第81話 4人の盗賊 vs 2人+ねずみ


 ドキ、ドキ、ドキ、ドキ………


 ねずみの鼓動は、妙に落ち着いていた。緊張しつつも、冷静に周囲を見渡す。


 ぴかっ、ぴかっ、ぴかっ………


 宝石も、ねずみの鼓動こどうに合わせて光っていた。

 下水の暗がりや、夜の散歩では、とっても目立つ光景であろう。下水に表れた、赤い幽霊の噂の、ご本人様である。


 ただし――


「ちゅぅ~、ちゅう、ちゅううう~………」


 なぁ~、頼むよ、空気読んでくれよぉ~………――


 ねずみは、頭上の宝石さんを見上げた。

 ねずみの鼓動にあわせ、ピカピカと明るく光っているだけなのだが、ふざけているようにも見えるのだ。

 目の前では、まじめに戦っている方々がいるのだ。


 人間離れした、戦いだった。


「うらぁっ!」

「………ふっ――」

「ひぇ………っと………わぁ!」


 デナーハの兄貴さんの空中回しりが、執事さんを狙った。

 顔に巻いたぼろ布の隙間から、勝利を確信する笑みが浮かんだ。だが、その笑みは一瞬のこと、すぐに驚きに変わる。


 執事さんは、余裕でよけていた。


 一方、壁にはいつくばっていた密偵のベックは、今も執事さんのことが、幽霊に見えているようだ。

 やっぱり幽霊だと、おびえていた。

 もしも、攻撃が肉体を素通りしたなら、どうしようと――それでも、兄貴のお手伝いは忘れていない。どこからか取り出した武器を、空中に放り投げていた。


 幽霊だとおびえていても、とっさの動きはすばやかった。


「兄貴っ」

「おうっ」


 ワイヤーだった。

 素材は不明であるが、太陽の輝きを反射して、金属のようにも見える。もしも体に巻きつけば、執事さんであっても、解くことは不可能だろう。


 あくまで、つかまった場合の話だ。


「なかなか素早いな………だが――」


 執事さんは、空中で軽々と、ワイヤーの攻撃をよけていた。


 背後からは、完全に死角という角度からの攻撃に、余裕であった。

 そして、その攻撃は、連携でこそ威力を発揮する。ぼろ布で顔を覆っていた、デナーハの兄貴という若者は、あきらめていなかった。


「まだだっ」


 ワイヤーの先端に、空中で回転蹴りを食らわせて、改めて執事さんに向かわせた。

 さすがに、空中にあっては、逃げ場はない。密偵のベックの攻撃を避けても、デナーハの兄貴さんがニの手を放つ、連携攻撃だ。


 なのに、身をよじることで、執事さんはよけていた。

 さらには、ワイヤーを逆に利用して、おびえていた密偵のベックへと放り投げる。


 ベックの目には、幽霊の肉体を素通りしたように見えたらしい。やっぱり幽霊だ――と、武器を捨てて、デナーハの兄貴さんの下へと走った。


 目にも留まらぬ、空中戦であった。


 これが、魔法の力を持っている者の戦いであれば、本当に空中での戦いが繰り広げられることもある。だが、この中で魔法の力を持っている人物?は、ねずみが一人だけであった。


 そのねずみをして、息をむ戦いだった。


「ちゅ、ちゅううっ………」


 すっ、すげぇ………――


 ねずみは、超人的というべき、きたえ抜かれた男達の戦いに、見ほれていた。このすきに逃げればよいものを、戦う姿に見とれていた。

 もう一方の戦いは、別の意味ですごかった。


「ぬぬ………」

「うふふふふ………」


 筋肉同士が、ぶつかっていた。


 巨漢の青年VS巨漢のお姉さんだ

 190センチに届こうかという、恵まれた体格のアーレックを上回る、2メートルオーバーのマッチョのお姉さんと、肉薄していた。


 格闘技術は、どうやら互角のようである。互いにケリを食らわせようと、こぶしを食らわせようと、紙一重でよけていたのだ。

 かろうじて身をかわしたというより、最小限の動きで、そして、自らの攻撃を食らわせる距離を保つための動きである。

 恐ろしく、とても真似をしたくない世界には違いない、筋肉が、ぶつかり合っていた。


 怪しい4人組は、凄腕のようだ。

 執事さんが2人を、アーレックが巨漢のお姉さんを相手に戦っていた。


 では、残る1人は、どうするのだろうか。ねずみは、のんきに考えていると、何かを投げられた。


「じゃま………させない………」

 

 静かながら、意思を感じさせる声だった。 ねずみが、魔法で自分たちを狙っているように見えたのだろう。できれば関わりたくない、そう思うねずみには、迷惑な話だ。


「ちゅぅううう~」 


 ねずみは、壁を駆け上っていた。

 ねずみの直感というべきか、鉄球らしきものが、足元で破裂した。動きを阻害する、ねばねばとした、トリモチのようなねばねばだった。


 小さなねずみには、危険な武器だ。

 ねずみは、叫んだ。


「ちゅぅ~」


 卑怯な――


 目の前の戦いに夢中になって、注意が散漫さんまんになっていたのは、ねずみのミスである。

 しかし、何とかしなくてはならない。ここは、冷静になろうとして、頭上の宝石さんに意識が移る。


「ちゅうううぅ」


 そういえば――


 頭上で赤く輝き、怒りをあらわにしている宝石を見上げた。透明のままであれば、これほど注目されなかっただろうに………と。


 そこで、ねずみは思い直す。

 今までは、ねずみの願いを聞き届け、透明になっていたではないかと。輝いた理由が、あるはずだ。


 今、どうして輝いたのか。


 ねずみの感情に反応しただけなのか、他の原因があるのか………頭上の、赤い宝石が、答えである。

 盗賊たちが盗み出したものは、赤い宝石の仲間たちなのだ。


 ねずみは、両手を天にかかげた。


「ちゅううううぅ」


 ちゅううううっ――と、叫んだ。

 言葉は、もはや不要である。なるようになれ――という、ヤケだった。


 足元で戦っていた面々には、違う印象を与えた。 アーレックは余裕の笑みを浮かべ、敵対する4人組は、身構えた。


 運び屋のバドジルが、最初に動いた。


「来るか………」


 両手に、何種類かの金属球を握っている。細長いものや、赤い印のされた、小さなボールまで、様々だ。

 身をかがめて、どれでも投げつけられるようにと集中して――


「?………にげた」


 運び屋のバドジルさんは、思わずつぶやいた。


 着火式の爆薬でないことが幸いだ。さもなければ、ちりちりと、自らが吹き飛ばされる秒読みが、迫るところだ。

 ねずみは、塀の反対側へと、飛び降りたのだ。


 思えば、正直に戦う必要はないのだと、逃げる隙がなかっただけだと、逃げたのだ。

 呆然と、塀の上を見詰めるバドジルさん。


「………なんで」


 逃げる――という道もあるのだと、今更ながらに思い出す。

 ねずみを倣って、自分達も逃げようか。


 そこへ、ワイヤーが跳んできた。


「よけろっ」

「バドジルっ」


 デナーハの兄貴さんと、密偵のベックが同時に叫んだ。

 二人の相手をしていた執事さんが、油断をしていたバドジルへ向かって、ワイヤーを投げたのだ。


 まずは、一人――


 数の不利を感じさせない余裕である。執事さんを捕らえよう、そんなつもりで、とっさに取り出したワイヤーは、見事に、盗賊仲間へと命中した。


「………さすがは、アイツの同類………だな」

「兄貴ぃ………よかった、物を投げた、アイツ、幽霊じゃなかった………」


 温度差は、ひどかった。


 しかしながら、いまだ、数の上では盗賊さんたちが有利である。

 それでも、先ほどよりはマシであろう。ねずみの闘争によって、油断が生まれ、一人が捕まったのだ。


 ねずみが役にたったのか、たたなかったのか………

 そもそも、ねずみを戦いの数に入れた時点で、アーレックと執事さんは、どこか冷静さを失っていたのかもしれない。


 少し冷静になったアーレックは、平和を守る騎士として、言葉を放った。


「今なら、おとなしく投降した………と言うことに、してやってもいいぞ」

「あらん、怖いお顔………」


 アーレックと巨漢のお姉さんは、今にも組み付けるという距離で、にらみ合っている。

 アーレックはうれしそうに微笑ほほえむ。

 アーレックの様子に、組み合っていたマッチョのお姉さんは、不思議そうに口を開いた。


「なによ、急に笑っちゃって。まだ、負けてないわよぉ――おおおお!?」


 お姉さんも、気付いた。

 ねずみが逃げ去った方向へ向かって、行列を組んで進む輝きがあったのだ。


 お姉さんの、血走った瞳が怖い。何事かと、執事さんとにらみ合っていたデナーハの兄貴さんと、密偵のベックくんもまた、気付いた。


「………宝石………だよな」

「宝石………そっか、あのねずみが持ってた宝石、アレだよ、兄貴。俺たちの宝石の仲間だったんだ………そっか、仲間の声に呼ばれたんだ………」


 わけがわからないというデナーハの兄貴に引き換え、すでに密偵のベック君は、手遅れのようだ。

 宝石さんが、仲間の声に呼ばれて行列を作っている姿を、ほほえましそうに見つめていた。

 よかったな、お友達が迎えに来たぞ――と


「なんで………」


 ワイヤーに絡め取られた運び屋のバドジルさんの反応が、一番大きい。

 それは当然だろう。今まで、何もなかったのだ。本当に、ただの宝石であったと思っていたのだ。


 その宝石の皆様が、仲良く逃げ出したのだ。


 少しでも捕まえようと動く、イモムシ状態であった。

 お姉さんが、叫んだ。


「追うのよっ!」


 言いながら、背中から金属球を取り出す。


 どこに隠し持っていたのだろう、それは、乙女の秘密である。バドジルさんが手にしていたものと同じ、力いっぱい、地面にたたきつけようとしていた。


 武器だ。

 危険だ。


 それは、反射的な行動であった。

 体格の違いから、組み合うことは避けてきたアーレックは、とっさに突進する。


 力任せは危険ながら、組み伏す手段は、いくらでもある。ただし、相手も同じ程度、あるいはそれ以上の格闘技術を持っていれば、通用しない。


 今は、時間が味方をして欲しかった。


「目を閉じろっ」


 執事さんが、叫ぶ。


 すでに背中を向けていた盗賊の皆様と異なり、突進していたアーレックに向けた言葉だった。


 閃光せんこうが、全てを包んだ。




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