第113話 ミイラ様VS死に神さん


 太陽は、真上からすでに、傾き始めている。お昼時はとっくに過ぎて、むしろ、おやつ時が近づいている。


 水浴びでもしていなければ、やっていられない。

 そんな季節にあっても、長いローブを引きずったミイラ様には、年中、同じ姿であった。


「おやまぁ、ドラゴン様にケンカを売った、生き残りとはなぁ~………どれ――」


 ミイラ様は、れ枝のような腕を突き出していた。


 倒れるだけで、ぽっきり折れてしまうのではないか。それよりも、ぽっくりと、お亡くなりになるのではないか。

 空中でローブを引きずる、シワシワなミイラ様の印象だ。


 見た目で判断してはならないという、顕著な一例である。


 岩が、砕かれた。


「………っ――」


 死に神です――

 そのような事項紹介をされても、誰もが納得の執事さんが、び下がった。


 地響きが、身を震わせた。


 よけていなければ、ミンチになっていただろう、ミイラ様のこぶしを受けた岩が、砕け散っていた。

 御年おんとし二百と言う大台に突入しようという大魔法使い様は、微笑んでいた。


「おぉ~、おぉ~………元気なことだ。さて、年寄りも、たまには運動をせんとなぁ」


 続けて、ミイラ様のこぶしが炸裂さくれつした。


 地響きが、森に響く。

 木々から、鳥たちが逃げていく。


 逃げられない執事さんは、腕を交差することで、ぶつかってくる岩の破片から身を守った。

 あの一撃から逃れただけでも、凄腕と分かる。


 相手が、とっても悪かった。

 レーバスさんは、苦々しく、弱音を吐いた。


「神殿の大魔女か………ガーネックめ………いや、あの盗賊どものせいか………」


 ダメージは、ほとんど受けていないのだろう。人間には不可能な速さで、ミイラ様のパンチを避け続けている執事さんだ。


 ミイラ様VS死に神さん


 野外劇場でこの格闘が開催されると知って、お客は入ってくるのだろうか。赤字と言う恐怖と、大当たりという期待との戦いのほうが、見ごたえがありそうだ。


 微妙なタイトルのバトルシーンが、始まった。


「ほらほら、いい若いもんが、突っ立ってると死ぬぞ?」

「くっ、ドラゴンの遊び相手が――バケモノめっ!」


 人間の胴体ほどのサイズの岩が、コナゴナだ。

 ミイラ様のこぶしは、砲弾並みの破壊力があるようだ。例えレーバスさんであっても、食らえば命がないだろう。


 死に神さんと言う執事さんと、ミイラ様と言うお師匠様の、どちらが怖いだろうか。


 結末を見るまでもなく、ミイラ様のほうが怖いと決定された。死に神さんの印象の執事さんは、防戦一方だった。


 シワシワの笑みが、目の前だ。


「――っ」


 レーバスさんは、とっさに腕を交差させる。

 同時に、全力で後ろへと飛びさがった。ダメージを最小限にしようという、本能的な動きであった。


 それでも、直撃なのだ。

 見事に、吹き飛ばされた。


「おぉおお~、飛んだね~」


 フレーデルちゃんは空中で炎をまとって、のんびりと観戦していた。

 昨夜に続いて、面白い見世物が続いて、ご機嫌のようだ。好奇心が旺盛おうせいな子犬のように尻尾を振って、のんびりと感想を口にした。


 のんびりできないツンツンヘアーのお姉さんをはじめ、アニマル軍団は口を開けて、呆然あぜんとしていた。


「うわぁ~………」

「クマぁ~………」

「死んだ………ワン」


 のんびりとしたフレーデルちゃんに続いて、レーゲルお姉さんにクマさんなどは、ただただ、破壊のあとを見つめていた。


 執事さんは、木々がなぎ倒された、彼方だった。


 駄犬ホーネックは、気の早い哀悼の意を示していた。あれで生きていれば、バケモノだと。

 ミイラ様は、ひょこひょこと空中を歩いて、お弟子さん達のそばまで近づく。


「ははは、あいつの一族はなぁ、この程度で死にはせん。ワシら人間とは、別の存在なんだわ………獣の耳が生えていないだけで、獣人に近いって所だなぁ」


 ミイラ様が、久々にお師匠様らしく、教えを下さった。


 ありがたい授業の時間だ。心して聞こう――などという気持ちなどは、微塵みじんも湧かないアニマル軍団である。

 今はただ、執事さんの無事を祈った。


 昨晩のことは、あいまいなままだ。

 本日は、突然に、突っかかってきたのだ。いい印象を持つわけが無いが、困惑の気持ちが強い。

 今は、同情の気持ちでいっぱいだ。


 気の毒に――と


 ミイラ様と言うバケモノに、立ち向かった。それだけで、あの執事服の死に神さんは、褒め称えられるべき執事さんだ。

 ミイラ様にとっては、よい運動相手だろう。


「お前らも知っとるだろう?人以外にも、不思議な種族がおると………」


 ミイラ様は、続けた。


 姿は人であるために、戦乱の時代では人の側として、その力を振るったという。平和な今の時代でも、のんびりとした日々を送るには、十分すぎる力を持つのだと。

 そんな日々に飽きたのか、かつての栄光を夢見た愚か者が、現れた。


「何年前だったかなぁ~………ドラゴン様に、ケンカを売ったんだわ」


 シワシワが、深く刻まれた。

 ミイラ様には、とっても面白い思い出らしい。


「いやぁ、あの時は大騒ぎだったなぁ、久々に、骨のあるヤツラが現れたと言って賭けが始まってなぁ、大穴を狙って大損をするヤツラの、多いこと、多いこと………我がこぶしは、全てを砕く――だったかなぁ~」


 オレ達をあなどるな――と叫んで、最強の種族をあなどってしまったのだ。


 結果、ドラゴンの興味を引いてしまったわけだ。


 遊んでいいの――と言うことで、好奇心が旺盛おうせいな子犬のように、じゃれ付いたのだ。

 フレーデルちゃんを見れば分かる。退屈をもてあます若いドラゴンが、止まれるわけがない。もっと遊ぼうと、尻尾を振るうのだ。


 もっと、あそぼう――と。


 逃げれば、追いかけっこのスタートだ。


「ははは………その通りだ、我らが強さを思い出せ――などと叫んでみれば、ドラゴンの強さを思い出したわけだ………ははははは」


 執事さんは、生きていた。


 いったいどのような執事服なのだろうか、魔法で防いだとしか思えない、ほこりさえついていない執事服が、森の陰から現れた。


 それで、終わりか――


 本来なら、そのように挑発して、恐怖をあおるのだろう。

 執事さんは、ちょっと壊れ始めていた。

 逃げ続けた先で、雛鳥ひなどりドラゴンちゃんが、元気いっぱいにお尻尾を振っていたのだ。炎をまとって、突撃してきたのだ。

 突撃相手はワニさんであり、執事さんではなかった。


 しかし、それで十分だった。


 過剰反応でも、追い詰められた執事さんには、覚悟を決める以外に選ぶ道は無かった。


「ははは………そうだ、ドラゴンが、楽しいイベントを逃すはずが無いのだ。ははははは………」


 ははははは――と、壊れたオルゴールのように、そして、ドラゴンめ、ドラゴンめ――と、ぶつぶつ口にしている。

 傍観者となっていたアニマル軍団は、ヒソヒソと、不気味な執事さんを見つめた。


「あの執事さん、ヤバイくない?」

「ねぇ、ねぇ、遊ぶの、遊ぶの?」

「く、くまぁ、くまぁあ~」

「そうだワン、お師匠様に任せるんだワン」


 アニマル軍団となっても、平和な日々を送ってきたのだ。厄介ごとは、バケモノ様に任せて、静かにしていようと、ヒソヒソ話だ。。

 昨日は、ワニさんと野外決戦をして、疲れたのだ。本日くらい、休んでもよいではないかと。

 雛鳥ひなどりドラゴンちゃんだけは、楽しそうだ。 オモチャを前にした子犬のように、尻尾をパタパタとさせていた。

 とりあえず手を出していないあたりは、ほめてあげたい。

 挑発を受け続ければ、飛び掛ったかもしれない。


 ミイラ様の登場の、理由だった。


「フレーデルや、お前はちょっと、大人しく――させろ、レーゲル」


 にっこりと振り向いたミイラ様が、無茶をおおせだ。


 ご指名を受けたレーゲルお姉さんは、固まった。

 フレーデルちゃんは、オモチャを目の前に置かれた子犬のように、ワクワクとしている。そういえば、昨夜のワニさんとの対決でも、同じ様子を見せていた。


 目を輝かせて、文字通りに、フレーデルちゃんの瞳が光って、魔法の炎もワクワクと燃え上がっていたのだ。


「えっと………お師匠様?」


 無茶を言わないでください――


 そのように口に出来れば、どれほどよいだろうか。銀色のツンツンヘアーのレーゲルお姉さんは、頭上に浮かぶ元気娘を見上げた。

 悪い子ではないが、好奇心が暴走する、子犬のような雛鳥ひなどりドラゴンちゃんなのだ。


 お師匠様が、ここへ来た本当の理由なのだろうか。

 教えてくれるのか、はぐらかされるのか、それでも、レーゲルお姉さんに与えられた役割は、役割だ。


 覚悟を決めて、空中に浮かぶフレーデルを見上げる。


「………えっと、レーゲル姉?」


 何か、悪いことをしたのだろうか。


 雛鳥ひなどりドラゴンちゃんは、真っ赤なロングヘアーをなびかせながら、ちょっと不安なお顔だ。

 魔法の力の関わりなく、レーゲル姉は、レーゲル姉なのだ。

 逆らうことの許されない、姉なのだ。


 それが、レーゲルお姉さんと、フレーデルちゃんとの関係である。


「く、くまぁ~?」

「ど、どういうことだワン?」


 お師匠様のご命令の意図が分からないクマさんのオットルお兄さんと、駄犬ホーネックは、不安げに二人を交互に見る。

 レーゲルお姉さんは、命じた。


「フレーデル、おすわり」


 指を刺して、命じた。


 子犬をしつけるお姉さんの貫禄かんろくを見せ付けて、命じた。

 さすがにそれは無いだろう、そんな気分のクマさんと駄犬ホーネックだが、フレーデルちゃんといえば――


「はいっ」


 なぜか、お犬すわりをして、レーゲルお姉さんの足元にいた。

 空中に浮かんでいた雛鳥ひなどりドラゴンちゃんの赤い尻尾も、ぺたりと地面に伏せられて、服従の合図だ。


 本当に、よく調教されている子犬ちゃんだ。


 雛鳥ひなどりドラゴンちゃんであっても、しつけは大切なようだ。レーゲルお姉さんの普段の教育の賜物たまものである。


 その様子は、ミイラ様にも満足の行くものだっただろう。シワシワを深くゆがませて、にこやかに笑みを浮かべた。


「そうそう………ワクワクした気持ちで力を振るえば、大変だからなぁ~………手加減が出来るまで、もうしばしレーゲルに任せるか………さて――」


 目の前には、覚悟を完了した、執事さんがいた。


 遊んでいる姿も、油断していない。

 ドラゴンにとっては、遊びだと知っているためだ。それも、加減をした遊びである。

 本気で遊ばれれば、命が無い。


 そのために、目の前のミイラ様は、フレーデルちゃんと言う雛鳥ひなどりドラゴンちゃんに、待ったをかけたのだ。

 雛鳥ひなどりドラゴンちゃんでも、それほどの力を持っているということなのだ。


「宝石が盗まれた………遊びに飢えたドラゴンが興味を示せば………そう思っていたら、この有様だ。ははははは、ドラゴンめ、何も考えていない顔なぞしおって――」


 執事さんの目線は、常にフレーデルちゃんに向いていいた。

 好奇心が旺盛な、子犬のようなお顔である。仲間たちにとっては、暴走娘の暴走を抑えるために、必死になるお顔である。

 覚悟を決めた執事さんには、深慮遠謀のお顔に見える不思議だ。


 過剰を過ぎた、妄想の賜物だが――


「えっへん?」

「あんたは、だまってなさい」

「くま、くまああ~」

「そうだワン、頼むワン」


 アニマル軍団は、得意げなフレーデルちゃんを、必死でなだめる。頼む、これ以上ややこしくするなと。


 お師匠様は、とっても楽しそうだ。


 長く生きると、精神が人から外れていくのだろう、人外の代表のドラゴンという種族と気が合うほどのバケモノなのだ。


 おびえる死に神さんが、気の毒だ。


「さてな、お前さんは勘違いしとるんだわ………まぁ、逃げるって言うなら、お好きに――」


 土煙が、上がった。


 ミイラ様が最後まで語るまでもなく、執事さんは好機と見て、逃げ出したのだ。さすがは、死に神の印象のある執事さんだった。



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