第159話 【修学旅行編④】スキー
スキーウェアに着替え、ゲレンデに集まった俺達。ある程度の説明とこの後のスケジュールの確認が終われば、あとは自由時間となる。
スキーエリアは初心者コースから上級者コースまで用意されており、誰でも楽しめるようになっているそうだ。
もちろん、スキー未経験の俺は初心者コースにやって来た。
「さて、それでは佳乃先生によるスキー講座を始めるよ」
どうやら倉瀬はスキー経験者らしく、未経験である俺、結、栄達にレクチャーを施してくれるようだ。
「みんな少しもしたことないんだよね?」
「俺はない」
「僕もないね」
「わたしもないよ」
栄達は相変わらず厚い脂肪に守られているからか、スキーウェアは着ているものの、それ以外の防寒はしていない。
逆に結はニット帽に耳当て、手袋にネックウォーマーと防寒対策は完璧な様子。
「それじゃあまずは基本的なことから教えていくね」
丁寧に教えてくれるのかと思いきや、やはり感覚タイプの人間なので教え方も実に大雑把というか直感的というか、体育会系だなって感じだった。
本人は必死に丁寧に教えているつもりなんだろうけど、どうにも細部まで伝わってこない。挙げ句、習うより慣れろだ! とかいって背中を押してくる始末。
最終的に倉瀬が俺達に教えたのは「止まれないなら転べ」だった。その言葉を胸に、俺達はひたすら坂道を滑りまくった。
その結果。
「八神は上達が速いね」
「……誰かさんがバカみたいに背中押してきたからじゃないか」
俺はそれなりに滑れるようになった。運動神経がいいわけでもないし、決して天才肌ということもないが、今回は上手くいったようだ。
荒療治とは違うかもしれないが、無理やりってのもたまには悪くないのかもしれない。
「んー、でもその誰かさんは他の人の背中も押してたんだけど」
「……」
言いながら、倉瀬は俺の隣で倒れている二人を見下ろす。その視線を追って俺もそちらを見る。
「スキーなんて所詮は陽キャ共の戯れなのだよ。僕には不向きが過ぎる」
ホヒューホヒューと呼吸を荒らげながら栄達がそんな捨て台詞を吐く。もともと運動得意じゃないし、こうなるのも予想できたが。
「……ああー、もうだめ」
栄達と共に倒れているのは結だ。別に運動が苦手ってわけでもないだろうに、得意でもないためかスキーは難しかったらしい。
「大丈夫か?」
「うん。でもわたしはもうだめかもしれないよ。このままだと、冬のゲレンデでこーくんと楽しく滑るプランが遂行できない」
なんだそのプランは。
とどのつまりは、俺と一緒にスキーを楽しみたいということなんだろうけど。
「もうちょっと頑張ろうぜ。俺も付き合うからさ」
「……こーくん」
うるうるとした瞳を俺に向けてきた結は、気合いを入れるためか頬をパンパンと叩いた。
「わたし頑張るよ!」
「おお」
グッと拳を握り立ち上がる結。
そんな様子を見ていた栄達も、よっこらしょと立ち上がる。こいつもやる気になったか。
「僕は休憩所でカレーでも食べてくるよ。せいぜいスキーなどという道楽を愉しめばいいさ」
そう言って、歩きづらそうにズカズカと歩いて行ってしまった。よっぽど嫌だったのか。
「そういうことなら私は中級者コースにでもチャレンジしてくるよ」
倉瀬も行ってしまう。
残されたのは俺と結だけとなった。
「さ、それじゃあ滑ろうぜ」
「う、うん」
リフトに乗って上に戻る。
高い景色から下を見下ろす結はどこか楽しげなように見えた。
「そんな楽しいか?」
確かにこれほどまでの雪景色はテンションも上がるけど。とはいえ、これはきっと人工的なものだろうが。
「うん、楽しいよ。こんな時間がずっと続けばいいのにって思っちゃうくらい」
そう言った結の横顔は、何だか寂しそうに見えた。彼女の言わんとしていることが分かるから、俺はその言葉にどう返していいか分からないでいた。
「さ、降りよ。こーくん」
いつの間にかリフトは上へ到着しかけていたようで、結に言われて俺はリフトから降りる。
「それじゃ幸太郎先生にスキーを教えてもらおうかな」
「……」
「どうしたの?」
「あ、いや、幸太郎って呼ばれるのが新鮮だなって思って」
出会ってからずっとこーくん呼びだったからな。高校で再会したときに呼び方を変えてくれと頼んだこともあったけど、結局こーくん呼びは終わらなかった。
だから、結の声で幸太郎と聞くのは何だか新鮮で、変に照れてしまう。
「こーくんはわたしに名前で呼ばれて喜んでいるのかな?」
「違和感あるなって思っただけだ」
実は少しだけ喜んでいたり。
でも、違和感があるのも事実だ。
「幸太郎」
「……いつも通りでいいよ」
「でも、確かこーくんって呼ばれるの嫌がってたよね、幸太郎は」
「そういう時期もあったな」
恥ずかしさから視線を逸らす。不思議な話だ。どうしてか、結に幸太郎と呼ばれると照れる。背中がむず痒いような感じだ。
俺の様子を見て、だいたいのことは察した上で楽しんでやがるから面倒だ。
にやにやと楽しそうに笑っているところを見てもそれは明らか。
「……いつもの呼び方してくれないと、調子が狂う」
頭を掻きながら、俺は渋々そう告げる。
確かに嫌だった。
こーくんなんて子供みたいな呼び方は恥ずかしくて、高校生にもなってそう呼ばれるのがたまらなく恥ずかしくて。
けれど。
いつの間にかそれが当たり前になっていて、そうでないと違和感を覚えるまでになっていた。
「……うん。じゃあ、そうするね、こーくん」
慣れってのは恐ろしいもんだな。
そんなことを挟みながらも俺達はスキーの練習に勤しんだ。何度か滑るうちに俺はどんどんと上達していった。
自分でもそれを実感できるほどにだ。
もしかしたら中級者コースとか行けちゃうかもしれないと、調子に乗ってしまうレベル。
しかし。
結は中々上達の兆しが見えないでいた。
僅かに滑れるとはいえ、俺も数時間前までは初心者も初心者だったのだから教えれることなどほぼない。
「……うう、もうだめだよ」
「そう言わずに頑張ろうぜ」
「わたしはここで雪だるまを作っておくからこーくんはスキーを楽しんでくるといいよ」
「いや、ここで雪だるま作るのは迷惑だよ」
「そうだね。じゃあわたしもカレーでも食べに行こうかな。体も冷え切っているからきっと美味しいよ」
「……美味しいだろうけど」
このままだと本当にカレー食いに行きそうなテンションだな。
別にカレーを食べること自体は何とも思わないけど、せっかくここまで来たのだから楽しみたいと思っている自分がいる。
「それじゃあ、スキーは止めて雪だるま造りにいこうぜ」
「こーくん?」
「なんか、別のところに雪遊びの場所もあるらしいから、そこでならゆっくり過ごせるだろ」
「でも、それだとこーくんはスキーを楽しめないんじゃ」
本当に俺のことを心配しているのだろう。それは結の表情からも伝わってきた。
だからこそ。
きちんと自分の気持ちを言葉にしなければならない。
「別にいいんだよ。スキーじゃなくても、結と一緒に楽しめるのなら何でも」
言ったあとに何てことを口にしたんだと恥ずかしくなる。雪に囲まれているのに顔が熱くてたまらない。
結はしばしの間だけ俯いていたが、ようやく立ち上がる。
「それじゃ、雪だるま造りにいこう!」
「……ああ」
楽しそうに笑う結の顔を見て、少しだけ安心する。そのときに思い出した。
俺は結の笑顔が、楽しそうに笑うその顔が大好きだったのだと。
「わたしね、雪だるまファミリーを造るのが夢なの」
「ファミリーて……何体造るつもりだよ」
「それはもう、大家族だよ。一緒に造って、記念撮影もしようね」
その後、本当に雪だるま大家族を造らされることになるのだが、その数は俺の想像を遥かに超えていた。
妥協を許さない結の強いこだわりを見ていると、カレーを食べさせていた方が良かったのかも、とか思ってしまった。
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