第78話 落ち目の、ガーネックさん


 私は、お金を持っています。


 言葉で自慢する必要もなく、この部屋を目にすれば、押し付けられる印象だ。机の上には、金銀財宝が詰まった小箱が置かれている。

 大胆なことに、小箱のふたは、開いたままである。


 机も、椅子も、金細工が贅沢ぜいたくだ。豪華と言うより、ちょっと贅沢すぎやしませんか――そんな印象である。

 イスにふんぞり返って、自らの力に酔いしれるのが、ガーネックさんである。


 今は、お怒りだった。


「おのれぇ~………そろいもそろって、役立たずどもが………」


 まだ、昼にもなっていない時間だというのに、お酒のびんが開けられていた。


 心を落ち着かせる、ゆったりとした気分に浸らせる。


 そうする力を、お酒は持っている。しかしながら、たしなむ程度、リラックスのお手伝いと言う程度に、とどめるべきだ。


 苛立ちにまぎれ、ごくごくと、グラスをあおっていた。

 金細工のされたワイングラスが、うっすらと汚れている。乱暴に酒を注いだためだが、さぞ、食器洗いは大変だろう。

 食器を洗うのが自分ではないガーネックさんは、気にしない。


「カーネナイの疫病神やくびょうがみに、キートン商会のまぬけどもに………裏切り者のレーバスと、盗賊たち………ちきしょう、このままでは、オレは、オレは………」


 おびえていた。


 このままでは、身の破滅である。先日、都市警備本部へと、改めての出頭を命じられてから、ふるえが常に、ぶり返すのだ。


 腰の低い、善良な金融屋さん。


 その腰の低さは、演技ではない。

 自分よりも強い人物には、本当に腰が低くなる、小心者なのだ。自分が、相手より地位が上と知ると、とたんに尊大になる、小物であるだけだ。


 そうして、足元に従えたと思ったカーネナイの一族に、キートン商会、かねという鎖で従えたレーバスと言う切り札までが、消えた。

 

 ガーネックを頼ってきた盗賊団まで、消えていた。


 財宝の隠し場所として、キートン商会の倉庫を提供していたのだが………財宝ごと、消えていたのだ。

 盗まれたと考えるのが自然だ。

 黒幕と疑われているガーネックが、怪しいと思われて、当然だ。


「盗品など知らぬと、本当のことなのに………ちきしょう。オレがどこかに隠したと疑ってやがる、今もきっと、警備兵のヤツラがうろついているに違いない………」


 突入まで、秒読みだという妄想が、お酒の勢いを早める。


 証拠もなしに、強行突入など不可能だ。

 しかし、ガーネックさんには見えていた。窓から、こちらを見ているのだ。一般の通行人のふりをしているのだと、震えていた。


 かなり、お酒が回っているようだ。


 先日の、キートン商会のウラ賭博事件の発覚に、ガーネックも参考人として呼ばれたのだ。それから、ずっと気分は危険地帯だ。

 黒幕と言う決定的な証拠は、もちろん、与えていない。それでも、不安はたくさん降り積もる。

 借金の書類も、ゲームマスターの出入りも、致命傷ではない。少しずつ、追いつめられる材料が、そろっているだけだ。


 小さなミスで終わりという崖っぷち気分は、大げさではないだろう。


「ねずみだ、ねずみ………ねずみが、必ずいる………殺せっ!」


 何者かが、手引きをしたに決まっている。

 そして、すでに命令は下されていた。 ひかえていた、目が死んだような男達は、答えた。


「へぃ、毒をばらまいておりやす」

「これで、ねずみは終わりでさぁ」


  先日の、盗賊団と言うねずみの一件で、ぶちきれたガーネックは命じたのだ。


 ――ねずみを、殺せ


 天井裏で、この言葉を聞いたねずみは、少しビクっとなったほどだ。まさか、言葉通りに、ねずみを殺せという意味ではないと思っていた。


 ガーネックさんも、もちろん、言葉通りに、ちゅ~――と鳴く、ねずみさんの抹殺命令を出したつもりはない。

 自分の前に立ちはだかる、足を引っ張ろうとする人物の抹殺を、命じたのだ。

 

「即効性と、自慢じまんしてやがりました」

「天井裏に、下水の入り口に………どこに潜んでいようと………ひっ、ひっ、ひっ………」


 目の前の二人組は、思いのほかに、有能らしい。ガーネックさんは、見直したという態度で、イスに座りなおす。

 二人組は自慢げに、毒の入った箱を見せてきた。


「これで、ねずみは殺したも同然………」

「見てくだせぇ、薬屋のおすすめでございやす」


 ガーネックさんは、裏社会の、大物気分が戻ってきたようだ。

 ゆったりと、箱を受け取る。酔いが回った、顔を赤らめていたガーネックさんだった。

 ぼんやりとした瞳で、じっくりと箱を見つめて――


「ほぅ、どれどれ………ねずみも、いちころ………って、アホかぁぁあああっ!」


 空箱を、盛大に地面にたたきつけた。

 ねずみのイラストに、赤いペンで、ペケ印をしたデザインだった。


 ねずみに悩まされている人の、最後の手段だ。あるいは、ねずみよけのまじないだけでは不安と言う方には、希望のマークである。

 目が死んだ二人組みは、ねずみを殺すため、主の命令を実行するために、毒を購入に向かったのだ。


 そう、薬局へだ。


 どのように言って購入したのか、とっても気になる。その答えは、主の怒りにおびえながら、二人組みがもたらした。


 曰く――ちょろちょろと動き回るヤツラを、ぶっ殺したいんでさぁ、

 曰く――何か、強烈な薬はありませんかねぇ


 薬局で、悪そうな顔でやってきて、仲良く口にした。

 間違いなく、ねずみのことだと思うだろう。よっぽど、ねずみの所業に、ハラがたっているのだろうと。

 薬局の人も、これで始末できる――と、暗殺家業を気取って、渡したに違いない。


 お酒に酔っ払ったガーネックさんは、箱を踏み潰した。何もかもが、自分をあざ笑っているように感じたためだ。


 だいぶと、お酒の酔いが回ったらしい。そのまま、ばったりと倒れた。運動神経が、あまりよろしくない小太りのガーネックさんが、突然、激しい運動をしたためである。

 その様子を、小さな瞳が見つめていた。


「ちゅぅ~………」


 あんたの、せいか――


 ねずみは、なんとも言えない気分であった。

 ねず美さんを大衆食堂へ送り届けると、ガーネックさんのお屋敷へと潜んでいたのだ。まさか、自分を殺すためなのか。名探偵ねずみの正体が自分だと、悪者にばれたのか。

 そんな緊張感で、潜んでいたのだった。


 ねずみは、額を抑えて、ため息をついた。


「ちゅう~」


 頭上の宝石は、ぴか、ぴか――と、笑っているように光っていた。


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