人肉にかぶりつく君の姿が美しかったから(夕喰に昏い百合を添えて11品目)

広河長綺

第1話

コンクリートの微細な破片が、土煙のように舞っている。

煙と相まって、数センチ先も見えない。


いつものことながらギュンタ星人の爆撃はすさまじい。

地面が揺れるほどの爆音とともに、私の近くに爆撃が降ったのが1秒前。ほんの少しでもずれていたら私も破壊されていただろう。

データから爆心の位置を計算していると、「大丈夫か?NB19?」という声が頭の中で聞こえた。

オペレーターが私のソフトウェアに外部からアクセスしたらしい。


「大丈夫です。私のボディーに損傷はありません」

「了解した。引き続き、作戦行動を続行しなさい。作戦行動障害物は破壊せよ!」

オペレーターは私の無事を喜ぶことはなく、事務的な声で命令する。まあ、私はただの人類防衛用ヒト型ロボットなのだから当たり前だが。

私も事務的に「了解です。作戦行動障害物は破壊せよ!」と返答して通信を終え、歩き始めた。


作戦行動障害物は破壊せよ、というのは私たち作戦遂行ロボットの合言葉で、会話を始めるときや会話を終えるときにお互いに言う。

人間にとっての挨拶に近い。

だから今から私が向かう場所に先に着いているロボットがいた場合、挨拶として「作戦行動障害物は破壊せよ」と言うことになるだろう。


そんなことを思いながら爆撃中心地へ歩いていくと、次第に晴れてきた土煙の向こうに、先に到着しているロボットが見えた。

3,4階建てのビルの土台と鉄筋コンクリートの鉄だけが残り、ほとんど更地になっている爆心地で何もせず立っている。

ボディータイプはD型(平均的な男性の体格で、私のような人工皮膚はなく合金がむき出し)で、困った様子で途方にくれているように見える。


そのD型ロボットは向かってくる私に気づくと、助けが来たことにホッとしたように微笑んだ。「おお、N型か。作戦行動障害物は破壊せよ!」


「作戦行動障害物は破壊せよ!何か手伝いましょうか?」

「じゃあ、この瓦礫の粉砕をお願いしてもいいか?僕はD型で破壊活動は得意じゃない」

私の側からの手伝いの提案に、D型はとても嬉しそうだった。


「全部ですか?」

「ああ、1時間後にここに戦車が配備される。ここはギュンタ星人殲滅の拠点になる予定だ」

「なるほど」

頷いて視線を下に向けると、浮浪児の少女と目があった。

保護者だろうか?少女の周囲には大人の死体が散乱している。少女を身をていして守ったのかもしれない。

「助けてください。お願いします」

少女は懇願しながら、大きな青い目に涙をためて私たちの方を見ていた。

くせ毛の金髪は煤と血液で汚れているが、きっとお風呂に入ってしっかり洗えば相当な美少女だろうと予想できる顔立ちだ。


もちろん、この女の子も破壊対象だ。

私たちの任務は人間を守ることではなく、作戦行動障害物を破壊することだから。

ギュンタ星人が地球に侵略してきた100年前。

戦闘は凄惨を極め、攻撃の巻き添えで多くの一般人が死んだ。そこで人類は大きな決断をした。

それは、助ける人類を絞ること。

ランダムに選んだ5000万人の人類をコールドスリープさせ、地下のシェルター「ブラックノア」に入れる。そしてそれ以外のすべての人類は、作戦行動障害物とカテゴライズされた。

これにより人類は一般人への被害を一切考慮せずに兵器を使用できるようになり、ギュンタ星人との戦闘を有利に運べるようになった。

つまりブラックノア計画は正しかったのだ。


だから、今、目の前にいる少女を殺すのも、正しいということだ。

少女の命乞いを全て無視して、右手を破壊形態に変形する。

「右手破壊活動特化形態へ移行。反物質砲、発射」

瓦礫に向けて発射した。周囲が爆散する。大きい瓦礫が、小さいコンクリートの破片に変わる。処理が終わった。

「その調子で頼むよ。僕はギュンタ星人の偵察任務があるから、上空に行ってくる。それじゃあ、作戦行動障害物は破壊せよ!」

「作戦行動障害物は破壊せよ!」

D型ロボットが立ち去るのを確認して、「さて、もう、大丈夫ですよ」と瓦礫の山に声をかけた。


「どうして、助けたの?」瓦礫から這い出ながら首を傾げた少女は、不安そうな顔をしていた。「故障?」

「我々地球防衛ロボが原則として、あなたのようなブラックノアの外の一般人を助けないこと知ってたのですか」

「うん。生き延びる人類として選ばれた人はもうシェルターの中でしょ」

「知ってるのならなんで助けてくださいなんて言ったんです?」

「ワンチャンあるかなって思ったから。実際私、今生きてるし。もしかして、本気で助けてもらえると思っている無知で純粋な女の子であって欲しかった?」

「…いえ、わかりません」

しばらく一生懸命考えてみたが、私は納得のいかない顔で少女を見つめ返すことしかできない。

「そもそもなんであなたを助けたのかわからないです」

発射直前になって、狙いを下に逸らしてD型ロボを騙し少女を助けようと思ってしまったのだ。衝動としか言えない。


「ふーん、そっか。まあとにかく、私はソニアって言うの。初めまして」

「初めまして。私はNB19です」

「NB19ちゃん」ソニアは素直さを感じさせる澄んだ色の、青空のような瞳で私の顔を見つめた。私の手を握りながら微笑む。「さっきは助けてくれてありがとう」

「どうしたしまして」

「助けてもらったばっかりなのにまたお願いして申し訳ないんだけどさ」兵器に過ぎない私に、人間に依頼するかのような態度でソニアさんは頭を下げた。「ちょっとそこのがれき持ち上げてくれないかな?お願いしますっ!!」

「了解しました」

私は20㎏ほどの瓦礫を掴んで、のけた。

その結果下にあった死体が出てきた。はじめソニアさんの周囲にあった死体だ。


「ありがとう」

感謝の言葉を発するやいなや、ソニアさんはその死体にナイフを刺し、肉を切り取った。

そしてその肉を口に入れてモグモグし始めた。

さすがに私は驚いた。


「ソニアさんは、人肉を食べるのですか」

「うん」

「食人は人類にとってタブーである、とデータにあります」

ソニアさんは私を見て、自嘲めいた笑みを浮かべた。「NB19ちゃんは物知りだね。でもそれは平和な時代での話。今が生きることしか考えられないから、結構みんな食べてるよ」

「勉強になりました。脳内データを更新しておきます。間違った情報を根拠に的外れな指摘をして申し訳ございませんでした」


「謝らなくていいよ。こっちがお礼言いたいぐらいだし。みてよこの肉」

ソニアさんは楽しそうに人肉を見せてきた。

「NB19ちゃんが反物質砲でこんがり焼いてくれえたおかげで、おいしいよ」

「…それはよかったです」

私は何と返せば適切かわからず、当たり障りなく肯定的なことを言うしかなかった。


その後は、ソニアさんはひたすら死体の肉をほおばった。

一言も喋らず、一心不乱に食べる。

私は特に意味もなく、食事しているソニアを観察して画像データを取得した。

なぜ私がソニアから目が離せないのか知りたかったから。



「ふあー、人肉食べたら眠くなってきた」死体を食べつくしたソニアはその場でコロンと横になった。「もしよかったら見張っててくれない?」

人肉を食べた後なのにこんなに可愛くあくびをするのかと謎の感動を覚えながら「了解しました。私の任務はここの片づけなので、ここで眠るのなら、作業のついでにあなたを見守りましょう」

と、ソニアのとろんとした目を見ながら言った。


「ありがとう。じゃあおやすみ」

お礼の言葉を言うとすぐに寝たソニアを、私はジッと観察した。

死体の血が色白のほっぺたにつき、そこにくせ毛の金髪がかかる。白と赤と金色が混ざり合い、神秘的な色合いが生まれていた。

本当なら、私には「瓦礫の撤去」という与えられた使命がある。

しかしそうしたことを全て無視してもよいと思えるほどに、ソニアの寝顔は美しい。


30分くらい見ていただろうか。

「痛い」

ソニアの悲鳴で私は我に返った。

「どうしましたか、ソニアさん?」

慌てて質問する私に、ソニアさんは「いや、その手をどけてよ」と言って、私の腕を指さした。


私は驚愕して、一時的にフリーズした。

ソニアさんが指さす先、私の右手が、いつの間にかソニアさんの右手の小指を握りつぶしていた。指であることすら一瞬わからないほどに、めちゃくちゃな方向に曲がっている。

意味が分からなかった。ソニアさんを傷つける意図なんて私の中に一かけらもないはずなのに。


「も、申し訳ありません。大丈夫ですか」

「めちゃくちゃ痛いけど、大丈夫。それより、どうしたの?」

「わかりません。原因を分析します」


私は脳内をスキャンした。そして気づいた。強制アップデートが行われている。

私の中のバグが修正されているのだろう。異常な行動をとるロボットには強制アップデート。当然のことだった。

「私から離れてください。強制アップデートにより、作戦行動障害物破壊衝動が上昇させられました。このままだとあなたを破壊してしまいます」

ソニアさんに注意を促すその間も、ソニアさんを破壊したくなってきた。

戦争ロボットとして正しい思考が、膨らんでいく。


「…わかった。助けてくれてありがとう」

ソニアさんの感謝の言葉に応答することすら、今の私にはできなかった。

「作戦…行動…障害物は破壊せよ。作戦行動障害物は破壊せよ。作戦行動障害物は破壊せよ!!」という言葉が、狂ったように私の意図とは関係なく口から溢れ出てくる。

まるで吐しゃ物だった。


「はぁ、はぁっ」と息を切らして、ソニアさんは私から走って離れていく。

その背中に、私の右腕の反物質砲が向けられた。


この状況下でもなお、私は、ソニアさんを破壊したくないと考えている。それは、異常だ。従って本当に作戦行動障害物なのは、破壊するべきなのは。


私は自分の反物質砲を私に向けた。



ソニアさんが人肉にかぶりつく姿が美しかったからバグってしまった私は、破壊対象だ。破壊対

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