第38話 姉、宰相を騙す
「強力な光属性魔法の使い手……とは本当だろうな」
「宰相様に嘘を吐くなと恐れ多い。私とて、自分の飛んだ首は戻せませんので」
ルイスハルトと別れ王城の外に出てきた湊は、堂々と正門から城へと乗り込んだ。薬師ギルドのカード情報を表示させ、続いてハンターカードの情報も見せる。
この歳でゴールドランクの薬師は珍しく、その上で光属性魔法が使えるとなれば必ず宰相が食いつくと思ったからだ。
宰相はしっかりと釣れたので、彼女の予想通りである。
現在ルイスハルトに近づけるのは限られたもののみ。こうなることを予想していた王太子が、事前に取り決めていたからだ。
経過を知りたい宰相だが、近づけないのでわからない。そんな宰相が今手元に欲しいのは、回復能力に秀でたもの。それも、王太子側が欲するほどに強力な。
「ならば実力を示してみせよ。奴隷をここに」
「はっ!」
「っ、離してよ!!」
「此奴の腕を切り落とせ」
「……宰相様。健康な者の腕を切り落とすのは些か趣味が悪いのでは?」
連れてこられた奴隷は、金髪ツインテールの美幼女だった。キャンキャンと噛み付く幼女の頭を地べたに押さえつける騎士と、表情一つ変えずありえない言葉を吐いた宰相に湊の眉がヒクリと動く。
「この程度の怪我すら治せないようなものはいらぬ。其方なら元通りにできるのであろう? まあ出来ぬなら、わしの奴隷にでもしてやろう」
絡みつく視線に感じた悪寒。それを振り払うように口元だけで笑った湊は、握りしめた拳を見られないように頭を下げる。
殺すわけでは無い。
離れた手をくっつけることも、出来る。
それでも、助けられるにもかかわらず今それを出来ない歯痒さに唇を噛み締める。
振り下ろされた剣。宰相の周りにいる騎士はこのような行いに慣れてしまっているのか、その剣に迷いは無い。
もしかしたら、この国の中枢にいる大半の人間にとってはこれが普通なのかもしれない。そう考えてしまった湊は、込み上げてきた吐き気を飲み込んだ。
「いやああああああああ」
「離れてください」
手錠に繋がれていたはずの右手が切り離された。夥しい量の血が溢れ出て、ドワーフの少女。アリエル・イルマルの叫び声が木霊する。
すぐさま彼女に近づき、服が血に濡れるのも構わず膝を折った湊は光魔法を行使した。
離れてしまったアリエルの右手を迷いなく左手に取り切り口に添えると、右手の平を患部に向ける。
光魔法をある程度使えるものであれば、切り離されたばかりの手をくっつける行為はそこまで難しいものでは無い。ただ、元通り動かせるようになるかはまた別問題だ。
名前:アリエル・イルマル
性別:女
種族:ドワーフ
一言:
状態:右腕欠如
体の状態を確認するために鑑定を使う。種族について気になる記載があったが今は気にしていられないので、状態部分をより詳しく確認しつつ光魔法で繋げていく。
神経のずれがないように。今まで通り、ちゃんと動くように。
どれくらいの時間が経ったのか。体感的にはかなりの時間を感じていた湊だったが、そばに経っていた騎士と宰相にとってはわずか数分。その程度の短い時間で、湊は全ての処置を終えた。
額に浮かんだ汗を拭い、傷跡も残らずくっついた右腕を確認し短く息を吐く。
「……腕が、あれ? 腕、ある?」
「あとで必ず助けに来るから。それまで待っていて」
「え?」
アリエルの耳元で囁き、口元に人差し指を立てる。まだ状況をうまく理解できていないアリエルだったが、湊の動作の意味はわかったのだろう。無言で数度顔を縦に動かし、了承の意を示した。
「いかがでしょう?」
「……見事だ。これほど繊細に光魔法を操れるものは見たことがない。其方ならば、そばにいけるやもしれんな……」
腕を切り落とされたのは夢だったのか。確認するように手を握ったり開いたりするアリエルの様子を見ていた宰相は、問題なく動く指先にさらに驚きを露わにした。隣に立つ騎士も同様のようで、兜の奥の目が驚きに見開かれている。
「其方には第一王子の容体を確認してもらいたい」
「治せるようならそのまま治しても?」
「いや。第一王子に勝手は許されん。まずはわしに状況を伝え、容体や必要なものを伝えよ。手配をする」
「かしこまりました」
治されては困る宰相は、それっぽい理由をつけて治療を断った。わかったふりをして頷いた湊は、一つお願いがあると言って顔を上げる。
「成功報酬ですが、金銭ではなく彼女でもよろしいでしょうか」
「……ふむ。ドワーフなどが欲しいのか?」
「お金には困っていませんので」
「其方ほどの腕があれば当然か。あいわかった。うまく行けば城でも取り立ててやろう。しくじるなよ」
金銭に執着しない湊に好感を抱いたのか、楽しそうに笑った宰相は背を向けた。隣にいた騎士も、案内をする侍女を連れてくると言ってアリエルと一緒に立ち去る。
どこかすがるような目を向けてくるアリエルにしっかりと頷きを返した湊は、思ったより面倒そうだと詰めていた息を吐き出すのだった。
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