ストーカーと下着泥棒

黒うさぎ

ストーカーと下着泥棒

 私こと、東雲優依は同じクラスの佑斗君が好きだ。

 別に付き合いたいとか、そういうことじゃない。

 そもそも地味な私と、クラスの人気者である佑斗君じゃ釣り合わないだろう。


 高校生という青春の一ページを佑斗君と同じ空間で過ごせるだけで、私は十分に幸せだった。

 友達と笑い合っている姿。

 勉強中に居眠りしてしまっている姿。

 ゲームに夢中になっている姿。


 いろんな佑斗君を眺めている時間が、私にとっての癒しなのだ。


 ◇


 放課後。

 人も疎らになってきた教室で、私は読書をするふりをしながら、友達と雑談に興じる佑斗君の声に耳を傾けていた。


「……そういえば啓介、気のせいかもしれないんだけどさ」


 先ほどまで張りのあった佑斗君の声から元気がなくなった。

 何かあったのだろうか。


「最近、ストーカーにつけられている気がするんだよね……」


 佑斗君にストーカー!?


「本当か、それ。

 何かの勘違いなんじゃ」


「俺もそう思っていたんだけどさ。

 明らかに勘違いじゃすまないようなことが、このところ立て続けに起こってて」


「何があったんだ?」


「俺、よく面白いものとか見つけたら写真撮ってSNSに上げるんだけど、いつもすごい早さでコメントくれる人がいるんだ」


「お前はSNS上でも人気者なんだな」


「からかうなよ。

 俺だって普通に仲良くしてくれる人だったら嬉しいんだけどさ。

 その人のコメント、ちょっと怖いんだよ」


「怖い?」


「最初はたいしたことじゃなかったんだ。

 前に綺麗な虹が架かっていたことがあって、その写真を上げたんだけど。

 そしたら『さっきまで雨でしたもんね』ってコメントがきたんだよ。

 俺、匿名でアカウント作ってあって、住所も公開してないし、雨が降っていたことも投稿してないんだ」


「それなのに、雨が降っていたことを知っているのはおかしいってことか?」


「まあね。

 その時は虹から連想をしたのかなってことで納得したんだけど。

 でも、そのあとも似たようなコメントが何回もあって。

『あそこのコーヒー美味しいですよね』とか、『あの家の犬、犬小屋の中に物を溜め込む癖があるんです』とか。

 たぶん、その人に身バレしちゃってるんだと思う」


 少し俯きながら佑斗君が言った。

 いつも元気な佑斗君でも、誰とも知れない相手に身バレしているのはさすがに怖いのだろう。

 いったい誰が、佑斗君を怖がらせているというのか。


 ……それ、私だ。

 いや、違うの。

 普段は話すことなんてできない佑斗君と、SNS越しになら会話できるという事実に気がついたらやめられなくて。

 ついつい行きすぎたコメントを……。


 佑斗君を怖がらせるのは本意ではない。

 少しは自重しよう。


「それだけじゃない。

 うちのポストに差出人のないファンレターが入っているなんてこともこのところ多くて。

 住所まで特定されちゃってるんだよ」


 ……それも私だ。

 いや、違うの。

 佑斗君にこの溢れ出る熱い思いをどうしても伝えたかったの。


「他にも、庭に干してあった俺のパンツがなくなっていたり、隠し撮りした俺の写真がメッセージで送られてきたり」


 ……それは知らない。

 佑斗君のパンツを盗むような輩が近くにいる?

 それに盗撮だけなら私もしているけど、その写真を送りつけるなんて。


 本来なら警察に相談するべき案件なんだろうけど、そうしていないってことは、佑斗君は大事にしたくないのだろう。

 ならば、私が佑斗君の悩みを解決してあげよう。

 ストーカー退治の時間だ。


 ◇


 土曜日。

 私は佑斗君の家の道向かいにある路地に身を潜めた。

 干してある洗濯物を盗むということは、ストーカー本人も現場に姿を現しているということだ。

 学校のある平日に張り込むことは難しいが、休日なら問題ない。

 そう都合よく現れるとも思わないが、何日も張っていればいつかはストーカーも姿を見せるだろう。


 それにしても佑斗君のパンツを盗むなんて。

 なんてうらやま……、けしからん奴なんだ。

 絶対に捕まえて、全部没収してやる。


 煩悩を抱えながら佑斗君の家の洗濯物を眺めること数時間。

 張り込み初日にして、怪しげな人物が佑斗君の家を覗き込んでいるのを見つけた。

 全体的にゆったりとした黒い服装で身体のラインを消しているため、性別は不明だ。

 顔もマスクとパーカーのフードの影になっていてよくわからない。


 だが、身を潜めながら、民家の洗濯物を覗き込んでいる姿は、間違いなくストーカーのそれだろう。


 私はすぐに警察を呼べるようスマホを用意した状態で、ストーカーへと声をかけた。


「あなた、そこで何をしているの!」


 不意にかけられた私の声に、ストーカーはパッと振り返った。

 その顔を見た私は、思わず目を見開いた。


「啓介君?

 まさか、あなたが佑斗君のパンツを?」


「ち、違う!

 俺じゃない!」


「じゃあなんで、休日にそんな格好で佑斗君の家を覗き込んでいるのよ」


「それは東雲も同じだろう!」


 私は自分の身体を見下ろす。

 全身黒の、ゆったりとした服装。

 ……うん。


「俺は佑斗がストーカーに困ってるって言ってたから、犯人を捕まえてやろうと思っただけだ。

 お前こそ、こんなところでなにやってるんだ?」


「そ、それは……。

 私もストーカーの犯人を捕まえようと」


「教室で俺たちの会話に耳をすましていたもんな」


 うっ。

 こっそり聞いていたつもりだったが、どうやらバレていたらしい。


「俺はてっきり東雲が犯人なんだと思ってたんだけど、その様子じゃ違うみたいだな」


「当たり前じゃない!

 私はパンツを盗んだり、盗撮した写真を送りつけたりなんてしないわ」


「うっ……」


「どうかしたの?」


「……写真を送ったのは俺だ」


「ええっ!?

 なんで啓介君がそんなことを」


「佑斗に知ってほしかったんだよ。

 佑斗がどれだけ格好いいかを」


 それはまあ、わかる。

 佑斗君は格好いい。

 そういうことをしても仕方ないのかもしれない。


「だから、パンツを盗んだり、変なコメントをしたりする奴がストーカーの正体であって、俺は関係ない」


「……そのコメント、私」


「東雲かよ!?」


 折角パンツ泥棒を捕まえたと思ったのに。

 でも、啓介君じゃないとしたらいったい誰が。


「おい、東雲!

 あれ!」


 啓介君の指差す方向を見ると、そこには佑斗君のパンツをくわえて歩いていく犬の姿があった。

 慌てて追いかけると、犬は隣の家の庭にある犬小屋へと入っていった。


「リード自由に外されるんじゃ、もう放し飼いと変わらないだろう……」


 肩をすくめながら啓介君が言った。


 私はゆっくり犬小屋の中を覗き込んだ。

 するとそこには、大量のパンツが蓄えられていた。


「……一つくらい佑斗君のパンツを譲ってもらえないかしら」


「馬鹿なこと言ってないで帰るぞ」


 啓介君に引きずられながら、私は未練がましく犬小屋に手を伸ばすのだった。

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