ミステリー部最後の謎

サヨナキドリ

『差出人のないラブレター』

「柘郎先輩!ご卒業おめでとうございます!」

「ありがとう」


 ミステリー部の部室、造花のコサージュを胸につけて杏奈、なつめ、ゆずの3人の後輩が渡す花束を受け取る。4人という部活として成立する最低人数の活動だったが、この場所が俺の『青春』だった。


「あれ?これはなんでしょう?」


 杏奈が机から白い封筒を取り上げる。


「宛名は?」


 俺が訊ねると、杏奈は封筒を表裏にひっくり返して眺める。


「封筒には、無いですね」


 杏奈が封筒を開け、中の手紙を読む。


「これ……先輩へのラブレター!?」

「はぁっ!?」

「ええっ!?誰から!?」


 色めき立つ3人。なつめの問いかけに杏奈が首を横に振る。


「それが、差出人の名前は無いみたい」


 盛り上がり始める3人に、俺はすこしため息混じりに言いながら手紙に手を伸ばした。


「あまり他人のラブレターを見るものでもないだろ。これは俺が持ち帰って……」

「ダメです!」


 予想外のところから鋭い声が飛んできて、思わず腕をびくッと引っ込めた。声の主は、あの大人しいゆずだった。泣き出しそうなくらい真剣な顔で、ゆずが訴える。


「先輩、今日で卒業なんですよ?今日分からなかったら、差出人の思いはこの先ずっと伝わらないことになっちゃいます」

「それに、これはこのミステリー部への挑戦と見ました。解きましょうよ、先輩。先輩の、最後の謎を」


 なつめのその言葉で、最後の謎解きが始まった。



「手書きなら筆跡から追えたかもしれないけど、PCで作成された文面だよね」


 杏奈がそう言う。封筒の中身はA4のコピー用紙に印刷されていて、使われているフォントもごく普通の明朝体だ。


「先輩、もしかして先輩なら分かるんじゃないですか?何か、先輩にだけ分かる暗号が隠されているとか」

「ゆず、どうして?」

「だって、ほんとうに差出人が分からなかったらラブレターを出す意味が無いでしょ?私なら、何か気づいてもらうための手がかりを残すと思う」

「なるほど。で、先輩。どうですか?」


 なつめに水を向けられて、俺は深いため息をついて頭をかいた。


「どうと言われても……。というか

誰が書いたWho done itのか』も

何故書いたWhy done itのか』も

分かってるんだが」

「ええっ!?本当ですか!?」


 驚いた顔を見せる3人。俺はもう一度深く深呼吸して、痛いくらい暴れる心臓をどうにかなだめる。覚悟を、決めないといけない。


「俺がずっと考えてたのは、何がされたdoneか、じゃなくて何をすべきshould doか、で。……茶番は終わりにしよう。この場でその手紙の差出人に返事をする」


 そう言って俺は顔を上げた。3人の視線が注がれる中、俺はまっすぐ見つめ返して言った。


「杏奈」

「ええっ!?」




「なつめ」

「はい?」




「ゆず」

「せ、先輩?」




「俺も3人とも大好きだ」



「先輩、何を——」

「3人の合作なんだろ?その手紙は。俺と杏奈しか知らないこと、なつめにしか分からないこと、ゆずとだけの思い出が全部入ってるんだから。——俺が3人のうちの誰でも差出人だと選べるように」


 俺がそう言うと、3人はばつが悪そうに目を逸らした。頬を掻きながら、ゆずが答える。


理由の方Why done itは、ハズレですね。誰か1人、先輩が一番好きな相手以外の手がかりなんて、先輩は忘れてると思ったんですが」

「忘れるわけないだろ。何一つ忘れられるわけない。俺の『青春』なんだから」


 それから、俺は改めて言った。


「だから、その……3人の恋人にしてもらえないだろうか?」


 その言葉に杏奈は揶揄うような笑顔を浮かべて俺の腕に抱きついた。


「あーあ、先輩。いちばん大変なルートを選んじゃいましたね?私、恋人には甘えちゃいますよ?」

「大変でもいいさ。杏奈が笑ってくれるなら」


 その様子を見ていたなつめはため息を吐いて俺の肩にしなだれかかった。


「全く、先輩は優柔不断でダメですね。私がついてないと」

「そうだな。俺はダメだ。頼りにしてるよ、なつめ」

「あ、あの……」


 出遅れたゆずが戸惑った声を出す。


「おいで。……じゃないな。きて。ゆず」

 俺がそう言うと、ゆずは正面から抱きついた。


 こうして、高校生活最後の謎『差出人の無いラブレター』は解けたのだけれど、この先もずっとミステリーに巡り合い続けることは言うまでもないだろう。

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ミステリー部最後の謎 サヨナキドリ @sayonaki

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