第23話 晩御飯は、片づけが終わってからです
体格のよい、好青年。
背の高さは、190センチに届こうとしている。肩幅も、比例してたくましい。岩のようにごつごつとした、いかつい笑み。そうなるのは、おそらく何十年もあとのことだろう。まだ、少年の面影を残している青年、アーレック。彼の癖のある金髪は、カーテンの隙間から入ってくる夕日に照らされ、輝いていた。
彼こそは、このお屋敷のお嬢様の………下僕であった。
「もう、それ動かしちゃダメ。ねずみさんの処刑台なのっ」
小さな女の子が、でっかい下僕に向かって、命じていた。
お屋敷の次女である、オーゼルちゃんだ。
おそろいのフリルのドレスのお人形さんも凛々しく見える。オーゼルちゃんと、お友達のお人形さんが、でっかい下僕の監視役を務めていた。
背後には、もう一人のお嬢様が腕を組んで、アーレックの仕事を監督しておいでだった。
「あぁ、その椅子も動かさないようにね。見てわからないの?罠になってるのよ」
優しい声でありながら、少しバカにしているような物言いだった。
いや、バカにしているというか、心を許しているというか………恋人と言う名前の下僕は、この姉妹の命じるままに、大方付けをしていた。
先日の、ねずみさん襲撃事件の後片付けであった。
「なぁ、ベーゼル、お前もちょっとは手伝ってくれても………」
ごっつい青年アーレックは、破片を袋に詰め込みながら、伺うように振り向く。
190センチ近くのアーレックであるが、多くの時間、このように恋人様を見上げて、お伺いを立てているのだ。
「あら、か弱い女の子に、重たいものを持てと言うの」
細長い腕で自らを抱きしめ、右下を向いて、嘆きを演じるベーゼルさん十八歳。先日、サーベルを振り回していたことを、突っ込んではならない。トドメに、机を投げた張本人であることも、突っ込んではならない。
「しろというの?」
お姉さんの真似っ子で、オーゼルちゃんも、か弱い女子を演じる。お友達のお人形さんと抱き合っているが、そのお友達を放棄、代わりに斧を手に振り回していたことは、突っ込んではならない。
そう、突っ込めば、突っ込まれる。たかがねずみ一匹に悲鳴を上げ、震え上がっていたチキンは、どこの誰であったかと。
まぁ、ごっつい青年アーレックはねずみにおびえたのか、武器を振り回す淑女達におびえていたのか、それは謎とするのが平和な世の中。
そのため、口に出来る言葉は、たったの一つ。
「………はい」
下僕は、黙々とお方付けに戻っていた。
この姿を目にすれば、お似合いのカップルであると、世間は言うだろう。
あるいは、野獣と美女だとからかわれるのは、男達のやっかみ。そして、女子達のうらやみ。たくましい若者と、美しいお嬢様のカップルをやゆして、呼ばれるだけだ。
はたまた、恐ろしい魔女に従う、巨体の召使の姿。嫉妬を覚えながらも、心で哀れみの涙が止まらないお姿だ。
それが生涯のこととなれば、まるで地獄だ。
人はそれを、結婚と言う。
「………絶対、ねずみよけのまじない、壊れてるわよねぇ~」
「ねずみ一匹見逃さないって言うのは、無茶って物だ。一匹くらいは――」
「わたし、アイツ、殺すっ」
食べ損なった、クッキーの山の恨みは、果たせていない。なんとも頭のいいねずみであろう、罠をかいくぐり、エサだけを手にしているのだ。
いつかその日を夢見て、今は罠の仕掛けに、全てをかけていた。あるいは、さらに今日妙なわなを考え付かねばならないか、オーゼルちゃんは、様々に頭をめぐらせる。
そこへ、奥方がおいでになった。
「お片づけが終わってからですよ、夕食は」
弓矢の連射で壁を開けたお方であるのだが、まさか、お屋敷の奥方に後片付けを命じるほど度胸のある者など、このお屋敷にいるものか。
フルアーマーの主とて、例外ではない。そのために、このお屋敷において、最も立場の弱い者が、押し付けられるのだ。
すなわち――
「ですって、アーレック」
「ですって」
姉妹そろって、でっかい下僕に命じた。後ろには、言わなくても分かっていますわね――と言う笑みを浮かべた、奥方もおいでだ。
下僕は、お返事をする。
「はい」
唯一、下僕が口にすることを許される、セリフであった。
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