第155話 答えを出すのは
修学旅行まであと少し。
楽しみな反面、俺の気持ちはどこか憂鬱なものでもあった。
月島結と白河明日香から告白され、その返事を保留し、修学旅行で答えを出すと約束した。
その問題に決着をつけるということは、少なからずこれまでの関係が変わってしまうということだ。
大事なものを失う可能性だってある。
そのタイムリミットが迫っていると思うと、心の底から楽しみだとはならない。
まして、その答えがまだ明確に決まっていないのだからなおさらだ。
「ねえねえ、こーくん」
そんなことを考えていると、いつの間にかホームルームは終わっていたらしく、周りのクラスメイトは騒がしく帰宅の準備なり部活に向かう。
そんな中、結がいつものハッピースマイルを浮かべながら俺の前までやって来た。
「ん?」
「今日の放課後は予定ある?」
「いや、特にないけど」
一応思い返してみるがやはり何もない。そもそも事前に予定が入っていることなど稀過ぎる事例である。
「それじゃあちょっと付き合ってもらっていい?」
「……また買い物か?」
この前のことがフラッシュバックする。荷物持ちであれば何も言わずに付き合うが、またあんな辱めを受けるとなれば話は別である。
しかし、俺の問いかけに対し結はかぶりを振った。
「今日は違うよ。一緒に帰りたいだけ」
「ああ、そういうことなら問題ない。一緒に帰ろう」
「その言い方だと、わたしと買い物に行くのを躊躇っているように聞こえるんだけど気のせいかな?」
「気のせいだよ」
俺が言うと、結は不服そうにむうっと顔を膨らませる。しかし、それもすぐに元に戻した。
「それじゃあ、わたし人待たせてるから先に行ってるね。下で待ってるから」
「え、他に人いんの?」
「うん。だめ?」
「いや、そんなことないけど」
倉瀬とかか?
いや、あいつは常に部活動に励んでいるからよほどのことがなければ一緒に帰宅はできないはずだ。サボるとも思えないし。
なら誰だ?
栄達は論外だろ。ワンチャン俺の知らない人なのでは?
「心配しないでいいよ。明日香ちゃんだし」
「ああ、白河なのね」
そう言い残し、結は先に教室を出ていく。俺は帰りの支度をさっさと始めた。
「……ん?」
白河?
え、俺今から結と白河と三人で帰るの? どういうこと?
理由はないが何となく不安な気持ちが込み上げてくる。それを必死に押し殺しながら俺は教室を出る。
昇降口で靴を履き替え外に出ると結と白河の姿が見えた。二人とも制服の上にコートを着てマフラーを巻く完全防御状態である。
そのくせ下半身の守りが薄いのが気になるが、意外とタイツ一枚で何とかなるのだろうか。
「お待たせ」
平然を装って声をかけるが、内心は心臓バクバクである。
「それじゃあ行こっか」
「そうね。どうする? 喫茶店とか入る?」
「んー、でも喫茶店とかだと周りが気になっちゃうかも。あんまり寒くないし、外でもいいかなって思うけど」
結と白河は何やら話している。ひそひそと俺に聞こえないように話しているわけではないんだろうけど、距離的によく聞き取れない。
何の話してるんだろ。
何かを決めているようだが、そこに俺の意見は入る余地がないらしく、しばらくその話し合いが終わるのを後ろで眺めていた。
しかし、これは一体どういうことなんだろうか。
確かに結と白河の仲は良好でケンカとかはしていないとは聞いていた。今目の前の光景からもそんなことは想像がつかない。
二人からすればいつも通り仲良く下校という感じなんだろうけど、俺はどことなく居心地の悪さを感じるぞ。
嫌とかじゃないけど、後ろめたさというか何というか。誘われた理由が分からないだけに尚更感じてしまう。
「ちょっと寄り道してもいい?」
数歩前を歩く結がこちらを振り返って尋ねてくる。
「ああ、いいけど」
「けど……なによ?」
俺の微妙なリアクションが気になったのか白河は半眼を向けてくる。やだ怖い。
「いや、どこ行くのかなと思って」
「心配しないでも変なとこじゃないわよ。それに、両手に花なんだからどこだっていいでしょ? 他の男子が見たら嫉妬する状況よ?」
そうだね。
学校出る前に殺意向けられてたからね。いつ後ろから飛びかかってくるだろうと警戒していたくらいだ。
というか、そんなことよりも俺的にはその両手に花というシチュエーションが問題なのだが。
結局、どこに向かうのかは教えてくれないまま電車に乗り込んで未だ発覚しない目的地へと向かう。
降りたのは俺達の最寄り駅だ。そのまま結が先導してさらに進むと公園が見えてきた。
昔、よく結と遊んだ場所だ。ブランコや滑り台といったオーソドックスな遊具のあるどこにでもあるような公園。
こんなところに来て、何をするというのだろうか。まさかここで一緒に遊ぼうとか言い出すわけでもあるまいし。
「さて」
公園の中に人は他にいない。冬で寒い中公園で遊ぶ根性ある子供は今はもういないのかもしれない。
数歩先にいた結はくるりと回って俺の方を向く。それに続いて、白河もゆっくりとこちらに体を向けた。
「今日はね、ちょっとお話がしたいと思って」
「……まあ、朧げには察してたけど」
雰囲気的にも、放課後に遊びに行こうぜって感じじゃなかったし。
「コータロー、言ったじゃない。修学旅行で答えを伝えるって」
「……ああ」
「一応確認しておくけれど、今現在、コータローの中で答えは出ているの?」
表情は極力クールに、いつも通りの様子で聞いてくる白河だが、その瞳は離れているここからでも分かるくらいに揺れている。
結か、白河か。
「……まだ、答えは出てない」
こう返事をするのもまた失礼な気がするけれど、事実なので誤魔化しようがない。
俺の答えを聞いて、白河の表情は少し和らいだ。怒っているというよりは、安心したような顔に見えるが。
それは結も同じようで、緊張感のあった顔が僅かに綻んでいた。
「それならいいんだ。もし答えが出てるなら、今聞こうとしてただけなの」
「そう、なのか」
「もう決まってるのに足掻くのも何でしょ? でも、まだコータローの中で答えが揺らいでるならできることはあるじゃない」
「だからね、明日香ちゃんとこーくんの気持ちを聞こうって話てたんだ」
もし俺の中で答えが決まっていたら、この瞬間に言うことになってたのか。
心の準備とか全然できてなかったぞ。
「ごめん。でも、必ず答えは出すから」
「もちろんよ。そうでないと困るわ」
「ちゃんと考えて、ちゃんと悩んで、それでこーくんが出した答えならわたし達はちゃんと受け入れるよ」
「ああ、ありがとう」
「それでね」
そんな中、白河が再び話を切り出す。
「結と話してたの。修学旅行の中で、どこで答えを聞こうかって」
確かにそれに関しては何も考えていなかった。
どこかで呼び出そうと思っていたくらいだ。
「二日目の夜にね、選んでもらおうかなって」
「二日目……」
「うん。ちょうどわたし達のクラスも明日香ちゃんのクラスも自由時間だから」
「それまでに、答えを出しなさい」
二日目の夜、か。
三日目は確か自由行動だったはずだ。
ということは、三日目は選んだ相手と過ごすことになるのだろうか。
結か、白河。
どちらかと。
「……分かった」
もう時間はない。
改めて、自分の気持ちと向き合わなければならないときは、必ずやって来る。
けれど。
その答えはまだ出そうにない。
「もちろん、負けるつもりはないけどね」
「わたしだって、絶対負けないよ?」
笑いながら結と白河は睨み合っている。いや、雰囲気が和やかなので睨んでいるという表現は違うようにも思えるが。
ていうかこの子たち、なんでこんなに仲良しなの?
来る修学旅行を前に不安を抱く俺だったが、目の前のそんな光景を見て、つい笑ってしまうのだった。
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