第82話 走るねずみと、宝石さんたち
走る、走る、走る。
ねずみは、走る。
アーレックたちのおかげで、逃げる
人間たちの争いなど知るものかと、走った。
「ちゅっ、ちゅううう~………」
もう、いいかなぁ~――
振り向くと、赤い宝石が輝いていた。それも、一つや二つどころではない、100を超えるのではないかという、大群であった。
皆さん、ピカピカとまぶしかった。
ここにいますと、言わんばかりだ。
ねずみは、ぼんやりと見つめていた。
これが、ルビーのような宝石であれば、どれほどの大金になるのだろう。魔法の力を備えた宝石であるため、価値は上回る。
もっとも、手に出来るのは、魔術師組合が認めた魔法使いに限られる。ある程度の魔法の才能と、功績が認められる人物にだけ、授けられるのだ。
杖やペンダントに加工され、更なる力への足がかりとなる。
一流の魔法使いの、証だ。
みんながあこがれる、絵本に出てくるような、すごい魔法を操ることが出来る魔法使いになるには、必須のアイテムなのだ。
生前のネズリー少年のような下っ端の下っ端には、縁のない話であった。
ねずみとなった今は、ぞろぞろと、後ろをついてきた。
とってもまぶしく、洞窟のような巨大な空間が、まるで昼間のように明るい。
おかげで、見つかったようだ。
「いたわ、こっちよっ」
「まぶしすぎて、逆につらいな………」
「でも、見失いですむね………」
「色々、感謝………」
マッチョのバルダッサお姉さんが、先頭だ。
続いて顔を隠すためのぼろ布をはためかせた、デナーハの兄貴さん。仲間に囲まれて、調子を取り戻しているらしい、密偵のベックと、ちょっとお疲れ気味の運び屋のバドジルが、遅れて走ってくる。
ねずみが、カーネナイのお屋敷の排水溝へ飛び込んでからも、その輝きを追ってきたのだ。
ぞろぞろと、輝く宝石の皆様が行列を作っているためだ。
「ちゅぅう、ちゅうう~」
良くぞ、ここまでついてきたっ――
つい、構えてしまった。
ただし、ねずみの鳴き声だ。まだ届く距離でもなければ、言葉が通じるわけでもない。
言ってみただけだ。
「ちゅぅううう~っ」
ねずみは、走った。
冒険の主人公の気分になっているのは、下水という場所が、原因だ。
地下迷宮という言葉は、大げさではない。 都市に不可欠な下水は、頑丈なレンガ造りの、丸いアーチ構造である。
場所によっては小船で移動できるほど幅広く、運河の様でもある。
下水に、全長10メートルを超える巨大なワニが住まっているという都市伝説の根拠は、この巨大さと、複雑さだ。
何がいても、おかしくないのだ。
今は、盗賊さんたちと、追いかけっこをしていた。
「今度は、右ね?」
「いや、まっすぐか?」
「水の反射………かな?」
「まぶしすぎるのも、問題………」
四人組は、まだ追ってきているようだ。
ねずみは、赤い宝石の力を得ているおかげで、まったく疲れる気配がない。このまま、警備兵本部へとご案内したいところだ。
カーネナイ事件が大きく動いたのは、そういえば、下水の逃避行からだったと、ねずみは思い出す。
ほんの少し前の出来事が、ずいぶん昔に感じる。黒幕の証拠品である、家紋の刻まれた指輪を掲げて、気のいい仮面の銀行強盗の皆様を、警備兵達の下まで案内したのだ。
「ちゅぅううう~、ちゅぅうう、ちゅうう」
今頃、あの若者達は、どうしているだろう――
ねずみは、彼らが新たな人生を送ってくれればいいと、応援したい気持ちになっていた。
だが、その後を知るには、まだ早い。今は、気のいい銀行強盗の皆様のその後に思いをはせるより、自分の身が心配だ。
そもそも、今回はどこへ導けばいいのか、 ねずみは、隣を走る?相棒の宝石に向けて、鳴いた。
「ちゅう、ちゅううう?」
なぁ、これからどうする?――
意思疎通が出来るわけではない。宝石に映るのは、焦る自分と言う、ねずみの顔である。
しかしながら、なぜか、相棒と感じるのだ。
後ろに、ぞろぞろとついてくる宝石の皆様が、ぴかぴかと輝いて、何やら相談をしている。そんな気分を味わうほどに、いつもそばにいるのだ。
やはり、相棒である。
アーレックが、ねずみとの意思疎通が出来ないながら、相棒と、友と呼ぶ関係と似ているのかもしれない。
「ちゅうう、ちゅう、ちゅううう………」
警備本部か、それとも、魔術師組合にいくべきか………――
ねずみは、うなる。
古いお屋敷通りから、とりあえずは中心部へと向かっている。警備本部も、魔術師組合も、どちらも中心部にあるのだ。
そろそろ、どちらかに進路を定める距離まで近づいている。
宝石が先頭を走ってくれていれば、悩む必要がなかったのかもしれない。町の外へ向かうという選択肢も、あるといえば、あるのだ。
ただ、そのままドラゴンの神殿への里帰りに付き合う可能性もあるので、それは、遠慮したかった。
運河からは船旅で、そこから森の中の道なき道と、どれほどの距離があるというのか。ドラゴンのように空を飛べない限りは、まっすぐな一本道というわけでもない。ねずみの足では、遠慮したい事態である。
しかし、ねずみを追いかけている皆様は、そんなドラゴンの神殿から、宝石を盗み出した凄腕たちだ。
まぬけという印象を受けるものの、力は確かなようだ。アーレックと執事さんのコンビと戦い、そして、ねずみを追いかけているのだ。
このまま警備本部に向かっても、捉えることが出来るだろうかと、不安になる。
何より――
「ちゅうう………ちゅう、ちゅう………」
なぁ………ワニ、いないよなぁ………――
不安そうに、ねずみは鳴いた。
都市伝説としては、最も有名であろう、下水のワニが、自分を狙っている。そんな錯覚を、一度や二度ほど、経験しているのだ。
縄張りを見張る、ドブネズミの眼光であればいいと思いつつ、そのほかの可能性が、とっても気がかりなのだ。
本当にいるとしても、小さなねずみを、全長10メートルのワニが狙うとも思えない。
今は輝く宝石の皆様が、ご一緒なのだ。 ぞろぞろと輝いて、とっても目立ってしまう。
巨大なワニの口が、気付けば目の前に現れる。そのような恐怖を、暗い下水の迷宮で感じてしまえば、もう、止まらない。
目の前にあるように――
「ちゅっ、ちゅううう?」
なっ、なにぃいいい――
ねずみは、叫んだ。
宝石たちも、きゃぁあああ――と、悲鳴を上げたかのように、いっせいに輝いた。強く輝いただけなのだが、お互いに抱き合って、悲鳴を上げたように感じたのだ。
巨大なワニが、現れた。
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