第161話 【修学旅行編⑥】肝試し


『そういえば知ってるかい、幸太郎』


 食事の際に栄達がそう言って話し出したのを思い出す。


『ここのホテルのオーナーさんとうちの校長は古くからの知り合いらしいよ』


 本来ならば「だから何だよ」か「へーそれで?」くらいのリアクションで終わらせるべき内容だ。

 しかし、そのときはたまたま飯時ということもあり特に聞かない理由もなかったので続きを聞いた。


『この後予定されているレクリエーションは毎年気合いが入っているそうだよ。何と言っても、ホテルが全面協力しているんだとか』


 風呂を終え、飯を終えた後にレクリエーションが催されている。一日目は一組から三組。二日目は四組から七組と分けられ参加することになっており、参加しないクラスはその間自由時間となっている。


 俺達三組は一日目に参加するとのことで、大宴会場へと集合していた。他のクラスも同じ場所に集まっているのだが、教師陣が誰もいない。


「で、これって何するの?」


 俺が隣にいる結に小声で尋ねるが、彼女も知らないようでふるふると首を横に振るだけだった。


「わたしも聞いてないよ」


「なんでレクリエーションの内容がシークレットなんだよ」


「教えてあげようか?」


 そんな話をしていると、栄達がえらく自慢げにそんなことを言ってきた。


「なんで知ってんだよ?」


「もちろんとある筋からの情報さ。というより、これは毎年恒例のことらしいからね。経験者は語ってくれたよ」


 小樽栄達のワケの分からんコネクトはよく分からんときに発揮される。もっと他に使い時あるだろうと思うのだが。


「それで、何なの?」


 結に聞かれ、栄達はコホンとわざとらしく一度咳払いをしてみせた。


「肝試しさ」


 おどろおどろしく作った声で栄達が言うと、結は少しだけ表情を固まらせた。


 そのとき。

 大宴会場の明かりが一度バツンと落とされた。


 突然のことに生徒達は慌てる。肝試しとか聞いてた結はもはやパニックを起こそうとしていた。


「落ち着け、結」


「……」


 ざわざわとし始めたタイミングで、前の方にあるステージに照明が集められた。

 どうやらこれも演出のようだ。


『只今より、レクリエーションを始めたいと思います』


 前にいたのは三人の生徒。どういう理由であの三人なのかは知らないが、何故かいない先生達に進行を任せられたのだろう。


『皆様には、これから肝試しに参加してもらいます』


 マイクを通して生徒に伝えられたそのとき、栄達がほらね、みたいな顔をこっちに向けてきた。腹立つ。


 その後、ルール説明が行われた。

 どうやらこの旅館には地下一階と二階があるらしく、その二フロアを使ってレクリエーションは行われるらしい。


 そのフロア内のどこかにあるお札を持って帰ってこれればクリア。見事クリアした班には恒例の豪華賞品が与えられるそうだ。


 制限時間はあるが、その前にリタイアすることも可能らしい。細かなルールは特になく、せいぜい物を壊すなといったところだろうか。


 そんなルールだと生徒全員に豪華賞品を与えなければならないのでは? と思ったが、制限時間も設けてあるし案外難しいのかもしれない。


 不幸だったのは、じゃんけんで負けた結果、一番目にスタートするのが三組になったことだ。


 中でも俺達は後半出発だったので助かったが。制限時間は一五分と意外と短く、そうなるとクリアはシビアなのかもしれない。


「豪華賞品ってなんなのかな?」


「こういうときは毎回、文字通り豪華なもん用意してるからな。今回もそれなりにいいもん貰えるんじゃないか?」


「クリアできればの話だけどね」


 豪華賞品にわくわくしている結に対して、栄達が不穏なことを低い声で言う。


「やっぱ制限時間があるってことは難しいのかな」


「いや、問題は制限時間の方ではないと思うよ」


「どういうこと?」


 栄達の言葉の意図を読めず、結も首を傾げる。


「もう一度よく考えてほしいが、このレクリエーションにはホテルが全面協力している」


「だから、二フロアも貸してくれたんだろ?」


「本当にそれだけかな」


「どういう意味だよ?」


 俺が言ったその瞬間。

 どこか遠くから叫び声のようなものが聞こえた、ような気がした。それは気のせいではなかったようで、周りの生徒もざわつく。


「忘れたのかい? これは肝試し。断じて、宝探しゲームではないのだよ」


 栄達はシリアスな表情でそんなことを言う。

 そして、俺達のグループの出発のときがやって来る。


 グループは四人から六人程度で事前に決めてあるものだ。うちのクラスはグループが六あったので、三グループずつの案内らしい。


 地下にはエレベーターを使い向かうことになる。エレベーターを降りたら、そこからは各グループごとの行動となる。


 エレベーターから降りたとき、そこが旅館であるということを忘れそうになった。


「……こここ、こわいね」


 結の手がめちゃくちゃ震えている。俺の服を掴んできたのでその震えがダイレクトに伝わってくる。


「よくできてるね」


 倉瀬はそこまで怖いものが苦手ではないのか、感心した声を漏らしている。


「ふ、ふーん、まあ所詮は子供騙しだけどね」


 栄達は震える声で強がりを吐く。震えているのは声だけではなく、手もしっかり震えているので普通に怖がっている。

 俺の服を掴んでいるのでダイレクトに伝わってくる。


「おい、キモいぞ手を離せ」


「キモいとは何だ! どうして月島嬢は良くて僕はダメなのだ?」


「一目瞭然な疑問をわざわざぶつけてくんな」


 俺だって怖いは怖い。

 基本的に廊下の明かりは消えている。ところどころがチカチカと切れかけの電球のように点滅しているが。

 薄暗い空間が続いているので、それだけでも雰囲気は十分だ。


「おい倉瀬、栄達何とかしてくれよ」


「え、普通に嫌だよ。キモいし」


「そうだぞ、幸太郎。僕はキモいのだから君が面倒を見ないでどうする」


「と、言いたいところだけど今日の佳乃ちゃんは機嫌がいいからね。キモい小樽の面倒くらい見てあげよっかな」


 数歩前を歩いていた倉瀬がこちらを振り返る。どうやら本当に機嫌がいいらしい。気まぐれにも程がある。


「な、どういうつもりだ?」


「まあまあ。せっかくの肝試しなんだから、男女の方が盛り上がるでしょ?」


「そんな発言をこんなイベントでされると勘違いする男続出すると思うけど」


「小樽はしないでしょ」


「まあ……」


 なんてことを話しながら二人は俺達の数歩前を歩くことに。というのも、結の歩くスピードがどうにも遅く、普通に歩いていても差が開く。


「もうちょっと早く歩けないのか?」


「むむむむむりだね」


 恐怖のあまり口調がおかしくなっている。

 まあ、仕方ないか。男の俺でも普通に怖いし、結はホラーの類とかあんま好きじゃないもんな。


「時間もないし、手分けして探そっか。八神達はそっちの部屋をお願いね」


「おお」


「また部屋の前で合流しよ」


 確かに制限時間は少ない。こうしている間にも刻々と時間は減っている。手分けしてはいけないという決まりもない。


 ということで栄達を倉瀬に任せて、俺は結を連れて部屋の中に入る。


 その部屋は物置部屋のような場所らしく、ロッカーやタンス、ダンボールなどが置かれている。


「じゃあ、ここでも手分けして探すか。そっちのが早いだろ」


「むりだよ! こーくんはわたしに何をさせようとしているのかな!?」


「だから、部屋の探索をだな」


「この暗闇の中!? 確実に何かが出る雰囲気だというのに!?」


「……じゃあいいよ。好きにしてろ」


 顔がもう怯えに怯えきっている。何も起こってないのにちょっと涙目だった。その状態の結に何かさせるのは確かに酷だと思い、手分けするのは諦めた。


 好きにしてろとは言ったけど、後ろからがっつり抱き着かれていると探しづらい。

 というか、動きづらい。


 俺だって怖いは怖いのだから、ちょっとくらいは身軽でいたいのだが。

 そう思いながら後ろを見ると、ぶるぶると怯えながら周りをちらちらと見ている。多分言っても聞いてくれないな。諦めるか。


「……」


 俺は恐る恐るダンボールを開ける。

 しかし、中には何もない。

 だが、そのタイミングでゴトンと後ろのタンスから何かが落ちた。


 びくっと大袈裟なくらいに驚いた結が泣きながらこちらを見てくる。

 

「ち、ちょっとこーくん! 何かするなら逐一報告してからにして!」


「いや、今のは俺の行動関係ないだろ。たまたま落ちたんじゃねえか?」


「この世界にたまたまなんてないんだよ! あるのは必然だけなんだからね!」


「……そんなことないだろ」


 名言っぽく言われましても。


「じゃあ、そっちのタンス探すからな」


「……う、うん」


 俺はゆっくりと物音を立てないように慎重にお札を探す。しかし、中々見つからない。

 多分、この部屋にはないのかな。結がもう限界っぽいし、一度部屋から出るか。


 そう思い、ドアの方へ向かったその瞬間、奥のロッカーがガタガタと揺れ、中から何かが出てきた。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!!?!!?!??!?」


 結の盛大な悲鳴が部屋の中どころかフロア中に響き渡る。

 そして、ぐったりと力なくその場に倒れ込んだ。起こして顔を見てみると、気絶していらっしゃる。


「少しやりすぎたか」


 ロッカーから出てきたのは数学担当の佐藤だった。しっかりとメイクしてあるので、この暗闇で見たら普通に怖い。


 教師陣の姿が見えないと思ったら、どうやらこの肝試しの為にスタンバイしていたのか。


 俺は結をおぶって部屋から出る。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?!!!?!!!!?!!?」


 隣の部屋から野太い叫び声が聞こえた。姿は見えないが、栄達のものであることはすぐに分かった。


 すぐに倉瀬が出てくる。後ろから、栄達がゾンビメイクの誰かに運び出されていた。


「そっちもダメだった?」


「ああ」


 そんなわけで、俺達はリタイアすることになった。

 その後も、リタイアするグループは続出し、クリアした生徒はごく僅かだったそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る