プレゼント
夏目咲良(なつめさくら)
プレゼント
(アクセサリーは、ハードルが高過ぎる、ここは無難にぬいぐるみにしておくべきか?
でも、オルゴールって線も捨て難いんだよなあ……)
通学路の途中にある時間が止まったかのような古ぼけたアンティークショップ。
眉を寄せた少年は、レジカウンターのすぐ横にある『30%オフ!』と書かれたワゴンの中身ともう30分ほどにらめっこを続けていた。
(……三つとも買う!……なんて、どっかのセレブじゃないし、そんな予算ないしなあ。
それに、これ以上は……)
彼はスマホを取り出し、時刻を確認すると、更に眉間の皺を深くする。極めつけは時間が無かった。後10分でタイムリミット、それまでにお会計を済ませて、待ち合わせ場所まで死ぬ気でダッシュしないと間に合わない。
「……今日は随分と悩んどるようだな?」
「……え?」
突然、声を掛けられ、少年は死ぬほど驚いた。
レジカウンターで他の商品と同じように、今までピクリとも動かなかった店主が白髪と白髭に埋もれた瞳を開いて、少年を見ていた。
ニット帽に厚手のジャンパー、アンティークショップよりも山小屋が似合いそうなガッシリとした体格の老人である。
この店には何度も来たことはあったが、店主が喋るのを見たのはこれが初めてだった。
冬眠から覚めた熊と遭遇した、というぐらいの衝撃で少年はとっさに答えることができない。
「……いつもは店の中を一通り冷やかしては何も買わずに帰る坊主が珍しい。珍しいついでに、いつも一緒に来る女の子がおらんようだが、さては……」
店主は一拍置いて、ニヤリと笑った。
「ケンカでもしたか?」
若い頃は、モテたのか知れない。男から見てもそう思えるような魅力的な笑顔だった。だから、少年は若干デリカシーに欠けた質問にも遂、答えてしまった。
「……いえ、彼女とはこれから会う約束をしているんです。……実は今日、彼女の誕生日で……」
「ほう、なるほどな。だから、ずっと悩んでるのか。大いに悩むがええ。若い時にそうしてると将来、必ず役に立つ」
店主はうんうん、と頷いた。
「それがそうもいかないんです。彼女とは17時に会う約束をしているんで、早く決めないと……。あの、プレゼントにピッタリな物って何か置いてないですか?」
藁にもすがる想いで少年は尋ねたが、店主は肩をすくめただけだった。
「ワシが知るか。別にいい加減に決めようとしている訳じゃないじゃろ?お前さんが
真剣に悩み抜いて出した答えなら誰も文句は言わんさ」
「……でも。彼女が喜んでくれるかどうか、自信が無くて。前もって何が欲しいか聞けば良かったんですけど、サプライズにしたかったから……」
少年は再びスマホを見て、うな垂れる。そろそろ本気で時間に間に合わなくなりそうだった。
そんな少年を見て、店主は深々と溜息をつき、カウンターから出てきた。
「しょうがないヤツだな、ちょっとついてこい」
髭で覆われたアゴで店の奥を示すと、返事を待たずに狭い通路を歩いて行く。
「え?はい?」
少年は疑問符を浮かべながらも素直に店主に従った。
店の突き当り。『非売品』『PRICELESS』と書かれたステッカーが貼ってあるガラスケースの前に店主は立っていた。少年もその横に並ぶ。
ガラスケースの中には海外の民芸品らしい木彫りの人形や見たことも無いアクセサリー、
何故か全く同じデザインの犬のぬいぐるみが七つ並んでいたりした。
少年にはそれにどれくらいの価値があるか見当もつかないが、ステッカーの文字で何となく貴重な物であることは察する。
「あの、こんなの買えそうにないんですけど……」
おずおずと申し出ると、店主はガハハッと笑い、少年の肩に手を置いた。
「当たり前じゃ。いくら積まれたって売るもんかい。ここにあるのは、全部ワシが死んだ妻にプレゼントした物だからな」
「……へえ」
少年は店主の意図がサッパリ分からず、反応に困った。こんなことより時間が気になって仕方ない。
「……付き合い始めた頃、プロポーズした時、結婚してからも、ワシはいろんな物を彼女に贈ったが、喜ばれなかったことは一度たりとも無かったな」
店主は昔を思い出したのか、遠くを見るような目をして言った。
「……さて、ここで簡単な問題じゃ。ワシはどうやって常に妻が喜ぶ物をプレゼントできたんだと思う?」
「え?」
少年は思わず横に立つ店主を見た。少年を見る店主の目は優しかった。
「今の問題が判れば、プレゼントなんてすぐ決まる。彼女のことを想えば、おのずと答えは出るはずじゃ」
そう言うと、店主は少年の答えを待たず、カウンターへと戻って行ってしまった。
(何なんだ、あの爺さん?っていうか、マジで時間無いし!)
少年が頭をガリガリ搔きながら、再び悩み始めた時、ガラスケースの中のあるものが目に入った。
ちょっと古いが、この店の前で撮ったと分かる一枚の写真。
髪が黒く髭も生えていない若い時の店主と思われる青年と着物姿の綺麗な女性が寄り添って映っている。二人共、笑顔で幸せが溢れてきそうだった。
それを見た瞬間、少年は店主の問いの答えが分かった気がした。慌てて、先ほどのワゴンの前に戻りながら、彼女のことを想い返す。
何が好きだったか、どんな顔で笑ったか、何を喜んでくれたか。とりとめのない思い出が
浮かんでは消えていく。
カウンターまで辿り着いた時にはもう少年に迷いは無かった。
『30%オフ!』のワゴンから迷わず掴んだ物をカウンターに差し出す。
「これ、下さい。それとラッピングをお願いします」
「……全く、騒々しいヤツだったな」
少年が出て行った後、店主は疲れた、というように呟き、そして、少年の迷いが消えた目を思い出し、ニヤリとした。どうやら、問題は解けたらしい。
店主は再び、遠い目をする。
(……キミはワシが贈った物が何だって喜んでくれたなあ。いつも、クリスマスの子供みたいに。……感謝しとるよ)
それは木彫りの人形だろうと何だろうと変わらなかった。犬のぬいぐるみ、うっかりして全く同じ物を渡した時もそうだった。
『一匹だと寂しそうで可哀想だと思っていたんですよ。そうだ!この子達に家族を作ってあげましょう』
結局、ぬいぐるみは増え続け、七匹の大家族となった。
あの少年と一緒に来ていた女の子。彼女もいつも幸せそうだった。だから、大丈夫。
少年が何を贈ろうと喜んで受け取るはずだ。
「……そろそろ閉めるか」
古ぼけたアンティークショップの一日が終わった。
プレゼント 夏目咲良(なつめさくら) @natsumesakura
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