第152話 ランチタイム


 その日の昼休み、二年三組の教室内はかつてないざわめきが起こっていた。

 理由は明白だ。


 学園のアイドル、ミスコンの覇者たる白河明日香の来訪によるものだった。


 四時間目の授業が終わり、各々が昼飯の準備を始める。俺の席にはいつものように栄達がやって来る。


 俺は昼飯を用意してきてないので学食に行くか、購買で適当に済ませるか悩んでいたとき、そのざわめきは起こった。


 何事かと思い、騒がしい方に視線を向けると男子数名が群がっていた。微かにその中心にいる女子生徒が見えた。


「あれ、白河だよな?」


「そうだね。他のクラスに乗り込んできて瞬時に男子を集めれるのは白河に違いない」


「うちのクラスに何か用かね」


「それ本気で言ってるん?」


「あ?」


 ハフン、と呆れたように栄達が溜息をつくものだから苛立ちを顕にした。


「僕はこの時点でぼっち飯が確定してしまって複雑な気持ちだよ」


「……なにを」


 と、言おうとしてようやく栄達の言っていることを理解する。

 いや、でも、絶対そうとは言い切れないだろ。他に仲のいいやつがいるかもしれないし、これでさも当然のように近づいて違ったら恥ずかしくて死んでしまう。


 そんなことを考えていると、白河が俺のことを見つける。そこでようやく俺達は目が合った。


 にこりと笑いながら男子共に何かを言って、こちらに向かって駆け寄ってくる。

 相変わらず完璧なアイドルモードだ。あの切り替えは尊敬するに値する。


「コータロー」


「お、おう」


「今日のお昼は?」


「えっと、学食にするか購買で済ますか悩んでいたところだけど」


 正直に答えたところ、白河は安心したように口元を綻ばせる。


「そ。ならちょうどよかったわ。一緒に来てちょうだい」


 短く言って、白河は先にスタスタと行ってしまう。昼飯に誘われたということだよな?


「なんか、そういうことらしいわ」


 一応、栄達に断っておく。


「予想通りの展開ではあるからいいけど、白河のやつ僕のことはフル無視だったね」


「……いつも通りじゃん」


「それはそれで酷い話だよ」


 確かにな。


 そうは言いながらも、そんな扱いには慣れているのか特に凹んだ様子のない栄達と別れて、俺は少し先にいる白河に追いつく。


「遅い」


 追いつくと第一声がそれだった。


「そう言われましても。ていうか、どちらへ?」


「……部室かしら」


 いや、かしらって。


「さっきも言ったけど、俺昼飯用意してないから買いに行かないと」


 見たところ、白河はランチボックスを持っているので弁当持ちなのだろう。

 一緒に食うにしても俺は何かを買いに行かないといけない。


「いいから。とりあえず一緒に来て」


 何だか今日はえらく強情なように思える。いつも似たようなもんだけど、今日は特に聞き入れてもらえていない。


 結局、言われるがままについて行き、部室へとたどり着く。冬休みもあって最近はめっきり部室に顔を出すことがなかったので何だか久しぶりだ。


 白河は既に用意していた部室のカギでドアを開けて中に入る。当然誰もおらず、窓は開いていないがめちゃくちゃ寒い。

 入るや否や、白河は暖房のスイッチを入れて、ようやく腰を下ろした。


 俺は指示され、白河の前にイスを持ってきて座る。果たして何が始まると言うのか。


「これ、はい」


 ランチボックスから弁当箱を取り出して、それを渡してきた。それを受け取るが、これをどうしろと言うのか。


 そんなことを思いながらきょとんとしていると、白河は呆れたように盛大な溜息をつく。


「どうしてコータローはそう鈍ちんなのかしら」


 この子、鈍ちんとか言うんだ。

 というか、誰が鈍ちんだ。


「お弁当。作ってきたの」


「白河が?」


「そう」


「俺に?」


「そう」


「……なんで?」


 そんな約束はしていない。なんか借りとか作ってたっけな。


「察しなさい、ばか」


「あ、はい」


 つまりそういうことなのか。ああ、こりゃ俺は鈍ちんですわ。

 学校というこれまでの日常の空間にいることで、ついつい頭の中がリセットされてしまう。


 クリスマスから冬休みの間に起こった俺と白河の様々なことは、非日常のようなものだから。


 夢のような、そんな時間が今尚続いていることを改めて実感した。


「この私の手料理を食べれるんだから光栄に思いなさいよね」


「そりゃ、そうだな」


 白河明日香のお手製弁当とあれば、大幕生徒なら誰もが喉から手が出るほど欲しがるだろう。

 値段をつければどれだけの額がつくだろう。オークションで試してみたいものだ。


 そんな価値ある弁当をこうして食べれるというのだから、優越感みたいなものがある。


「白河って料理できたんだな」


 弁当箱を開けると、中には色とりどりのおかずが入っていた。


「別に特別得意ってほどでもないわ。簡単なものなら作れる程度よ。だから、味も普通だと思うけど」


 そんなことを言う白河はどこか落ち着きがないように見える。どこかソワソワしているような、そんな感じ。


「それじゃあ、せっかくだしいただきます」


 手を合わせて言ってから箸を伸ばす。口に入れたのはたまご焼きだ。

 簡単に作れるものの、こだわるととことんこだわれる料理である。お弁当のおかずとしては鉄板で、家によって味付けが微妙に違ったりするんだよな。


「んまい」


 ほどよく甘く、ふわふわで料理初心者とは思えないクオリティである。ああは言っていたがそれなりに出来るのだろう。


「そ、そう。まあ当然だけどね」


 つんとしながら言うが、安心したように呟いた言葉を聞き逃さない。

 手料理振る舞うんだから感想は気になるよな。俺でもそれは気になってしまう。


「でも、一緒に飯食うのは全然いいけど何でわざわざ教室に来たわけ?」


「どういう意味?」


 おかずを口に入れながら、白河はこちらを睨む。いや、睨んでいるかどうかは分からないけど相変わらず迫力がある。


「メールとかで呼んでくれればいいのにと思って。おかげで教室戻ったら男共に殴られそうだよ」


「……私とこうしてお昼を食べれるんだから、それくらいの目に遭っても文句は言えないでしょ?」


「そのためにわざわざ教室まで来たというのか!?」


 鬼ですか、あなたは。


「そんなわけないでしょ」


「じゃあどうして?」


 改めて尋ねると、白河は怨めしそうに俺を睨んでくる。今度はしっかり睨まれていた。

 そして、考えるように視線を逸らしてから、ちらとこちらの様子を伺い、恐る恐る口を開く。


「やってみたかったのよ。こういうこと」


 あまり白河の口から聞くことのないような甘々な声と言葉に、俺の脳は一瞬バグった。


「……そっすか」


「もうちょっとまともなリアクションしなさいよ、ばか」


 そのあと、暫しの間はお互いに何も言えずに沈黙が続いた。お弁当は美味しかった。

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