第39話 姉、ミッションほぼクリア

 ルイスハルトから事前に話が通っていたのか、引き合わされたメーテルは苦い表情を作った。しかし猫の手でも借りたいといった様子で渋々湊を引き取ると、唇を引き上げた宰相に背を向ける。


 王太子が倒れたからかどこかどんよりとした雰囲気の廊下を進み、能力チェックのための部屋に通される。すでに湊の実力はメーテルにもわかっているのだが、宰相に王太子側との繋がりを知られないために確認は必須だ。


 魔力量測定器でかなりの数値を叩き出し、簡単な治癒魔法を使い光属性の検査も抜かりなく行う。また、不必要なものを持ち込んでいないかの身体チェックも実施された。

 結構な時間をかけて全てを完了し、ようやくルイスハルトとご対面だ。


 メーテルに連れられ、部屋の入り口から堂々と中へ入る。中は薄暗く、電気はほとんどつけられていない。聞こえてくる苦しそうな息遣いに感心しながら、湊はゆっくりとベッドに近づいた。


「それは処世術として覚えたんですか? 見事ですね」

「この化粧はメーテルの腕によるものだよ。にしても、この姿を見ても全く動揺しないとは……さすがだね」


 ベッドを覗き込むとそこには、喉を腫れ上がらせた青白い顔のルイスハルトがいた。数日前と変わらぬ姿に感心した湊に、ルイスハルトは苦笑を漏らす。


「その姿ならば誰かに見られたとて『治った』と判断されることはまずないでしょうね」

「だが、こうして話している姿を見られれば終わりだろう」

「いえ。そこに関しては寝たままで話していただければ問題ないかと」

「どういうことだい?」


 首をかしげたルイスハルトに、湊は無属性魔法で作った結界でできることをいくつか挙げた。


 防音とまではいかないが声を通りにくくできること、そして相手側が見る映像を少しぼやかすことができる。なので、見られていても声はほぼ聞こえず、読唇術が使える見張りがいたとしてもなんの問題もない。


「……万能過ぎないかな」

「私もそう思います」


 苦笑するルイスハルトの言葉はもっともだと湊も頷く。無属性魔法は本来、規格外の魔力を込めてやっと僅かな攻撃力が乗る程度の力しかないとされてきたのだ。だが、鍛えればさまざまな場面で守りの要として活躍できる能力だとすれば、真逆の力である攻撃に使えないのも頷ける。


「無属性は目で見えず、触れることも基本的にはできません。だからこそ、廃れていったのではないでしょうか」


 風属性も目には見えないが、使えば風を感じることができる。しかし無属性は、発動したとて魔力感知に長けていなければその存在はわからない。


「全て終わった暁には、調べてみたらいいのでは?」

「……ああ、そうするよ」


 当たらずとも遠からずであろう予想を口にした湊は、その先はルイスハルトに投げた。必要であれば研究し普及させればいいし、不都合があるのなら自分たちだけのものにすればいい。自分はそれには関与しないと遠回しに言う湊に、残念だとルイスハルトは思う。


 無属性魔法の可能性に気づき、実際にその有用性を示してみせた。今唯一の無属性魔法の使い手である湊を、できることなら利用したいのが彼の本音だ。だが、そうしてしまえば彼女はもう二度とこの場所にはこないし、顔も出してくれないだろう。

 友と呼んでくれた真琴のことも考えて、ルイスハルトはただ頷くだけにとどめた。それ以上口を開くと、ここに引き止めるための言葉を吐いてしまいそうだったからだ。


「それでは、私はルイス様の容体を宰相に報告してきます。あまり長居しても疑われるので」


 元々魔法で回復させないように言われていたため、傍目からは診察中に見えるよう誤魔化してはいるが長居は無用だ。


「報告後、宰相が動き出したことを確認し次第ファウストがきますので、書面を受け取り次第合図を。私はできる限り宰相の足止めする予定ですが、今のところあっさり追い出される可能性のほうが高いです。その場合はルイス様に合流しますので」

「よろしく頼む」

「はい」


 小さく頷いたルイスハルトに礼をして、湊は席を立った。向かう先はオレオ宰相の元だ。


   ***


「そうか、そうか!」


 あらかじめ聞いていた部屋へと向かえば疑われることなく出た入室の許可。嘘の報告を終えた湊に届いたのは、非常に嬉しそうな声だった。


 ルイスハルトは自力での回復は難しく、峠は今夜である。延命は可能だが、完治は難しい。


 報告を聞いたオレオ宰相は頭を抱えた演技をしているが、上擦った声が隠しきれていない。けれど湊は態とらしいその部分には一切触れず、延命治療を行うべきかと問いかけた。


「いや、其方の役目はこれで終わりだ。延命に関しては城の者に任せようと思う」

「しかし」

「王に確認する予定ではあるが、あまりに苦しむ様であれば他の選択肢を取る可能性もある。其方には荷が重かろう?」

「……かしこまりました」


 安楽死をチラつかせ卑しい笑みを浮かべる宰相に内心舌打ちをしつつ、湊は恭しく頭を下げ一歩下がる。実際、王太子の安楽死に関わるのは平民には荷が重すぎるのも事実だ。


「それでは、私はこれで失礼いたします」

「よいよい。其方はとてもよくやってくれた。報酬の女は、部下に言えばわかる様にしてある」


 湊をお抱え術師にしたい宰相は、連絡先も置いていくように告げた。洗脳した場合、繊細な処置は行えなくなってしまうため好印象を与えたかったのだが、無駄なことだと彼は知らない。


「要望を聞いて下さりありがとうございます。それではまた、ご縁があれば」


 さっさと下がった湊は、宰相の部屋から出るとハンドサインでファウストに指示を送った。宰相が軍の元へと向かい次第、ルイスの元へ行くようにと。

 返事は聞こえないが、確実にファウストは行っただろう。ここからは一人で、ドワーフのアリエルを守りながら行動をしなければならない。


「こっちはあと少し、頑張りますかね」


 湊にはまだルイスハルトを守るという重要な役割が残されているのだが、王命を止めさえすればいいのでもうほぼ終わったも同義である。あとは、ファウストと真琴達を信じるのみ。

 もう一仕事だと伸びをした湊は、ひとまずアリエルを回収するため指示された部屋へと向かうのだった。

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