第157話 【修学旅行編②】テイクオフ


 集合時間になり、生徒が空港内に集まる。さすがに全ての生徒を同じ場所に集めると人が溢れ返るので、クラスごとに集合場所は変えられた。


 とはいえ、すぐに出発するわけでもない。おおきな荷物は預けることになるし、その後も手荷物検査をされたりする。


 それもクラスごとに行うようで、三組である俺達の順番はわりと早い段階でやって来た。


「これ、ほんとにあるんだな」


 コントとかドラマで見る、金属探知機。潜るだけで全てが分かるとかほんとすごいよな。この僅かな面積の中にどれだけ複雑な機械が組み込まれていることか。


「ないと思ってたの?」


「いや、そういうわけじゃないけど」


 何となく声を漏らしただけなのだが、結がそれに反応する。そんなリアクションをされると、俺もどう返していいか分からない。


 そんなことをしている間に栄達と倉瀬は金属探知機を通り終えたらしく、俺が潜る順番になった。


「なんか緊張するな」


「大丈夫だよ。何もないから」


 そんなこと言って反応するのがパターンだったりするからな。俺は意を決して金属探知機を潜る。


 音は鳴らなかった。

 鳴らんのかい。


 ピー。


「……あいつ」


 結が引っかかっていた。

 そっちのパターンか。


 やり直して問題がなかった結が俺達に追いつく。あはは、と少しだけ恥ずかしそうに笑っていた。


「なにが反応したんだろ」


「……さあな」


 金属だろうよ。

 どこの何かは分からんけど。


 ここまで来るとようやくゆっくりできるらしい。搭乗時間までは自由時間だ。


「最後の地上を楽しめってことか」


「そういう時間ではないと思うのだが」


 売店なんかもあり、そこへ向かう生徒もいる中、俺は近くにあったイスに座り滑走路をうろつく飛行機を眺める。


「あんなでかい機械がどうやって飛ぶんだろうな」


「さあね。詳しいことは専門家に聞くといい。あるいは手っ取り早くウイキペディアか」


 便利だよなあ、ウイキペディア。

 かったるいから調べはしないけど。


「なんか食べる?」


「食欲ねえよ。これから死ぬかもしれないってのに」


「めちゃくちゃネガティブだな」


 憂鬱だ。

 さっきまでは大したことないと思っていたけど、段々と不安と恐怖は膨れ上がり、俺の精神を支配してやがる。

 何を考えても悪い方向にしか至らない。


 最後の地上の時間を噛み締めた俺達はついに搭乗の時を迎えた。

 案内され、静かについて行く。周りのクラスメイトもいつもより静かだ。さてはあいつらも怯えているな?


 妙な渡り廊下のような通路を通り、飛行機に足を踏み入れる。

 何というか、不思議な空間だ。不安と恐怖に加えて緊張も起こってきた。酔ってないけどなんか吐きそうだ。


 入口付近でキャビンアテンダントさんがアメを配っていた。とりあえずもらった。


「なんでアメ?」


「わたし達も子供に見られたものだね」


「耳鳴りに備えてだよ」


 ああ、そういうこと。

 俺の疑問にしたり顔で答えた結も、へえーと感心していた。知らないのによくあんな顔出来たな。


 席は四人掛けだった。基本的にグループで集まって座るよう言われているので、俺と結、栄達、倉瀬がこの四人掛けの席に座ることになる。


「とりあえず僕は端っこを貰うよ」


「おい、なんで勝手に座るんだよ」


「そうだよ。端っこの方が移動しやすいから人気あるんだよ!」


 俺達の制止を聞くことなく、栄達がよっこいしょと腰掛ける。そして、真顔をこちらに向ける。


「女子は僕の隣じゃない方がいいでしょ。ほら、ちょっと太いし」


「いや、それを言うなら俺も嫌なんだが?」


「さあ親友。隣へどうぞ」


「さあ八神。お座りやがれ」


 栄達と倉瀬に促され、俺は栄達の隣に座らされる。すると間髪入れずにその隣に結が座る。


「いいよね?」


 にこりと笑いながら俺に聞いてくる。


「倉瀬に聞けよ」


「いーよ。これで私は通路側を手に入れたわけだ。映画と飛行機の席は通路側に限るからね」


 知らんがな。

 まあ、あれだな。でも真ん中で挟まれている方が安心するな。俺が死ぬということはこいつらも一緒に死ぬんだと思えるから。


 そんな感じで席に付き、注意事項などがモニターにて案内される。最悪の場合の避難方法とかもうこちらの不安を煽っているとしか思えない。


 案内が終わると外の様子が映し出される。ゆっくりと滑走路を進んでいる映像は、やがてスピードを増していく。


 グググと体に重量がのしかかる。ジェットコースターのときと似たような感覚だ。つい「う゛う゛う゛」と鈍い声を漏らしてしまう。


 そしてついに飛行機は地上を離れて空へと飛び立つ。重量自体はマシになったものの、今度は地上にいないという恐怖が俺を恐う。

 雲に突入すると飛行機が激しく揺れた。ああ、もうこれはダメだと一瞬諦めてしまったが。


「大丈夫だよ」


 結が俺の手に自分の手を重ねて、にこりと微笑みかけてくる。天使に見えた。

 不思議と俺を支配していた恐怖は薄れ、雲を抜け飛行機のバランスも安定した。


「……ふう」


 ようやく肩の力を抜く。

 揺れもほとんど感じないので、ここは飛行機ではなく地上にあるどこかだと思い込めば何とか気持ちを保てる。


「はあ、なんか疲れた」


「まだ到着もしてないよ?」


 ダラっと力を抜いて座る俺に結が呆れたように笑いながら言う。到着してからの方が疲れなさそう。


「そんなチミにはこれをあげよう」


 結の隣に座る倉瀬が俺に何かを渡してきた。何かと思い見てみると、チョコレートだ。


「疲れたときには甘いものだよ」


「……ちょっと違う気もするけど、もらっとく」


 俺がそう言ったときには既に後ろの席の友達にチョコレートを配っていた。

 いるよなー、ああやってとりあえずお菓子配る人。


「あまい」


 小さなチョコレートを口に入れると甘さが染み渡る。


「あ、じゃあクッキーもあるよ」


「僕はポテチを持っているぞ」


 いつの間にかお菓子パーティーが始まる。飛行機の中ってこんな自由にしていいの?

 飲食とか許されるのだろうか。


「幸太郎はスキーしたことあったっけ?」


「いや、ないぞ」


 修学旅行のメインとなるのがスキーだ。この後も準備をした後に滑ることになる。


「お前は?」


「僕もないね。この見た目でスキーが得意というのは有り得ないだろう」


「……別に見た目のことは言ってないぞ」


「僕は基本的にインドアだからね。その点、月島嬢は嗜んでそうだが?」


 確かに。親といろんなところに旅行に行っているだろうし。


 しかし、そんな俺達の抱くイメージとは裏腹に結はかぶりを振った。


「ないよ」


「何というか、意外だね」


「旅行とかで行ったことないのか?」


「うん。旅行はよく行くけど、観光とか温泉とかが多いからね。アクティブなのはお父さんもお母さんもあんまり好きじゃないから」


 確かに言われてみると結の両親は体育会系というよりは文化系だな。改めて考えるとスキーをしているところは想像できない。


「スキーって一日練習したくらいで滑れるようになるのかね」


「初心者コースくらいなら行けるんじゃね。よく分からんけど、極端に考えれば坂道進んでるだけなわけだし」


「そんな単純なのかね」


「わたしは楽しみだよ? 実は今日のためにランニングしてたんだ。体力少しでもつけようと思って」


「見習えよ、栄達」


「フン、甘いね幸太郎。実のところ、僕も今日のために『君色景色』のアニメ二期第七話と八話をリピートしてきたのだ」


「?」


「多分、君色景色っていうアニメのスキーしてる回を観てきたってことだと思うぞ」


 こてんと首を傾げる結に解説する。

 俺も観たことはないけどこのタイミングのあの言い方はそういうことだろう、という憶測で言っただけだ。


「そういうことだ。影響されやすいオタクの力、見せてやるぞ!」


「……はあ」

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