第2話

エリオにとって、世界は音であふれていた。

静寂を知らぬまま成長し、自分がまわりと違うと気づきはじめた。

自分を取り巻く人たちが考えていることを、彼は口に出すことがあった。

勘のいい子どもだと大人たちは思っていたが、次第に気味が悪いと思いはじめ、目を合わせたり近くに寄ったりすることを避けるようになった。

大人は笑いながら嘘をつく。

そういうものだと子どもながらに解釈した。

その反面、自分の気持ちをよくわかってくれるエリオのまわりには、いつも大勢の子どもたちがいた。

大人からは笑顔の裏で煙たがられ、子どもたちからは好かれ、それが当然だと思っていた。

エリオは、サトリだった。


エリオにはリカルドという友達がいた。

いつも一緒に遊んでおり、何でも話せる相手だった。

ある日、エリオはリカルドに秘密を打ち明けた。

自分はヴァンパイアと人間の間の子であると。

エリオはすっかり忘れていたのだ。

リカルドはかつて人間とヴァンパイアとの戦争で、人間に両親を殺されていたことを。

ずっと笑顔だったリカルドから、驚きと悪意、拒否と嫌悪をエリオは感じた。

大人たちから発せられるものより強くストレートで、エリオは動揺した。

秘密を打ち明けるという、ともすれば親友になれたかもしれない行為で、エリオは友人をひとり失った。


子どものうちは大まかな感情しか読み取れなかったが、成長するにつれ複雑なそれに気づかされることが多く、エリオは疲弊した。

好意も悪意も、彼にとっては重荷であり、次第に他者との関わりを絶つようになった。

そんな折、母親のアンナに連れられ、ランプ屋を営むレドラムのところを訪れた。

半世紀を少し過ぎた年の頃であろうか、銀の塊を器用に扱う気難しい男だった。

いつも怒ったような表情をしていたが、彼の口から出ることは腹の中と常に同じだった。

一度だけ、エリオはレドラムに自分がサトリであるが故の愚痴をこぼしたことがある。

レドラムは鼻で笑い、冷静にこう言い放った。

愛は呪詛であり、執着は怨嗟であり、恋はこの世でもっとも押し付けがましいものだ、と。

さらにこう続けた。

痛みと死以外は無限の虚妄である、と。

言葉の意味はわかったものの、20年も生きていない彼には実感としての理解にまでは及ばなかった。

ただ、自分の生きている世界は複雑なものだということは認識した。

レドラムの言葉を本当に理解するのは、それから数年後のことだった。


エリオがいつものように庭で薔薇の手入れをしていたときのことである。

遠くで大きな音や叫び声が聞こえてきた。

訝しく思いつつも、手順どおりの作業をしていると、急に視界から色が消え、彼は狼狽した。

一度休もうと家に向かって歩いていくと、大勢のヴァンパイアたちがエリオの家から出てくるのが見えた。

何か大変なことが起きたに違いない。

慌てて家に戻ったエリオの目に映ったのは、惨殺された両親の姿であった。

モノクロの世界の中で見た、かつて両親だったものの姿は現実のものとは思えなかった。


しばらく動けないでいるエリオがやっと顔を上げた時、ヴァンパイアたちの群れの中にかつての友人の姿を見た。

エリオの視線に気づいたのか、リカルドがこちらに視線を向けた。

目が、合った。

ヴァンパイアたちの感情は音としての認識しかなかったものの、リカルドのものだけははっきりと聞こえた。

完全なる悪意、憎悪、厭悪。

リカルドはきっと、あの日から自分のことをずっと憎んでいたのだ。

エリオから視線をはずさず、あの日と同じようにリカルドは笑っていた。

違っていたのは、本当におかしくてたまらないという心情と彼の表情が同じだったことである。

エリオの中で、何かが弾けた。


両親を亡き者にしたヴァンパイアたちの掃討を始めたのは、それからまもなくのことだった。

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枯れた薔薇が咲く世界 @makiful777

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