犯人はこの中にいます!(敬称略)

i-トーマ

探偵は言った「さて、」

犯人はんにんは、この中にいます」


 探偵は、みなを集めた客間でそう言った。


「警察に連絡はしてありますが、到着までにまだ少し時間がかかるでしょうから、それまでに分かることははっきりさせておきましょう」


「まさか……」


 被害者の姉はつぶやいた。


「そんなわけないだろう」


 共犯は否定した。


「誰よ! 兄さんを殺したのは!」


 被害者の妹は叫んだ。


「……」


 侍女は沈黙していた。


「いったい誰なんだ」


 犯人は探偵を問いつめた。


「まあ待ってください、いきなり犯人はんにんを名指ししても、皆さん困惑するだけでしょう。まずはこれを見てください」


 探偵の指し示した先には、水の入ったグラスがテーブルの上に置いてあった。中の氷は溶けて小さくなっている。


「今朝、事件が発覚してから四時間。ちょうど、そのときのグラスの中と同じ状況になっています」


 そう言って探偵はスマホの画面に画像を表示させた。画像には、キッチンに倒れた被害者ひがいしゃの男性と、氷水の入ったグラスが写っていた。画像の中の氷は、今のものとほぼ同じ大きさだ。


「発覚したのが八時なので、深夜の四時頃までは生きていて、水を飲もうとしたのでしょう」


一同は黙って聞いていた。


「しかし、水がほとんど減っていないことから、その直後には殺されてしまったものと考えられます」


 探偵は一同を見回した。


「その時間のアリバイを、皆さん答えられますか?」


「そんな、普通なら誰もが寝ている時間よ」

「私も寝ていたわ。それを証明だなんてできないよ」


 被害者の姉妹が言い返し、それに同意するように犯人がうなずく。


 探偵が言う。


「そう、確かに難しい問題です。しかしこれで、ある可能性を消してしまってもいいのではないかと思うのです」

「可能性って?」


 犯人の疑問に、探偵は答えた。


「ここにいる人物以外の、外部の人間の犯行です」


 探偵は窓の外を示しながら続ける。


「言うまでもなく、ここは孤島の別荘です」


 富豪の親から受け継いだ遺産だ。うらやましいかぎりである。


「彼を殺すためにわざわざここまで来るような人にしては、計画性がないとは思いませんか? 寝ているときならともかく、あんな時間に起きているタイミングで、実行するものでは無いでしょう」

「でも、だからこそ誰かに罪をなすりつけるために、今日を狙ったとは考えられませんか?」

「それも無いでしょう」


 探偵はスマホを操作しながらも、共犯の問いに即答する。


「なんでですか、わからないでしょう」

「実は理由があるのです」


 スマホの画面を、みなに見えるように掲げた。


「被害者の最近の趣味は、一人キャンプなんです」


 楽しそうに一人キャンプを満喫するたくさんの画像が、SNSにアップされている。


「しかも、『次はいつどこの山に行く』というコメントもいくつも見られます。山で一人でキャンプ。彼を殺そうとするなら、これ以上のタイミングはないでしょう」


 顔を見合わせる一同に、さらにセリフを続ける。


「なのでこの度の事件、突発的な犯行だと思われます」


 ならばやはりこの中に犯人が? 緊張が高まる。


「それでは改めて、犯行時刻のアリバイですが、一人だけ、行動が判明している人がいます」


 みなの視線が共犯に集まる。共犯が口を開いた。


「そう、自分はその時間、トイレに行くために起き出していました。時計を見て、あと三時間は寝られると思ったので、よく覚えています」

「そのとき、なにか物音を聞いたとか」

「ええ。食器の触れ合うような、カチャカチャって音がしたんで、誰かいるのかとキッチンを覗いたんです。でもそこには、誰も居ませんでした」

「そこに遺体は無かった?」

「はい。そのあとで誰かが運んだのでしょう」

「さて、とすると、問題が浮かび上がります。犯行現場が別にあり、何らかの理由でここまで運んできたとして、デブの彼を運べる人間が、どれくらいいるでしょう。少なくとも、女性にはちょっと難しそうです」


 自然と、ある人に視線が集まった。


「僕? 僕じゃないぞ!」


 犯人だった。犯人は筋骨隆々という言葉がピッタリな体格をしているのだ。


「じゃあ、深夜の四時頃、なにをしてたか答えなさいよ」

「無理よね。だって兄さんを殺してたんだもの。許さない。絶対に許さない」


 被害者の姉妹から攻められ、逃げ場をなくす犯人。


「僕が被害者を殺すわけないじゃないか。親友だったんだ。殺す理由なんてあるわけない」

「突発的な犯行だったんでしょう? たまたま喧嘩でもしたんじゃないの?」


 言い返せない犯人が、追い詰められていく。

 そこに、探偵が口を挟む。


「残念ながら、犯人は犯人はんにんではありません。それは私が証言できます」


 驚いた顔で振り向く姉妹。


「どういうことよ。貴方が言ったんでしょう、コイツが犯人はんにんだって」

「そんなことは言ってませんよ。被害者を運ぶのは難しいと言っただけです」

「それなら、彼が犯人はんにんじゃないってのはどういうことです?」


 共犯が疑問を投げる。探偵が答えた。


「彼とは部屋が隣でね。私の部屋まで聞こえてくるんですよ。彼のいびきが」

「えぇ!?」


 驚いたのは、犯人自身だ。


「特に深夜の三時頃からうるさくなって、朝までほとんど寝られなかったんですよ。当然、四時頃も彼はグッスリと寝ていましたね。私は寝不足ですが」


 その事実に一番ショックを受けていたのは犯人だったが、声を出したのは被害者の姉だった。


「だったら、いったい犯人はんにんは誰なのよ!」

「もしかして、探偵さん、貴方なんじゃないの?」


 被害者の妹が鋭い目つきで糾弾する。


「私が犯人はんにんなら、いびきの証言なんてしませんよ。放っておけば逃れられるのに」

「なら誰が犯人はんにんだって言うの? まさか私だなんて言わないわよね?」

「いくらなんでも、小学生の貴女を犯人はんにんだなんて思いませんよ」

「それならもう、この中に犯人はんにんはいないってことじゃない」


 被害者の妹は、頭を抱えてソファに座り込んでしまった。


「このままなら、そうなりますね。でも」


 探偵は一同を見回す。


「この中の誰かが、嘘をついているとしたら?」


 真相の予感に、部屋の空気が緊張する。


「嘘を? まさかそんな」


 被害者の姉が、うつろにつぶやく。


「じゃあその嘘をついているのは誰なのか」


探偵はもったいぶったようにみなを見回す。


「それは貴方です」


 探偵が指さした先にいたのは、共犯だった。


「俺が? バカな、俺が嘘をつく必要があるか? 唯一俺だけが有効な証言をしたんだぞ! 俺が犯人なら、そんなことをわざわざ言う必要ないだろ」

「勘違いしないでください。貴方は犯人はんにんではありません」

「おい、ふざけるものいい加減にしろよ」


 共犯が探偵に詰め寄る。

 今にもつかみかからんとするところを、犯人が割って入る。


「なんのつもりだ! お前ら……」

「かばっていたのでしょう、真犯人しんはんにんを」


 探偵の言葉に、思わず動きを止める共犯。


「そして貴方がかばうその相手こそ、貴方の恋人である、被害者のお姉さん。貴女です」

「な……」


 突然名指しされたショックで、被害者の姉は動けなくなっていた。


「なにを根拠に……」


「それ以外に、この状況を説明できないからですよ。言わなければ誰にも分からないことをわざわざ証言したのは、誰かをかばうためだったとしか」


「いや、俺は……」


「深夜四時、物音を聞いたのは本当なんでしょう。しかしそれは、食器の音なんかではなく、人が倒れ込むような音だった。当然、場所はキッチンです」


 共犯は言い返せない。


「そこにいたのは倒れて動かなくなった被害者と、貴方の恋人だった。だから貴方は彼女が容疑の外に出るように、証言を歪めた。違いますか?」


「違う、俺は……なにも……」


「もういいわ」


 そう言って共犯の横に立ったのは、


「姉さん?」


 被害者の姉だった。


「おい、お前」

「もういいの、このままだと、共犯まで悪者にされちゃう」


 被害者の姉は、まっすぐ探偵を見た。


「そうよ。私が殺したの」


 緊張した空気が、まるできしんで割れたかのようだった。独特の緩んだ雰囲気が、今度は歪んだ感情で隙間を埋めていく。


「だってあいつ、長男だからって、遺産のほとんどを独り占めしたのよ。私たち、これからお金が必要になるからって相談しても、姉の私にさえ、はした金しか渡さない」

「ね、姉さん」


 被害者の妹は、ついに泣き出してしまった。


「だからついカッとして……。でも、あいつの自業自得だと思わない? お金さえ渡してくれれば、私だってこんな」


「貴女、お腹に子供がいるんですって?」


 突然、探偵が話し始めた。


「なんで今そんなことを?」


「被害者と以前話したとき、彼はこんなことを言ってましたよ。姉さんと、いずれ義兄にいさんになる人は、金遣いが荒いから、子供のためのお金は自分が管理しないとダメだろうって」


「え?」


「親になるんだから、ちゃんとできるようになってもらわないとって。だから、いざどうしてもって時のためのお金は、今は渡さない方がいいだろうって」

「そんな……私はなんてことを……」


 泣き崩れる彼女に寄り添うのは、共犯だけだった。



 その後、到着した警察に経緯を話し、被害者の姉は連れられていった。


「大変だったな、俺が犯人はんにんにされそうになったときには、どうしようかと思ったよ」


「本当にな。でもこれから被害者ひぎもの家族はもっと大変になるだろうな。共犯ともおかさんも、これからどうするんだろう」

「あれは共犯きょうはんになるのかな?」

「どうだろう」


 そこに侍女さぶらめさんがやってきた。


「そういうのは犯人ぼんとさんは詳しくないのですか?」


「はっは、よく言われますが、名前がそうでも、別に詳しいことはないですよ」


 探偵が大きく伸びをした。


「なんにしろ、名前が探偵さぐるだからって、もう探偵たんてい役はこりごりだよ」





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