第30話 ねずみと、倉庫と、借金取り


 倉庫の机をはさんで、戦いが繰り広げられていた。

 殴り合いではない、心理戦だ。ここは廃墟も同然のカーネナイの敷地にある倉庫で逢った。


 旗色が悪いのは、カーネナイの若き当主フレッド様だ。後ろに控える忠実なる執事さんの表情は、わからない。

 対して笑顔なのは、悪人だと見て分かる風貌ふうぼうの男二人を連れた、小太りの男だった。


 一人と一匹は、タルの陰に隠れて、現れた男達の様子をうかがっていた。

 隙間すきまからのぞき見るために、姿はよく見えないものの、音はよく聞こえている。


 じゃらりと、音がした。


 指輪同士が、こすれあう音だ。いいや、指輪だけではありえない、鎖なのか、なんなのか分からない装飾品が、ジャラジャラと引っ付いているのだろう。


 富の象徴が、音を鳴らしていた。


 趣味の悪い、成金の姿であった。

 虚勢を張るため、大声を上げるチンピラのようなものだ。チンピラは暴力に訴えるが、この成金は、金に訴えるのだ。


 威嚇いかくされる側としては、ジャラジャラと言う音は、十分に威力があった。これが、お前とオレとの差だと、金が有り余るほどある側と、すっからかんの側との差だと、言われているのだ。


 お前は、オレより下なのだと。


「カーネナイの若様。金欠は承知しておりますが、こちらも商売でしてね?」


 ジャラジャラ成金は、証文の山を、どっさりと机の上に置いた。

 ほれ、これを見ろと。

 古びたものもあれば、新しいものもある。


 約束を果たせと、訴えてくる。


「ガーネック………差し押さえの脅しなら、まだ早いのではないか」


 カーネナイの若き当主フレッドは、冷静を装って、机の上に広げられた証文を見つめる。

 何十枚もある証文や借用書は、利息が膨らみ、恐ろしい額である。それでも、このお屋敷を差し押さえれば何とかなるあたり、さすがは名家だ。

 

 にこやかに、金貸しのガーネックは微笑んだ。


「今までも、利息はいただいてきましたよ、かろうじてね」


 カーネナイの若き当主、フレッドは苛立つ。

 今、家名で呼んでくれるのは、借金取りだけと言う有様。敬意を払ってのことではない、バカにしているためだ。


 あるいは、静かなる恫喝どうかつのため。


「裏家業も、そろそろ動かしてはいかがですかな。先代のご当主、つまりあなたの叔父君にも、そうお伝えしていました。あぁ、今は牢屋の中でしたな」


 高笑いをしそうなほど、借金取りの男、金貸しのガーネックはのけぞっていた。 運動不足の過ぎる体格である、そのまま後ろに転げてくれれば、面白い。

 面白くないフレッドは、吐き捨てるように、言葉を返した。


「差し向けておいて、よく言う」

「ははは、人聞きの悪い。私どもは、お客様の繁栄を願っておりますとも。そうでなければ、お貸ししたお金が、返ってまいりませんからな?」


 悪魔だ。


 フレッドは、そう感じた。

 悪事に手を染めた自覚はあっても、もはや、名家を名乗る資格がないことを自覚していても、目の前の悪魔ほどではない。

 人を堕落させ、犯罪の道へと誘い込み、そして本人は一切手を汚さない。


 しかし、どこへ訴え出ればいいというのだ。


 没落した家の当主の言葉を、それも、収賄しゅうわいによって、叔父が監獄にいる家の若造の言葉を、誰が信じる?

 借金まみれの若造の戯言ざれごとと、借金取りの、ごてごてに奇麗事を飾った言葉。どちらも聞きたくないというのが、人情と言うものだ。


 フレッドは、あえぐように悔しさを漏らす。


「ちきしょう………」

「ははは、とりあえず、利息分として、この小銭の山をいただいておきましょう。これが、せめて作りたての銅貨であれば………おや、小銅貨がまじっていますな?」


 フレッドを無視して、ガーネックと言う借金取りは、連れてきた部下に命じて、金勘定かねかんじょうの準備を始めた。


 山と積まれた袋には、全て値札がえてある。昨日の夕方、疲れる体にムチを売って、フレッドが数えた全てが積まれている。


 しかし、中身を確認しないなど、商売人としては、ありえない。

 冷静に考えれば理解できるが、ガーネックは、己の地位を誇示するために、目の前で数えているように見えた。


 ガーネックは、ひかえていた、いかつい顔の使用人に命じた。

 腕や顔に、切り傷や殴り傷があり、喧嘩っ早いのか、殴り合い、切りつけあいが日常なのか………

 まっとうに見えない使用人は、人の胴体ほどある、木製のカバンのような、細長く、四角い道具を取り出す。

 そして、袋を次々と、ざらざらと、怪物の口にくわえさせ、中身を流し込んでいく。


「百、二百、三百………コインカウンターを使っても、時間がかかるものですなぁ、これが金貨であれば楽しいのですが………」


 恐ろしい速さで、金勘定かねかんじょうが始まった。

 さすがは借金取り………もとい、金融関係者である。一般のご家庭には縁のない道具を持っている。フレッドは、十枚ずつ、手作業で数えていた己の姿と、目の前の姿とを比べるだけで、敗北を味わうことが出来た。


「おや、詰まりましたか………びているせいですな。しかし、こんなに使い古したお金でお支払いとは、困った若さまだ。並みの金融業者なら、嫌がらせだと、かんぐってしまいますところ、私はなんとも心の広いことか」


 数え終わった青びた銅貨を、配下がざらざらと、大袋に詰め込む姿を見ながら、うんうんと、借金取りのガーネックは、自らをたたえた。

 なぜそうなったのか分かっていながら、イヤミな男だ。これが金貸し男ガーネックの、人の心を操る手段だった。


 弱った相手を追い詰め、絶対的な支配力を誇示こじする。そうすれば、相手はあきらめの気持ちから、何でも言うことを聞く人形になる。


 フレッドとて、世間知らずではない。そのような手を使う悪魔がいると、頭で理解していても、どうにも出来なかった。腰の短剣で突き刺してやりたい衝動との戦いの果て、あきらめて、奴隷となっていくのを感じていた。


 もう、終わっているのではないか。

 最後の一線だけは越えない。フレッドのそれは、言葉通り、人としての最後の一線であった。


「二千四百………はぁ、ようやく金貨で十枚分ですか………この証文の金貨三百枚に、利息分を含めた高みには、とても遠うございますなぁ。いや、いつも利息はお支払いいただいてましたかな?」


 袋に詰め、その袋を木箱に詰めながら、イヤミを言う。


 ガーネックの二人の部下は、ただもくもくと、作業を続けている。

 どう見ても、人を殺したことがあろう、鋭い目つきの男達だった。あるいは、全てをあきらめ、忠実な道具と言う自分を、受け入れた瞳と言うべきかもしれない。ガーネックに従ううちに、あのような目つきになって言ったのかと思うと、ぞっとする。


 フレッドは、自らの忠実なる執事の顔を、横目で見る。

 フレッドの父親への恩義から、いまもかたわらにいてくれる彼もまた、同じ目をするのではないか。

 そんな錯覚を覚えた。


「ガーネック………ニセガネ作りに銀行強盗………次は、オレに何をさせるつもりだ」


 思い付きだった。


 フレッドは思いつきに、なか自暴自棄じぼうじきになって、ひとり悦に入っている借金取りを見据えていた。

 調子に乗らないようにと、釘をさすためだ。

 立場が弱いからこそ、いざとなれば、いざと言うことをする覚悟を、見せるためだ。


 最後の、最後の意地だった。

 その覚悟が伝わったのか、一瞬、ガーネックの表情をこわばらせることに成功した。


 一瞬に、すぎなかった。


「何をさせるとは、人聞きの悪いことを………私は、善良な金融業者でございますのに」


 尊大な態度に戻る借金取りのガーネック。そんな安っぽい脅し文句など、脅しにもなっていないと、余裕だった。

 顔は笑っているが、心でも笑っていた。


 悔しげに、フレッドが更に言いつのろうとしたところだった。

 タルの隙間から、大男が現れた。


「そこまでだ、黒幕どもっ」


 チキンが、立ち上がったのだ。


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