つめていた。


「………おやぁ?」


 とたんに、森へと目線が映る。


 ドコン――と、大きな音が響いたのだ。

 野生のアニマル軍団も、その異変に気付く。


「く、くまぁ?」

「ば、爆発?だワン」


 一体何が起こったのだろうか、危険であれば、逃げねばならない。野生の勘は、とてもするどい。


 最強の存在であるドラゴン様は、どのように反応を示すのか。


 面白そうであると、見物に向かうのか、あるいは、災いを何とか収めようと立ち上がるのか。はたまた、騒ぎを大きくするのか………


 雛鳥ひなどりドラゴンちゃんは、ぺたりと頭を地面につけて、おびえていた。


「え?どうしたのよ、フレーデル。あんな爆発くらい、あんたの炎と――」


 レーゲルお姉さんは、驚く。

 お師匠様のお怒りや、ご機嫌斜めが、もっとも恐ろしいアニマル軍団である。それ以外は、怖がっているようで、ふざけているだけなのだ。


 最強の力の持ち主は、フレーデルなのだから。


 そのフレーデルが、あの程度の爆発でおびえるなど、おかしいという驚きであった。まるで、自分より上位の存在が、力を振るった。その予感におびえる獣のようだ。


 あるいは、イタズラが見つかった子供のような仕草だったのだ。


 まるで、あの爆発音と関係があるようだ。

 ミイラ様は、気付いたようだ。


「………レーゲルや、逃がすなよ?」


 突然の、ご命令だった。


 面白そうなことが起こる。

 そんな楽しそうな気分が含まれていることから、いまの爆発の音の原因に、心当たりがある様子であった。


 上空で杖をついておいでのお師匠様が、笑っていた。

 レーゲルお姉さんをはじめとした、丸太小屋メンバーにとってはいやな予感でいっぱいであるのだが、まぁ、ご命令ではしかたない。


「フレーデルちゃ~ん、しっかりお手々をつなぎましょうねぇ~」

「え、ちょっと、レーゲル姉?」


 レーゲルお姉さんは、しっかりと手をつないでいた。


 何かにおびえているというフレーデルちゃんだが、お師匠様のご命令なのだ。フレーデルちゃんは、わけが分からず、そして、おかしな予感にキョロキョロとしている。先ほどの爆発音が、きっかけである。


 最初に気付いたのは、男どもだった。


「く、くまぁあ?」

「だれか、来るワン」


 ガサゴソと言う、些細な音では分からない。森は、命にあふれているのだ。


 執事さんが、現れた。

 先ほど、ミイラ様との激戦を生き抜き、見逃してもらった執事さんだった。


「………みなさま、先ほどはお騒がせをいたしました………」


 丁寧な仕草で、謝罪の言葉とともに、お辞儀をした。


 死に神です――という自己紹介をされても、誰もが納得の執事さんは、おどろおどろしい幽霊のような印象を追加されていた。


 お疲れであるため、ふらついている。

 そんな、ゆらゆらとした雰囲気をまとっているからだ。実際の歩みはよどみなく、森の中を歩いてきたとは思えない、街中で見かけても違和感の無い執事さんだ。


「お嬢様、こちらでございます………」


 軽く、一例をする。


 他にも、誰かいるようだ。先ほどの好戦的な執事さんと野大きな違いに、丸太小屋メンバーは互いに見詰め合う。

 なにか、理由があるのだと。


 その理由が、にこやかに登場する。


「やっほ~、やぁ~っぱりここにいたぁ~――」


 赤いロングヘアーは、どこかの雛鳥ドラゴンちゃんとそっくりだ。

 年齢は、十八歳のレーゲルと同世代に感じられる、女の子と言うにはそろそろ失礼だが、大人の女と言うにはまだ子供と言うお姉さんだ。

 丸太小屋メンバーは、いっせいにフレーデルちゃんを見つめた。


 そっくりだからだ。


「く、く、くく、くまぁ?」

「そ、そっくりだワン?」


 赤毛のロングヘアーだけではない、全体の印象が、フレーデルにそっくりなのだ。血縁者であると、街中で二人が歩いていれば思うほど、よく似ている。

 レーゲルお姉さんは、足元にいる雛鳥ひなどりドラゴンちゃんを見下ろす。


 違和感に気付く。


「………あれ、フレーデル?」


 しっかりと手をつないでいたはずだが、赤いロングヘアーのお姉さんの登場で気がゆるんだのか、消えていた。


 とっさに後ろを振り向くと、産毛の生え残った尻尾をふりふりとさせながら、全力疾走をかます暴走娘の後姿があった。


 つかまえておけ――とのご命令の意味が、分かった。お師匠様には、おそらくこの予感があったのだろう。


 レーゲルお姉さんは手を伸ばしながら、叫ぶ。


「まちな――」


 レーゲルお姉さんが、反射的に追いかけようと足に力を入れる。同時に、大声で戻ってくるように命じようと――


 影が、空を覆った。


 一瞬のことだった。

 天から、お姉さんの声が響く。


「みぃ~………つっ………けたっ」


 いたずらっ子を発見した、姉のようだ。


 怒っているというより、獲物を捕らえる猫のように、とっても楽しんでいるお声であった。追いかけられている獲物には、恐怖だ。


 フレーデルちゃんが逃げ出したのは、このためだろう。

 草原に到着したばかりの執事さんは、つぶやいていた。


「ドラゴンめ………ドラゴンめ………ははは、逃げても無駄だった、あいつらは、最強の種族なんだぞ、ははははは、遊んでいやがった………ははははははは………」


 かなり、お疲れのようだ。


 ぼんやりと草原にたたずんで、上空を見上げていた。

 上空と言うほど上空ではない、頭上に突如として現れた、巨大な影を見上げていた。赤毛のお姉さんから、いつの間にか巨大なドラゴンの尻尾に、そして、翼が生えていた。


 丸太小屋メンバーも、見上げていた。


「………ど、ドラゴンの翼?」

「く、くまぁああああ?」

「ふ、ふふふ………増えたワン」


 どこかで見たドラゴンの尻尾に加えて、翼まであるのだ。しかも、産毛が生え残っている雛鳥ひなどりドラゴンちゃんではない、立派なドラゴンの尻尾である。一撃で大木をへし折っても不思議は無い、威圧を感じさせた。


 赤毛であることと、尻尾の色とで予感は確信へと変わる。雛鳥ひなどりドラゴンちゃんの関係者であると。

 見た目どおりであれば、実のお姉さんであると。


 雛鳥ひなどりドラゴンちゃんが逃げ出したのは、このためだ。おそらくは、本能で感じ取ったのだろう。


 逃げろ――


 そして、逃げ切ることが出来なかった。瞬間に駆け出したにもかかわらず、すぐ、目の間にいたのだから。


 涙目で、上空を見上げていた。


「………えっと………えっと………」


 イタズラが見つかって、必死にいいわけを考える、小さな子供のようだ。

 いいや、上空にいるお姉さんにとっては、正にいたずらっ子を追い詰めたお姉さんである。

 にっこりとした笑顔で、口を開いた。


「みぃ~、つ~、け~たぁ~………」


 とっても、いい笑顔をしていた。


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