第77話 ねず美さんと、毒エサ


 ねずみは、走った。


「ちゅぅ~、ちゅぅうう~」


 ねず美さ~ん、まってくれ~――


 白いねずみの後を追って、下水という地下迷宮を、走った。

 下水にあっては目立って輝く、雪のような白い毛並みは、美しい。ただし、野生のねずみだ。毒エサを食べたのだろう、弱っていたねずみを助けただけである。

 このまま放置してもよかったが、名探偵としての、ネズリーが叫んでいた。


 事件の、匂いだ


 そして、それは正解のようだ。

 どこか見覚えのある、最近は、特によく通る道なのだ。


「ちゅう………ちゅう?」


 いったい、どういうことだ?――


 ガーネックさんの屋敷へ続く、道であった。

 偶然だろうかと考えつつ、白い輝きを追いかける。魔法で毒を取り除いた副作用ではないが、表面の汚れも落ち、ねず美さんの白い毛並みは、本来の美しさを取り戻していた。


 これが、ペットショップのケージの中にいれば、不自由なくすごせただろう。だが、この輝きは、下水では発見されやすい。そう、捕食されやすいという、危険が上がったのだ。

 ねず美さんの体調が落ち着くまでは、そばにいるべきだろうかと、義務感が首をもたげた。


 宝石が、ピカピカとはやし立てた。


「――ちゅう、ちゅうう~………」


 な、なんだよ~――


 ねずみは、頭上でからかうように、ぴかぴかと、左右にゆれながらついてくる宝石を見上げる。

 おまえ、あの娘にほれたのか――と、からかっているように思えた。


 返事をするのも馬鹿らしいと、ねずみは、前を向いた。

 違和感が、見えてきた。


 白い毛並みの、ねず美さんではない。きれいな箱が、おいしそうな匂いを漂わせていた。

 まるで、軽食のパックのようだ。ちょっと小腹を満足させようとして、気に入らないと、食べ賭けで放り出されたような、違和感だった。


 たしかに、下水であれば、不要な色々が流れ着く、流されるものだ。食べかけの残飯が捨てられるのは自然であるが………


 ねずみは、思った。


「ちゅうっ」


 罠だ――


 やはりと言うべきか、野生の白いねずみこと、ねず美さんは、まっすぐと軽食のパックへ向かう。


 ねずみは、走る速度を上げた。


 二匹仲良く、きれいな箱を目指して、タタタ――と、まっしぐらだ。

 だが、先を行くねず美さんとの距離は、縮まらない。しかし、先を越されては危険である。せっかく救った命だが、本能のままに、またも毒エサを口にする恐れがあるのだ。


「ちゅぅっ」


 力を、貸してくれ――


 普段は願わないが、ねずみは、頭上の宝石に願った。

 先ほど、ねず美さんを救った魔法は、ねずみの身の上では、決して扱えない大魔法である。ネズリー少年時代はもちろん、ねずみの姿では、とても発揮できない魔力量なのだ。


 今一度、力が必要だった。


 宝石は、激しくぴか、ぴか――と輝くことで、応えた。

 分かったぜ、相棒――と、叫んだように思った。


「ちゅぅ~」


 いくぜ――


 ねずみの全身に、力がみなぎる。

 目の前の光景が、圧縮される錯覚にとらわれた。ねずみに走る速度が、数倍に跳ね上がったためである。


「ちゅう、ちゅううう!」


 オレは、風になった――


 ねずみが錯覚を口にするが、あながち間違えではない。風を巻き起こして、ねずみは目的地へと、到着した。


 ねず美さんが到着するまで、たっぷりと時間がある。疲労感もなく、さすがは魔法だと感心しつつ、ねずみは軽食パックによじ登った。

 わざわざ、ねずみが食べやすいサイズであることが、ねずみの予感を確実にさせた。

 

 エサを一つ取り出すと、魔法の風で、砕いた。

 中身を調べるためでも、カリカリと、かじりたくはない。少しは毒がにじんでいるはずで、口にすれば、自分が危ないのだ。


 中身は、やはり毒だった。毒々しい色のカプセルが、不気味に光る。 毒の種類までは分からないが、表面をかじっただけで、危険かもしれない。


「………ちゅう?」


 ようやく到着したねず美さんは、不思議そうに、ねずみを見上げる。

 いきなり風が吹いたかと思うと、後ろを走っていたねずみに追い抜かれたのだ。確かに、不思議だろう。

 いや、すでに興味はエサに移っているようだ。 ねず美さんは、ねずみが手にしている毒を、見つめていた。


 そして、ねずみを見上げた。


「ちゅう?」


 食べて平気なのかと、たずねているようだ。


 ダメに決まっている。

 しかし、ねず美さんは空腹らしいと、ねずみは悩む。

 お屋敷へ連れて行くのは無理だと思いながら、食堂へつながる下水の道を思い出す。


 並の男どもよりも、ごっつい肩幅のオバチャンが厨房の主を務める、大衆食堂だ。その食堂からは、おこぼれがもらえるだろう。

 ドブネズミ軍団との抗争が気がかりだが、小さなねずみであれば、潜り抜けられるかもしれない。


 毒エサが、まさかその食堂の地下にも発見されないことを願って、ねずみは、この場を去ろうとする。エサの山を前に、名残惜しそうなねず美さんを連れて行くのは大変だと思いつつ………


 ねずみは、じっと、天井を見つめた。


「………ちゅう?」


 ………まさか――


 この上は、ガーネックのお屋敷へ入るための、下水の入り口である。

 まさか、ここに毒エサがあるのは、偶然ではないかもしれない。何度も潜入したねずみである、毒があれば、注意したはずだ。

 

 今まで、ここに毒エサなどは、なかったのだ。


 考えを振り払うように、鳴いた


「ちゅぅ」


 こっちだ――


 ねずみは、ねず美さんを、呼んだ。

 毒エサの調査は、後回しだ。まずは、ねず美さんを食堂下に連れて行こうと、駆けだした。

 腐りかけていても、野生のねずみには問題ない。 ねず美さんの空腹を満たしてから、調査をすればいいのだ。


 嫌な予感に急かされながら、体力が落ちている白いねずみに合わせて、走る。


 まさか、ねずみがガーネックさんの屋敷を調査していたのが、ばれているのではないか。普通の人間が、そこに思い至ることがあるのだろうか。

 

 ねずみは、不安を振り払いながら、わらった。


「ちゅ、ちゅううっ」


 ま、まさかな――


 頭上に浮かぶ宝石は、心配そうにピカピカ光っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る