第3章 再会

第15話 再会

 買い物を終えた湊が街を出で少し経った頃、真琴はトントンに跨りなかなかな速度で姉を目指していた。道なりにではなく、感じ取れる方角へ一直線。ただし、多少整備された道に出た時はトントンの速度をちゃんと緩めている。

 他人に迷惑をかけてはいけない。そう姉に言われ続けていたこともあるが、間違ってトントンが攻撃されてしまわぬようにという配慮でもあった。普段積極的に人間を襲う黒猪がいきなり現れたら驚くだろう。真琴でもそれくらいはわかる。


「ん?」

「プギ?」


 この世界にきてはや数週間。途中でできた相棒、トントンの体調を確認しつつ進む道。しばらく走っていると、途中で真琴が不思議そうに首をかしげた。

 トントンが「どうしたの?」とでも言うように足を動かしながら鳴く。


「んー。お姉の速度が上がった気がするんだよね。ちょっと前までは歩いてたと思うんだけど、今は猛ダッシュって感じ」

「プギ?! プギィ?」

「お、急いでくれるん? ごめんね、着いたらいっぱい休憩しようね。でも、ありがとうトントン」

「プギィッ!!」


 スピードを上げたトントンの頭をゆっくりと撫でて、真琴は前を向く。

 小さくでも姿が見えたらもしかしたら走ることもあるかもしれないが、まだお互い見えてもいない段階で湊が速度を変えることはない。いや、姿が見えても変えてくれないかもしれない。それがわかっているからこそ、真琴は何かあったのだと気付いた。

 アザの力は正確な距離までは教えてくれない。どれほど離れていたとしても、気付いたのなら駆けつけたいと真琴は唇を引き結ぶ。

 管理者がつけた能力の中に相手の動く速度を感知するものなどないのだが、感覚とノリで生きている真琴だからこそなぜか成し得てしまったのだろう。


「キツくなったら言って、あたしも走る」

「プギィー!」


 大丈夫だ。そう叫ぶトントンはさらに速度を上げ、真琴が指示する方向へ爆進していくのだった。


   ***


「っ、しつこいなぁもう!」


 真琴の予想通り、湊は現在ピンチであった。

 どこにでも不埒な人間は存在する。


 この世界はかなり発達しているものの、各種族が国を収めている関係で国ごとに細かい法律が異なる。そのため自分たちの種族が第一の国、人族やエルフ族の国では人攫いが横行していた。

 エルフ族の国では、エルフも多少は狙われるがそれ以外の種族が。そして人族の国では、人間が狙われることもあるがそれ以外の種族が。主に奴隷として攫われる。

 需要だけはどの国にもあるところが皮肉なところだ。


 そして湊は、その見目によって狙われたのである。

 薬師としての実力は幸いにも知られてはいなかったが、女の一人旅で武器が弓。出てきたギルドも狩人ハンターではなく薬師ギルド。

 狙ってくれと言っているようなものなのである。


「真琴までの距離もわからんし、一度捕まるってのも面倒くさい。どうするか……」


 管理者により、この世界の中で普通以上の身体能力は授けられている。ただ戦闘面だけを見た場合、湊は後衛職なので囲まれてしまうと圧倒的に不利なのである。

 薬師で弓術士で回復術師。遠くから魔物を狩る分には問題ないかもしれないが、対人戦にはめっぽう弱いのは字面からよくわかることだろう。


 しかしながら、弓術も回復術もついでに調薬も。つけてくれたのは管理者だ。そのレベルがどれほどのものなのかは、薬師ギルドでやらかす前から。顔を出した魔物を追い払う際に狙った場所を全く外さなかった時点で湊は気付いていた。

 弓を番える速度も、おそらく玄人のそれ。冷静に狙えば、手足を使えなくするくらいはできるはずなのだ。


「仕方ない、やるか」


 迫ってきている男の人数は五人。距離はやや近めなので、場所によっては即死させてしまう。それならば足を動かして逃げた方がマシだと走ってきたが、これ以上距離は開けられそうにない。


「決めよう、覚悟」


 まさかこんなに早く覚悟を決めなければならなくなるとは予想外だったが、ハンターという戦闘メインの職業がある時点でいつかは決めなければいけないとわかっていた。それが少し、早まっただけ。


「ようやく観念したか! 大人しく捕まれば悪いようには――」

「お生憎様。そんな可愛い性格はしてないから、最後まで足掻かせてもらうよ」


 足を止めた湊に、卑下た笑みを浮かべながら近づいていく男達。その歩みを止めるために、五人それぞれの足元に正確に射られた五本の矢。


「そこから一歩でも前に出たら、両手足封じる。同じことやってるんだし、命のやりとりをする覚悟はできてるんでしょ?」


 震えが悟られぬよう、気丈に振る舞う。

 地球で最後に出会ったあの男のおかげで暴力を振われることに多少の耐性ができた湊だったが、振るうことにはやはり抵抗がある。できることなら、人とは争わずに生きたかったがこの世界では難しい。


「チッ! やるぞお前ら! ただし顔だけは傷つけるなよ。貴重な商品になるんだからな」


 リーダーらしき男の声に、武器を振り上げ足を踏み出す男達。しかし矢を踏み越えたことを確認し、湊が新たな矢を放とうとしたその瞬間。


「おーーねーーえーー!!」


 ドドドドドドドド

 遠くから湊のよく知る声が聞こえてきた。

 声に導かれ視線を向ければ、段々と大きくなる地響きと土埃。


「真琴!!」

「やあやあやあ久しぶり! ところでお姉、こいつら知り合い?」

「プギィー!!」


 湊が叫べば、目の前で急停止した黒猪・トントンの背に乗っていた真琴が勢いを利用して飛び降り、華麗な着地を披露する。そして、槍を持っていない方の手で唖然としている男達を指差し首を傾げる。


「人攫いだからやってよし」


 国の情勢についても聞いていた湊に、男達の狙いはわかりきったものだった。そのため、気にせず背中を押す。

 ただし、殺さぬようにとだけは言い含めて。


「裁くのは私達じゃなくていい。そんな重いものは背負わずに行こう」

了解りょ。行くよトントン。お姉との感動の再会と、トントンを紹介する時間を奪ったあいつらに天誅じゃー!」

「プギプギィー」


 槍を掲げ、トントンと一緒に突撃していく真琴。問題なく身体強化などの魔法を使えている妹の姿に安心しつつ、妹だけに任せるわけにはいかないと湊も弓を構える。

 覚悟は既に決めている。牽制をし、手足の自由を奪うくらいは手伝わなければ姉としておしまいだ。


「弱い!」

「真琴。魔力残量気にしてる?」

「はて?」

「なるほど。あとで話すわ」

「はーい」「プギー」


 真琴が近くに来たことで、管理者の言っていたアザの効果を湊は理解した。それは、双方の魔力と体力を感じられる力と、それぞれの受け渡しも可能にするものだった。だが、真琴はわかっていないようだ。

 今説明しても混乱させるだけなので後回しにすればなぜかトントンも返事をしていたが、湊は気にしないことにした。


「近くに村とかあった?」

「ない! あ、でも国境はあった」

「どことどこの国を跨いでたかわかる?」

「人とエルフ」

「ならよし。縛って連れて行こう」

「らじゃ!」「プギ!」


 会話をしつつサクサクと人攫いを倒していき、現在彼らの意識は闇の中。大の男五人を運ぶことは流石にできないので、ひとまずここで休憩だ。


 いい返事をしたトントンと真琴が彼らを縛り、そして湊は所持品を没収していく。所持していたギルドカードも当然奪った。これを捨てられてしまうと個人の特定が難しくなるからだ。日本でいう免許証と同じかそれ以上に優秀な身分証なのである。

 悪人であっても、身分証の偽装はできない。魔力を偽ることができないからだ。しかし、一定以上の大きさがある街の出入りにはギルドカードは必須なので、肌身離さず持っている必要がある。悪人には辛い制度だ。


 ひとまずこれで、全員分のギルドカードは回収した。あとは国境付近に連れていき、グリティア人族の国の法律で捌いてもらうだけ。


「お姉!」

「うん。久しぶり、真琴」


 余計な奴らはいるが今はおやすみ中。姉妹はここでようやく、落ち着いて顔を合わせたのだった。

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