第36話 妹とトントンと護衛騎士

 湊達と別れた真琴とセルジオは今、姉妹が泊まっている宿へときていた。

 従魔も泊まれる一階の庭付き。その部屋でおとなしく待っていたトントンは主人の気配を感じ取って立ち上がり、ソワソワと部屋の中を歩き回る。やがて扉が開くと、待ってましたとばかりに飛びついた。

 いや、飛び付こうとした。

 匂いでわかったのだ。真琴と一緒にいるセルジオの存在が。


「プギィ!」

「トントンただいまー!」

「失礼する」


 すでに床から体が離れていたので、体をひねり向きを変えて着地する。トントンは家族以外がいる前で抱きついたりしないのだ。恥ずかしがりとも言う。


 真琴に「おかえり」と、セルジオには「いらっしゃい」と言ったニュアンスで鳴く。伝わったかはわからないが、わずかに口元を緩めたセルジオが悪いやつではないことはトントンも理解している。何より、真琴の友達であれば大事にするのは彼にとって当然なのだ。


「トントン、これからセルっちと一緒にターレスに戻らなきゃなんだけど、二人乗せれる?」

「プギッ!?」「は!?」


 だが、背中に乗せるとなると話は別である。

 真琴の姉、湊は家族であるのでなんの問題もない。ファウストは男だが家族であり、トントンから見ても湊に一直線なのが丸わかりなので乗せて欲しいと言われればきっと乗せられるだろう。

 しかし、セルジオは違う。まだベクトルはきっとどこにも向いていないし、何より真琴と仲がいい。トントン的にはなんとなく一緒には乗せたくないのである。人の世界で言う嫉妬をしているのだ。


「プギ、プギプギ!」

「ん? いける?」


 必死に乗せたくないとアピールするも、それはなぜか真琴には届かない。〝嫌〟という感情を示すとき、黒猪に首を左右に振ると言う概念がないからかもしれない。


「いや、真琴それは流石に――」

「でもさ、トントンが絶対一番早いよ? お姉は別々に着いても良さげなこと言ってたけどさ、あたしは絶対一緒に着いた方がいいと思う」

「……それは」

「プギ……プギィ!!」


 活発すぎて時々忘れそうになるが、真琴も一応女性だ。黙っていれば外見も可愛らしい。この部屋に入るのも若干の抵抗があったセルジオは、トントンがいたからこそ入ってきた。

 未婚の男女が同じ部屋に二人きりなど言語道断。一頭の騎獣に二人で乗るのも同様だ。体を密着させるなど、と思っていたセルジオだったが、真琴の返答に言葉をつまらせる。

 トントンも思うところがあったのだろう。自分の足が必要とされているとわかり、わがままを飲み込んだ。


「ありがとトントン。ついたらトントンにも暴れてもらうけど、終わったらいっぱい遊ぼうね」

「プギィ!」

「どうする、セルジオ」


 真面目な時だけ、やけに真っ直ぐ普通に名を呼ぶ真琴。その声に、出そうになったため息を飲み込みセルジオは顔を上げた。


「……俺からもお願いする」

「プギィ」

「決まりだね」

「だが、帰りは自分の騎獣で帰るからな! その手続きだけしてくるから待ってろ」

「あいあいさー」


 騎士で自分の騎獣を持っているものは少なくはない。自らの家で飼育しているものも普通にいる。よく調教された騎獣はある程度の送り迎えは朝飯前で、人の乗っていない騎獣が街道を走っているのは珍しい光景ではないのだ。

 騎獣には見えるところに必ず証を付けなければならず、また迎えに来させる場合には鞍を付けている必要があるので区別は容易だ。逃げ足も早いので、悪さを企む輩が追いかけ追いつき何かをするのも難しい。人々にとってはとてもありがたく、大切な相棒なのである。


 宿は湊が引き払う予定なので、真琴は必要な物だけ持って出れば問題ない。セルジオが戻ってくるまでの間に荷物をまとめた真琴は、そう言えば、とあることを思い出した。


武器防具改造リメイク使ってなくない?」


 ルイスハルトと湊がスキルについて話していたところの記憶がほんのりとあった真琴は、自らのスキルを確認したのだ。闇属性魔法は、姉曰く問題なく使えているとのこと。真琴的にも力が強くなったり早くなったり普通にできているので間違いない。だが、武器防具改造リメイクは闇魔法と違い自分の意思だけでは発動しないのだ。


「やってないって思うと試したくなる不思議」


 身軽さ重視の闘い方なので、真琴は防具という防具は付けていない。改造するとしたら武器なのだが、肝心の材料がない。


「えー……今できないと覚えてられる自信ないんだけど」

「プギ?」

「トントンの毛? あ、ありかも? でもそれなら防具だよなぁ」


 まさしく一心同体。などと自分のアイデアを脳内で一人称賛しつつ、しかし武器に付与するにはなんか違うなと首を捻る。よくわかっていないトントンも一緒に首を捻る。


「よし、セルっちにいらん素材持ってくるよう頼もう」

「プギ」


 素材は、薬に必要なもの以外基本的に全て売却しているため手元にあるのは姉のものだけ。勝手に使うことはできない。ならば、今ここにいないセルジオに持ってきて貰えばいいのだ。


 再び自分の頭の良さを「うんうん」と噛み締めた真琴は、早速セルジオとトークを繋ぐ。


「あ、セルっち? 武器に使えそうないらん素材持ってきてー! お金はしっかり払うのでご安心を!!」

「は? あ、おい――」


 言いたいことを言ってトークを切った真琴は、ようやく試せるスキルに逸る気持ちをトントンに聞いてもらいつつ、きっと素材を持ってきてくれるであろうセルジオの到着を待つのだった。

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