意味
そのぴお
意味
僕の話
正月を越えたある冬の夕方に、真っ赤に染まっている弱々しい太陽の光を顔面に浴びながらとぼとぼ歩いていた。憂鬱で思わず大きく息を吸いたくなるような気持ちだった。僕は近々中学を卒業する予定で、約三年間歩き続けたこの通学路を感慨深く一歩一歩噛み締めるように歩いていた。無意識に「卒業か、、、」と一人で呟いてしまい、瞬間に通り過ぎた女子高生が、自転車を漕ぎながら僕と目を合わせ、なんとも言えない微笑を浮かべながら、背中の後ろに進んでいった。僕の顔はその時だけ、夕陽を浴びていなくとも、夕陽の色になっていただろう
家に近づくと日は落ちていき、あたりは時間をかけてグラデーションのように薄暗い空から、真っ暗な空へと色を変えている。グラデーションが終わりを迎える少し前に僕は家のドアを引きながら、家族に向かって「ただいま」と伝える。二階にある自分の部屋に学校のカバンを投げ込み、台所にいる母に今日の夕飯の内容を聞いてからすぐ風呂に入った。いつもの学校帰りの様子だ。しかし今日は一味違う、学校から卒業アルバムを配布された。それを楽しみにしながら風呂をいつもより愉快な気持ちで堪能した。風呂から上がるとちょうど父が家の玄関のドアを開けて「ただいま」と聞こえてきた。「おかえり」と言いながら体をタオルで拭いていた。僕は夕飯より先に風呂に入る派だが、父は逆で、先に夕飯を食べるのだ。
両親と僕、弟の四人でみんな食卓に集まって母が作った夕飯を仲良く食べるのであった。
他愛もない会話が家族を包み込む。
「今日卒業アルバムが配られたんだ」
「そうか、後で俺たちにも見せてくれよ」父は笑顔で僕に言う。
「えー、どうしようかなぁ」と、僕は茶化した。
家族全員が夕飯を食べ終わる。その後は自分の部屋へ戻って卒業アルバムを眺めていた。中学校の三年間の思い出が蘇っていき、たくさん笑った。僕の個人写真のページになったとき写真映りの悪さに思わず吹き出してしまった。途端に家族に見せたくなり、顔にニタニタと微笑を浮かべながら早足で階段を降り、リビングに向かった。皆にその写真を見せると、家族の顔から笑いが生まれた。母が笑いながら「はぁー、面白い、それにしても中学の時のお父さんにそっくりねぇ」「ええ?そうかなー?」と父。そこまで言われると父がどんな顔だったのか気になったので、父の中学の卒業アルバムを見せて欲しいと頼んでみた。父は渋りながらも「しょうがないなー」と言って嬉しそうに押し入れを開けてあさり出すのだった。そして古く色褪せたアルバムを開きページをめくっていく。すると僕に似た男子中学生が一人、そこには「谷川京介」と記されていた。父の名だ。それを指差してこれが父であることを確認すると、また家族が笑いに包まれた。
今、客観的に見て自分が平和と幸せのど真ん中にいる事を強く認識した。
ああ、僕はこの家族に生まれてきて本当に良かった
その一瞬自分が暖かい何かに全身を隙間なく包み込まれたような幸福を感じた。
ふと、僕の目に止まった一人の少年、集合写真などで必ず父の隣に居る少年だ。優しい笑顔でカメラを見ていたのか、僕とは違ってとても写真映りが良かった。そして会ってみたいと思った。なんの躊躇いもなく父に、この人とは仲が良かったのかと尋ねた。すると父は今まで固く閉ざしていた、見たくない何かが重い扉を開けて目の前に現れたような顔をして、「ああ、ずっと一番仲が良かった親友だ」と言う。不審に思った。何か聞いてはいけない事を聞いてしまったのだろうかと。父の言い方は確実に、ネガティブな過去を所有している顔だった。その事についてもっと詳しく聞くか聞かないか、今までに無いくらい迷い倒した。だが、長考している間、いつのまにか僕らの楽しいお話は幕を閉じ、僕は意味深な顔をした父を不審に思ったまま部屋に戻っていた。
父の話
数日後、家族は休日にそれほど遠くない父の実家に顔を出した。あの日の卒業アルバムの話以来、父とは軽い会話しかしていなかったが、あの時の事をどう思ってるのだろうか。
僕はテレビを見ていた、少ししてこの同じ空間に父がいない事に気づいた。ほんの十数分前まではそこのソファに腰掛けていたんだが。静かに立ち上がり、ただトイレに行くだけかのように自然な足運びで、なんとなく、急な階段をのっそりと上り、父の部屋に行った。
「ギィー」
という音を立てて部屋の扉を開けると、父はすぐ近くに椅子があるにもかかわらず立ったまま、「おもひで」と書かれた写真がたくさん入ったアルバムを見ている。
「父さん、この前の卒業アルバムのあの人は今、どこで何をしているの?」
考えるよりも先に質問してしまった。もし聞いてはいけない事だったらどうしようと、言った後になってようやく焦り出した。しかし父は何も言わず一枚の写真を見せてきた。高校生くらいの男が二人写っている。一人は父だ。そしてもう一人、やはりあの人だ。写真には優しい笑顔が二つあった。僕に写真を見せてきたのは、あの人のことについて話してくれると言うことなのだろうか。もう一つ写真を見せてくれた。その写真では二人ともすっかり大人で、何かとても深い絆で結ばれているような、お互いが感謝しあっているような、そんな表情を浮かべている素敵な写真だった。そんな二枚の写真を見せてきて父は、「まだ15歳のお前に言うべきじゃないかもしれないが、お前にとっても、俺にとっても大事な歴史だ」と言う。僕にとっても?という疑問を抱いたものの「、、、うん」と言った。
「長い話になるが、、」
「聞きたい」
とても気になる。あの日、あんなに顔色を曇らせたんだ、きっと若い頃に喧嘩をして関わらなくなってしまったのだと僕は勝手な予想をした。陳腐な想像力である。
「こいつは杉崎孝一といって、俺の親友だった。とても優しいやつで、自分よりも人を優先するような人間だったんだ。俺は密かにそんな杉崎に憧れていたのかもしれない。高校を出たあとは違う会社に就職して、お互い会う機会も減ってな、それでも二ヶ月に一度くらいは顔を合わせるようにしてたんだ。それでも俺の仕事は夜勤が多くて中々予定が合わなくなってきてな、三年経つ頃にはもう年に一度しか合わなくなっていた。なんとなく嫌な予感がしてた。たまに会うあいつの顔色は日を重ねる事に暗い色を宿し続けていたからだ。それとは真逆に自分の仕事は罪悪感すら感じさせる程に順調で、充実した日々を送っていた。だが、俺の浮ついた心を地面に叩きつけるような恐ろしい事実が耳に入ってきた。杉崎が崖から海へ飛び降りて自殺したと。あいつは24歳で自らの命を、、、」
説明不足で、なぜ自殺まで追い込まれたのかは微塵もわからなかったが、父の目から涙が出ている所を初めてみた。友達が自殺をした気持ちなんて僕には想像もつかない。それでも意外にショックは受けなかった。むしろそんな犠牲者をこれ以上出すべきじゃないという強い正義感に心が溢れてきた。「つまりお前に伝えたいのはな、なんでも抱え込まずに、生きてほしい。そういう事なんだ」と涙を出しながら訴えかけてきた。
僕は何を言えばいいかわからなかった。父の言葉はなぜか軽いような気がして僕の心の奥に刺さらなかったからだ。
三年間着たこの制服を着る最後の日がやってきた。春の匂いをちらつかせているものの、やはりまだ寒い。卒業式を終え、家に帰ってきたのはいつもより少し早い夕方だった。いつも通り母に今日の夕飯を聞き、風呂に入ろうとすると、母が父の書斎にあるコーヒーカップをとってきて欲しいと僕に頼んだ。父は毎朝、書斎でコーヒーを飲んでから仕事に行くのが日課なのだ。気怠い気持ちで階段を上り、父の部屋のドアを開けた。すると父の机の引き出しから封筒のようなものがはみ出ている。僕はまた何も考えずに、その封筒を開けて、中に入っていた、古びた手紙を読み始めてしまった。そこには最後に「杉崎孝一」と書かれていた。宛先は書いてないが、どうやら杉崎さんが書かれた手紙のようだ。
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