第154話 第三者達の会合


「一つ聞きたいんだけどいいかな?」


 小樽栄達は困惑しながらもその一言を絞り出した。


 すると、栄達の前に座る倉瀬佳乃がサイドテールを揺らしながら頷いた。


「どうして僕は拉致されたのだろうか」


「拉致なんて言い方は酷いよ。私はただ一緒にご飯を食べようと誘っただけなのに」


「今までに一度だってこんなことはなかったわけだし、さすがの僕も動揺を隠せないよ」


「せっかく修学旅行で同じ班になったわけだし、いろいろとお話したいと思っただけ。それともなに? 私に昼ご飯誘われるのは迷惑だとでも言うのかね?」


「……いえ、決してそういうわけではないでござる」


 佳乃のあまりの迫力に栄達はわけの分からない語尾になってしまう。


 昼休み。

 いつものように幸太郎と教室で昼食を食べようとしていたところに佳乃が乱入してきた。

 何事かと驚く二人を前に佳乃は「小樽借りていくね。今日のお昼は結と食べるといいよ」と半ば無理やりに栄達を連れ出した。


 そして、わけの分からない状況のまま今に至る。これまで栄達と佳乃が二人でご飯を食べることは一度もなかった。


 修学旅行で同じ班になったからという理由は確かにそれっぽいが、だとするならば幸太郎と結がいないのはおかしい。


 佳乃に限って、実は栄達のことが好きだという展開もあり得ない。それを栄達自身も理解しているが故にこの状況に困惑しているのだ。


「失礼しちゃうな。私はただご飯に誘っただけだと言うのにさあ」


 ぶつくさと言いながら、佳乃はとんかつ定食のカツを頬張る。

 そんな様子を見ながら、栄達は弁当箱を広げながら溜息をつく。


「さすがの僕だってそこまで鈍感ではない。何の意味もなく倉瀬が僕を誘うとは思ってないよ」


 栄達の言葉に佳乃の手の動きがピタリと止まる。カツを掴もうとしていた箸をそのままそこに置いて、佳乃は顔を上げる。


「だから、言ってるでしょ。修学旅行のことで、いろいろと話そうと思ったって」


 鋭い目つきと真面目な表情、そして改めて口にしたその言葉を聞いて栄達はおおよそのことを察する。


「なるほどね。だいたい何が言いたいのかは分かったよ」


「さすが。話が早いね」


 つまり、佳乃は修学旅行における幸太郎と結についてのことを話したいのだろう。


「話すと言っても、僕らができることは何もないと思うけど?」


「そんなことはないよ。だいたいのことは結から聞いたし、小樽も八神から聞いてるよね?」


「まあね」


 もりょもりょとお弁当のおかずを口にしながら栄達は答える。


「八神が答えを出すその瞬間までチャンスはあるし、それまでにできる限りのことはしてほしい」


「……ふむ」


「後悔してほしくないの」


 佳乃の表情はいつになく真剣で、それは彼女の声色からも伝わってきた。どれだけ結のことを思っているかは明白だ。


「相手はあの白河さんでしょ? 他の女子ならともかく、白河さん相手だと選ばれなくてもおかしくない」


「そうだね。その通りだと思うよ」


 月島結と白河明日香。

 二人は女子の中でもトップクラスに人気がある。中でも明日香はミスコンに選ばれるほどだ。


 必ずしも長い恋心が実るとは限らない。


「だから私はできるだけのことをしたい。結には幸せになってほしいから」


 どうしたものか、と栄達が言い悩んでいると後ろから二人の会話に乱入してくる声が聞こえた。


「面白そうな話をしているね」


 栄達と佳乃が声の方を見ると、そこには宮乃湊がにこやかに立っていた。

 手にはトレイがあるので学食で既に料理を受け取ったところだろう。


「ちょうど場所を探してたんだ。隣いいかな?」


 聞かれた栄達は佳乃の方を見る。今回に関しては栄達に湊を受け入れるか否かを判断する権利はない。


「どうぞ」


 佳乃の許可が出たので、湊は栄達の隣に座る。彼女のトレイにはカレーライスが乗っていた。


「さっきの話だけれど、修学旅行のことだよね? もっと言うと、八神争奪戦のことかな」


 楽しそうに言う湊。


「宮乃さんも聞いてるんだね? 八神から聞いてるのかな?」


 佳乃と湊はもともとそこまで親しくはないが、湊と幸太郎が仲がいいということは覚えていたようだ。


「んー、八神からも聞いてるけど、白河さんの方からもいろいろと聞いてるんだ」


「白河さん……」


「つまりそういうことなんだよね」


 にこやかに言っているが、確実に佳乃と湊の間ではバチバチと火花が散っている。

 その様子を、栄達は居心地悪そうに眺めていた。


「ぼくは白河さんを応援している。もちろん、修学旅行中も可能な限りのサポートはするつもりだよ」


「……ぐぬぬ、協力なサポーターだ。こうなったら、こっちは二人で頑張るしかないよ、小樽!」


「小樽くんはこっちの味方だよね? 白河さんとは同じ部活の仲間なわけだし」


 板挟みにされたところで、栄達は大きな溜息をつく。そして、困ったような表情を浮かべながら口を開いた。


「僕は、どちらか一方に加担するつもりはない。かといって、どちらにも加担することもない。今回は傍観することを選ぶつもり」


 栄達の言葉に二人は驚く。


「僕からすれば二人とも大事な仲間だよ。そこに優劣なんてない。僕はどっちにも幸せになってほしいし、どちらにも泣いてほしくはない。選べないのだよ」


 どちらも知っているからこそ、これまで関わってきたからこそ、栄達にはどちらか一方を応援するという選択はできなかったようだ。


 両方を応援するという道を選ばなかったのは、その僅かな差で未来が変わってしまうことを恐れたからだ。

 自分が何かをしたせいで、涙を流す人がいる。それが耐え難いことだったのだ。


「まあ、そういうことなら」


「……仕方ないね」


 栄達の理由を聞いて納得する湊と佳乃。二人とも少し頭が冷えたようだ。


「勘違いしないでほしいけど、別に月島さんなら泣いてもいいって思ってるわけじゃないからね?」


「それは分かっているよ」


「わ、私だってそうだよ。白河さんを認めているからこそ結を応援するの」


「それも分かっている」


 少し沈黙が起こったあと、湊がゆっくりと口を開いた。


「見届けるのが一番なのかもしれないね」


 その言葉には、彼女の覚悟のようなものがこもっているように思えて、だからこそ佳乃もそれについてを考えた。


「うん、そうだね。私達が何をしても、結局頑張るのは二人だし、余計なお世話なのかも」


 手伝うことが、必ずしも正しい応援の仕方であるとは限らない。

 信じて見届けることの方が大事なときだってある。それが今なのかは誰にも分からないけれど、そうなのかもしれないとこのとき佳乃と湊は思い至った。


「見届けて、そして迎えてあげようよ。それが喜びであったとしても、悲しみであったとしても」


「うん。目一杯喜んで、もしもダメだったときは一緒に泣いてあげる」


 二人はそう言いながら、お互いに傍観することを決めた。約束するわけでも契約を結ぶわけでもないが、それでも何もしないことは信じれた。


 そんなわけで、その後は和やかに昼食の時間を過ごすことになった。雑談を交わす中、ふと佳乃がこんなことを口にする。


「しかしあれだね、八神のやつはほんと何様だよって感じだよね」


 美少女二人に言い寄られて、そのうちの一人を彼女として選ぼうとしている。

 幸太郎には幸太郎なりの葛藤があり、辛いところもあるのだろうが、それでも第三者はそう思ってしまうのだろう。


「それには同意だね」


「うむ。全くだ」


 佳乃の言葉に湊も栄達も頷いているのだから間違いない。

 

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