第151話 もうすぐ修学旅行
冬休みが終わり、三学期が始まった。二年生として過ごすのもあと僅かとなってしまった。
来るイベントは修学旅行。
その日の六時間目はホームルームで、修学旅行についていろいろと決めなければならないことについて話し合っていた。
「それじゃあさっさと始めちゃうよー?」
前に立ち、慣れた感じでホームルームの進行をするのは倉瀬佳乃だ。
彼女がぴょこぴょこと動く度にブラウンの髪のサイドテールが揺れる。
「ほら、八神! 書記なんだから準備して」
その隣でやる気なく立っているのは八神幸太郎。つまり俺である。学級委員でもない俺がどうしてこんなことをしているのかと言うと、それはこのホームルームの始まりを振り返らなければならない。
『それじゃああとは委員長にお願いしようかな』
我らが担任、成瀬先生がホームルームの進行を委員長にお願いしたところ返事がなかった。
そこで委員長が本日体調不良の為欠席していたことを思い出す。
つまり、進行をする人間がいない。
『えっと、それじゃあ誰か代わりに仕切ってもらえますか?』
お前がやれや、とは誰も言わなかった。容姿の良さから男子からは好かれているし、若いこともあってか女子からも好かれている。
先生の意見に反対する生徒は基本的にいない。
そんな先生の言葉に応えたのが倉瀬佳乃だ。
『はい! それじゃあ私が修学旅行委員として仕切ります!』
そんな委員はねえよ、とは誰もツッコまなかった。これもまた倉瀬の人望あってのことだろう。
これが俺の発言であったならば『はあ?』みたいなリアクションされるに違いない。
まあ倉瀬が仕切ることに関しては俺とて文句一つなかった。何だかんだと体育祭文化祭とあらゆるイベントを盛り上げてきた実績があるからな。
問題は倉瀬の次の一言だ。
『なにやってんの、八神も前に出るんだよ?』
立ち上がって前に出ようとした倉瀬が俺の方に圧倒的きょとん顔を向けてきたのだ。
いや、そんなそれが当たり前みたいな顔されましても……というテンションで俺は『はい?』と返した。
『私の相棒だろ? つべこべ言わずに一緒にやるんだよ!』
と、いうことで半ば無理やりに俺は前に立たされたのだった。倉瀬と俺の一部始終に一切ツッコミを入れなかったクラスメイトの奴らはもうちょっといろいろと考えた方がいいと思うよ。
だって、明らかにおかしいやり取りだったもの。
先生もにこにこして見てるだけだったし。あれはもう自分の仕事増えなきゃ何でもいいやの顔だった。
そんなわけで、俺は現在倉瀬の助手として書記係を任されている。黒板に書くだけだから大した仕事量でもないのだけれど。
「それじゃあ、次は班決めだね」
「なんの?」
「部屋のと、あとはレクリエーションのときとかに使うやつ。一つずつ決めていこうか」
まずは部屋の班を決めることになった。これに関しては完全に男女が別れる形になる。
はてさてどうしたものかと頭を抱えていると、さも当たり前のように栄達が俺の横に立つ。
「グループは六人だそうだが、あとの四人はどうする?」
「お前とグループになることが既に決定している件について問いたいんだけど?」
「僕と幸太郎が別々のグループになることがあると思っているのか?」
「ないとは言い切れない」
「そんなことになれば僕は確実にぼっちじゃないか! 仲良くもない奴らのグループに同情で入れられ、部屋で盛り上がっている時も愛想笑いを浮かべるしかなく、挙げ句僕を抜いて女子の部屋に出発してしまうじゃないか! 部屋に一人残された僕はどうしたらいいんだッ!」
「……知らねえよ」
この一瞬でそこまで悲観的な想像ができるところがもう怖い。さては常々考えているな?
まあ、冗談はさておき残り四人をさっさと決めなければならない。こういうときに普段関わるグループの数が少ないと厄介だ。
別に喋らないわけでもないので誰とでもいいんだけど。そう思っているとちょうど四人グループの男子メンバーを見つけた。
そいつらに声をかけ、一緒の部屋になることに。たまに話すこともあるメンバーなので気を遣うこともないだろう。
中々悪くないグループだ。
部屋のグループが決まれば次はオリエンテーションなどで使う班決めだ。これは男女混合なので男子勢がこれでもかと盛り上がる。
それに隠れて女子もキャーキャーと騒いでいるので結果教室内がとにかく盛り上がっている。
まあ、楽しいよね。
こういうのは。
「さて、後のメンバーはどうする?」
これに関しても、さも当たり前のように俺の隣に立つ栄達がそんなことを言った。
「これもお前と同じ班だと?」
「当たり前だろう。幸太郎がいなければ僕はぼっち確定じゃないか。そうなると同情で他のグループに入れられ以下略」
「会話の中で以下略使うな」
この班は男女合わせて四人から六人。好きに組んでいいというルールらしい。
もちろん男子だけでも構わないが、女子を誘いたいオーラは見て分かる。
気になっている女子を誘いたいのだろうな。これを機にお近づきになることもあるだろう。
青春したいというのであればここは男女混合グループを作るのが賢明だ。
女子もソワソワしている。きっと誘われるのを待っているのだろう。
こういうとき、既に付き合っていたり、いつものグループが男女混合であると楽だ。スムーズに事が進むから。
そうでない奴らは誘いたいけど勇気が出ない。何かきっかけはないかと必死である。
そんな中、俺達はと言うと、
「こーくんこーくん」
結がてててと駆け寄ってきて俺の名前を呼ぶ。
自分で言うのも何だけど結が声をかけてくることは何となく分かっていた。
俺どころか、クラスの誰もが分かっていた。だから結に声をかけるやつは一人もいなかった。
「一緒の班で書いといたよ」
班が決まると黒板に書くというシステムなのだが。
「まさか既に書いているとは思わなかった」
黒板の方を見ると倉瀬が俺の名前を書いていた。どうやら結の他は倉瀬らしい。
「あとは誰にする?」
結と倉瀬と俺の名前を書き終えた倉瀬がこっちに戻ってきながらそんなことを言う。
「僕の名前を忘れているッ!」
当然、俺の隣の男が黙っているはずがない。
栄達のリアクションを見て、倉瀬はケタケタと笑う。怒りながら黒板に向かう栄達に倉瀬が笑いながらついていった。
残された俺と結は、騒がしい教室の中でふと目が合う。すると結がにこりと笑顔を浮かべた。
「楽しみだね。修学旅行」
「そうだな」
二年生どころか、高校三年間の中でも特別大きな行事と言える。これが楽しみでないはずがない。
もちろん。
俺がやらなければならないことも忘れてはいない。
まだ答えは出ていないけれど、その時までにしっかりと考えてちゃんと選ぶつもりだ。
悠長なことを言っているとすぐに修学旅行がやって来る。ふと、教室のカレンダーを見ながら、俺はそんなことを思った。
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