第58話 開催、さもしいパーティー


「はぁ、アーレックの、バカ………」


 ベーゼルお嬢様は、文句を口にしながら、パーティー会場へと、足を踏み入れた。

 修繕すべき色々は、かなり放置されている。パーティーにお客様を招待する商家としては、かなりみすぼらしいホールであった。


 石畳は、所々ひび割れて、それは仕方ないにしても、カーペットすらかれていない。

 お客様を呼ぶ準備すら、まともに出来ない。あるいは、カーペットのレンタル代金にも、事欠いているのか。


 パーティーの名目は、挨拶あいさつであった。

 落ち目に向かう前の、あがき。力が衰える中、もう一花咲かせたいという望みをかけた、挨拶である。


 まだ頑張れる、見捨てないで――と


 そのため、さもしい印象ながら、パーティーを開催することは、おかしくないが、どこか不自然だった。

 そう思っているのは、ベーゼルお嬢様だけではないようだ。会場を少し進むと、疑問を口にする連中が、たまっていた。


「なぁ、何で今更いまさら、パーティーなんて開くんだ?」

「そうだな、お別れオークションパーティーなら、まだ分かるが………懇親会こんしんかいなんてさ、本当に、なんでだ?」


 壁に背中を預けて、退屈そうだ。

 パーティーに呼ばれた皆様は、今回の主催者の家柄と、出席するだろう面々を考慮した服装を選んだ。

 ドレスマナーと言うか、失礼があってはならないが、気合を入れまくる必要もないという、こちらも気を使ったわけだ。


 言葉は、気を使う様子はないらしい。主催者側への、一応の気遣いとして、壁際に集まってから、噂を口にする。


「もしかして………アレか?」

「………アレって、何だ」

「何、どうした?」

「なんだ、なんだ」


 ふと、思い付きを口にすると、退屈していた面々が、集まってきた。

 情報は、大切だ。それが些細ささいなものであっても、聞き逃せば損をするというものだ。

 パーティーで、こっそりと交わされた約束が、その後の商売や、人間関係に決定的な影響を与えることも、珍しくない。

 集った面々に、思いついた若者は、静かに言葉を放った。


「………お別れ会」


 全員、見事に脱力をした。

 ばかばかしいと、みなさん顔に出す。もちろん、口にも出して、散らばり始める。危うく、グラスを落とすところだったと、グチをいいながら………

 しかし、答えた若者は、まだ、話を終えていなかった。


「なんで、金を捨てるようなことをするのか………悪い印象しか抱かないって、分からないわけがない。そうだろう?」


 散らばり始めた皆様は、足を止めた。

 いま正に、退屈だと、なんでこんなところに来たのだという態度の若者達は、顔を見合わせる。


 なぜ、こうなると分かって、人を呼んだのか。

 これはむしろ、パーティーを開いた主の正気を疑う事態である。


「お別れ会――って可能性はあるけどよ、それなら、我が家の最後を見届けてくれとか、今までの感謝とか、そういったことを、招待状に書くだろうが」


 丁寧に、自分の推測を述べる。

 まずは一般論であり、多くは納得できる。足を戻した皆様も、納得の顔でだ。そして、自分の意見を話し出す。


「だな、最後の挨拶あいさつってことなら、昔付き合いがあったところとか、疎遠になっていても、友人だと思っていた家から、ちゃんと人は来るはずだからな………」


「あとは、ハイエナ対策かな。家が終わりなら、タダ同然で色々買い叩こうっていう連中が、別れの場をかき混ぜる――ってのが………」


 最後の発言は言いすぎだが、別れの場をハイエナに荒らされたくないために、あえて別れを記さなかったのではないか。

 この推測は、正しく思える。


 ところが、そうではない。

 それが答えではないと、若者は首をゆっくりとふってから、続けた。


「………カーネナイ事件」


 答えは、一言ひとことだけだった。


 だが、その言葉で、多くは納得の顔に変わる。

 何事かと、やっと噂話の集まりに顔を出したサーベル使いの、ベーゼルお嬢様も、納得だ。

 あぁ、確かに、そういう事情があるのなら、納得だと。恋人と言う名前の奴隷こと、アーレックが関わった事件である。


 婚約者にランクアップが確定しつつ、なぜか進展は停滞の恋人の野郎は、ここにいない。

 家柄として、アーレックもこのパーティーに呼ばれていたが、公務が優先であるため、欠席である。


 さて、明日はどのようにいじめてやろうかと、土下座をするでっかい下僕の姿を思い出し、思わず笑みが浮かぶ。

 いま絶賛、公僕としてカーネナイの若様と向かい合っているアーレックの野郎は、背筋を寒くしていることだろう。


 ついでに、ねずみさんも、ぞっとしていることだろう。


 ちゅ~――と

 お許しを――と………


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