ラブクラフターズ

鈴木怜

ラブクラフターズ

 私は毎日、弓矢を放つ。

 ハート型のやじりがついたそれは、どこかファンシーで、ポップな見た目をしている。

 そんなもので何をするのか。それは見てもらった方が速いだろう。


「……えい、しょ」


 私が一つの矢で射るのは二人。それも男女だ。今さっき放った矢は男を掠めて、女に突き刺さった。その衝撃なのか、女は転んでしまう。思わずといった感じで男が駆け寄った。


「だ、大丈夫ですか!?」

「え、ええ」

「怪我はありませんか?」

「はい。幸いにも」


 二人の目と目が逢う。その瞬間、私の耳には跳ねた心音が二つ聞こえてきた。

 よく見ると二人の目にはハートが浮かんでいる。


「それは、よかった」


 男が笑う。バキッ、という音がした。


「あら、ヒールが」


 女が分かりやすく困った顔をした。


「どうしましょう」

「あの! ……もし僕でよろしければ、あなたのヒールの役目を、僕に譲っていただけませんか」

「まあ! よろこんで!」


 男が女をお姫様抱っこした。そのまま歩いていくのを私は見送る。


「……今あの人、自分でヒールを折ったような」


 明らかに正気の沙汰ではない行動だった。

 まあ当人たちが良ければどうだっていいのだけれど。

 ……つまり、私は男女二人の中を取り持つだけのキューピッドというわけなのだった。

 別の矢を手に持ち、私は次のターゲットになりえそうな二人を探す。誰彼構わずぶっ刺せばいいものでもないのだ。


「……最近、少子化だってのに減ったなぁ。キューピッドどうりょう


 海外の方が福利厚生が良いのだろうか。だとしたら行ってみたい気持ちもある。しかしそれで私がいなくなればまた一人この国からキューピッドが減るのも事実だ。


「……そもそもそんなことを考えられるほどに暇な現状もおかしいのかもしれないんだけど」


 ひとりごちる。その間も人探しは途切れない。そうして良さげな二人を見繕い、弓を構えた、そのときだった。


「がッ──ぐふっ」


 背後からぬるぬるしたもので私の首を絞めるものがいた。


「……ふむ。まだ生き残りはいるものだな」


 それは首だけでなく、ぬるりぬるりと蠢きながら次第に私の手を、腹部を、脚を絡めとるように絞めていく。

 その姿は、触手と表現するより他になかった。


「あなたは──」

 私が必死にもがいて口を出して質問しかけると、後ろの存在は、「すぐに分かるさ」と言って、私の右手が持つ弓矢の鏃を弄んだ。右手をロックしている触手で。

 傷がついたのか、見たこともない色の液体が滴った。


「待ちなさい! あなたは一体何をしようとし」


 私の右腕の骨をとてつもないパワーで折り砕きながら、その触手は鏃を私の胸元へと突き刺した。


「………………………………………………………………………………………………あ」


 息が                                      でき     な


 胸            が

      く         シい



 ナみdA      が

      止ま       rら イ




 体            が


      あ


 つ

                  i






 わ、カった。

 コれ、恋だ。

 恋だ愛だ慕いだ憂いだ涙だ痛みだ幸せだ悲しみだ快感だ希望だ絶望だ虚言だ妄言だ肉欲だ独占欲だ被虐欲だ嗜虐欲だ恋だ恋だ恋だ恋だ恋だ恋だ恋だ!!


 粉々の右手がいとおしい。濡れに濡れた首がいとおしい。矢が刺さった胸元がいとおしい。

 愛に応えられる私が、いとおしい。


 いつしか彼の触手はへたりこんだ私のことを優しく包み込んでくれていた。


「起きられるか?」


 彼の声が私の脳内に心地よく響いた。


「はい。もちろん」


 両の足で立ち上がる。右手が死んでいるがそれは些細なことだ。


「お前には、今までと同じことをしてもらいたい」

「わかりました」


 彼の触手が私の持つ残りの弓矢も撫でた。鏃は美しい色の液体を吸った。


「刺すのは一人でいい。簡単だろう?」

「ええ。とても」

「では、頼む」


 なんて素晴らしい気分なんだろう。彼からお願いされるなんて最高の気分だ。

 恋し、愛されることがこれほどまでに良いことだとは想像できなかった。思っていた数千倍は幸せだ。


 私は左手に、弓矢を逆手に持ち、駆け出した。


 いあ! いあ! と誰かが叫ぶ声が聞こえた。

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ラブクラフターズ 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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