第158話 【修学旅行編③】バス移動


 飛行機は無事、北海道へと着陸した。


 搭乗の際に通った簡易的な通路を進み、俺はついに地上に足を踏み入れた。


「地上だ!」


 テンション上がって声を出してしまった。ハッとして俺は俯きながら先に進んだ。


「幸太郎もちゃんと変なテンションになってるようで安心したよ」


「何だよ、変なテンションって」


「今のこーくんみたいなのだよ」


「別に普通ですけど?」


「八神は普通の状態でも突然奇声を上げるんだね?」


「……どうやら俺も修学旅行の空気で変なテンションになってるらしい」


 このままだと俺が変な人間ということになってしまいそうだったので、認めることにした。すると三人揃ってクスクスと笑うからたちが悪い。


「このままホテルに移動なんだっけ?」


「そうだね」


「北海道ってめちゃくちゃ広いんだよね? もしかしてこのまま新幹線に乗っちゃったりするのかな?」


「いや、普通にバスのようだね」


 ですよね。

 先導する先生について行き、バス乗り場に行く。


「お、無事到着したんだね。八神」


「なんでお前がここにいるんだよ? ここは三組のバスだろ?」


 宮乃がいたので、バカにされた腹いせに少し強めに言ってやる。しかし、全く気にしていないようで、いつものように楽しそうに笑っているだけだ。


「こーくん、覚えてないの? わたし達のバスには一組の生徒も乗るんだよ」


「乗れねえだろ、そんなにいっぱい。ていうか、そもそもなんで?」


 そんなこと言ってたっけ?

 最近のホームルームを思い返してみるが、記憶にない。いろいろ考え事してて授業とか頭に入ってないからなあ。

 まあ、それはわりといつものことだけど。


「ほんとに知らないんだね。バスが五台しかないから、七クラスのうち二クラスは別れて他のクラスのバスに乗ることになったんだよ」


 覚えのない俺に、宮乃が呆れたように説明してくれる。分かりやすく短い説明どうもありがとう。


「で、じゃんけんに負けた一組の一部がこの三組のバスに乗るってこと」


 じゃんけんで決めたんだ。もうちょい他になかったのだろうか。

 いや、そもそもバス七台用意しようよ。


「……宮乃がいるってことは白河もいるのか?」


 そのわりには見当たらない。俺は周りを確認してみるが、やはり姿はない。


「白河さんも一緒だよ。何と言ってもぼくと白河さんはマブダチだからね」


「マブダチって、言わないだろ今日日」


 最近は仲良さそうだったからな。言っていることは本当なんだろうけど。


「なんでいないんだ?」


「ああ、それは――」


「いるわよ」


 宮乃が何かを言おうとしたときのこと、どこかから突然現れた白河が息を切らしながら宮乃の口を抑える。


「おかえり」


「余計なことを言わないでくれるかしら?」


「あはは、ただの雑談だよ」


 楽しそうに笑う宮乃を、白河は信用していないように睨み続けていた。本当にマブダチなのか定かではなくなってきた。


 騒がしいながら、バスに乗り込む。

 どうやら成瀬先生がバスの座席を決めるのをすっかり忘れていたらしく、そのまま流れで座ることになった。


 一番前にいたのがたまたま俺達だったから、そのまま乗り込み流れ的に一番後ろの席まで進む。

 バスの一番後ろは五人シートである。

 俺達は六人だ。


「それじゃあぼくは窓側を貰おうかな。隣は白河さんね。なんて言ってもぼくらはマブダチだからね」


 白河の手を引いて、宮乃が窓際の席に座りその隣に白河を置く。景色見たいのかな。それなら俺もちょっと気になる。


「じゃあこっちの窓際は俺が」


「八神」


 言おうとした俺の肩を叩いたのは倉瀬だ。


「なんだよ?」


「私はバス酔いするタイプなんだ。そんな人間がいるのに窓際を占拠しようと言うのかい?」


「え」


「ん?」


「いや、それなら宮乃だって」


「ん?」


「……どうぞ」


 倉瀬の圧力に負け、俺は窓際の席を譲ることになった。普段にこにこしてるやつの真顔ってなんであんなに怖いんだろ。


「隣は結ね。もちろん、私達がマブダチだからだよ」


「別に聞いてねえよ」


 そんなわけでもう片方の窓際は倉瀬、その隣に結が座る。空いているのは真ん中の席だけだ。


「じゃあ、俺と栄達は前の席座るか」


 それなら俺も窓際に座れるし、問題ないだろ。女子が並ぶ列に座るのもなんか嫌だし。


「悪いね幸太郎。ここは一人しか座れないんだよ」


 言いながら、よっこらしょと栄達が窓際の席に座る。


「なに、急に。お前ぼっちとか嫌がるじゃん」


「うん、まあ基本的には嫌だよ。しかしね、こういうときに限ってはやむを得ないのだよ。僕は人より太いからね」


 それでも大丈夫なようにできてるんだよ、こういう座席ってのは。

 しかし、俺がそんなことを言う前に栄達はリュックを横に置いて席を占拠した。


「悪いけど、こっちに幸太郎の席はないから後ろに座ってくれ給え。僕は窮屈な時間を過ごしたくないのだよ」


「それは俺のセリフなんだよ」


 どうやら冗談ではなく、本当に座らせてはもらえないらしい。というわけで、俺は再び後ろの真ん中の席に視線を移す。


「どうしたの? こーくんも、はやく座りなよ」


「私達の隣じゃ不服なのかしら。小樽の隣を好むなんてホモでデブ専でB専なのね」


 結は心配そうに、白河はふいとそっぽを向きながらそんなことを言う。


「お前、めちゃくちゃに言われてるぞ?」


「いつものことだよ」


 慣れすぎだろ。


 その後、後続がゾロゾロとやって来て邪魔だなオーラを放たれたので、俺は腹を括って真ん中の席に座った。


「どうだい、八神。女の子に囲まれた気分は?」


「ハーレムだぞ。もうちょい嬉しそうな顔しろい」


 両窓側からうざったい言葉が飛んでくるがスルーした。相手すると調子に乗るタイプだからな。

 しかも今日はそれが二人。手に負えねえ。


 結局、栄達の隣よりも窮屈な思いをしながら俺はひたすらバスに揺られ、ホテルへ向かった。


 空港を出発してからおよそ一時間。ようやくホテルに到着した。両隣に美少女を置いてのバスは天国かと思いきや地獄で、ホテルに到着したときには飛行機終わりのこともありどっと疲れていた。


 そんな中、どうしても言っておきたいことが一つあった。


「おい、倉瀬」


「ん?」


 バスを降りた倉瀬を呼ぶと、疲労など一切感じさせないようなけろっとした調子でこちらを振り返る。


「お前、バス酔いはどうした?」


「バス酔い?」


 何言ってんの? って感じで首を傾げた倉瀬だったが、ふと思い出したのかハッとして慌てて疲れた顔をする。


「ああー、めちゃくちゃ酔ったわあ。オエー」


「バスの中で終始お菓子食いながら喋ってるとこ見てんだよ。何もかもが遅いわ」


「なんだ、そういうことなら早く言ってよ。演技して損したじゃん」


 なんで俺が怒られてんだよ。

 ぶーぶーと言いながら倉瀬は結と一緒に前を歩いて進んで行く。宮乃と白河はクラスの集合場所へ向かっていった。


「僕らも行こうか」


 残された俺と栄達も歩き出す。

 バスを降りるとそこは白の世界だった。空港ではすぐにバスに乗ったからあまり感じなかったが、やはり北海道は寒い。

 頬を撫でる風は冷たいし、空気そのものがまるで俺達を凍てつかせようとしているみたいだ。


 ホテルに入るとそれぞれの部屋へ移動する。僅かばかりの自由時間のあとにやって来るのは、いよいよスキータイムである。


「あ゛ー、疲れた」


 部屋に入るや否や、俺は畳に倒れ込んだ。ほんとは布団にダイブしたかったけど、敷くのが面倒なのと、そうしてしまうと動くのを諦めてしまいそうなので止めた。


「……他の奴らは?」


 うちの部屋の人員は実に三つのグループで構成されている。俺と栄達を始め、二人グループが三つ。それぞれそれなりに話したことあるから何も問題はないが姿が見えない。


「さあね。僕らはグループを決めるという目的の一致で群れているだけであって、馴れ合うために同じ部屋にいるわけではないのだよ」


「……そんな言い方しかできねえから友達いねえんだよ」


 これを機に仲良くなろうとか思わないのかね。まあ、それはどこかへ行った奴らにも言えることだが。


「幸太郎はホテル内の散策には行かないのかい?」


「そんなもんいつだってできるだろ。今するべきことはこの後のスキーに備えて英気を養うことだ」


「仕方ない。なら僕はスイッチでもするとしようかな」


 言いながら、カバンをゴソゴソと漁る栄達をちらと見る。ツッコむのも面倒なので、俺はやれやれと溜息をついて座布団に顔を埋めた。


 ……修学旅行にゲーム機持ってきてんじゃねえよ。

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