第144話 宮乃湊が思うこと


 とある喫茶店に呼び出されたぼくは店内に入り、知った顔を探す。とある筋から得た情報では彼女は遅刻魔らしいのでいない可能性も高いけれど。


 今は集合時間の一〇分前。

 レディーを待たせまいと少し早めに到着するように家を出たのだ。まあ、そんなことを口にすれば「お前もレディーだろうが」とツッコまれるんだけど。


「あ」


 適当に空いている席に座ろうかと思ったときに彼女の姿を見かけた。ぼくが近づくと居心地悪そうにこちらを睨んでくる。


「ぼくはどうして睨まれているのかな?」


「変な顔をこっちに向けているからよ」


 変な顔をしているつもりはないのだけれど。一体ぼくはどんな顔をしていたのだろうか。


 店員さんを呼んで注文を済ませる。


「それで、今日は何かあったの?」


「何かないと誘っちゃいけないのかしら?」


 棘のある言い方だな。

 ぼくは何もした覚えがないから、他のところでストレスを溜めている可能性が高い。


「いや、にしても白河さんから誘ってくるのは珍しいなって」


 白河明日香と知り合ってから結構経つが、彼女から遊びの誘いがあったことはこれまでになかった、と思う。


「ま、たまにはね。冬休みだし」


 とは言うが、彼女の顔はそうは言っていない。必死に何もないように取り繕っているのに、顔や態度がどうしてもそれを漏れ出させる。


 普段はクールで感情を抑えていることを知っているだけに、そういうところが可愛くてたまらない。


 ぼくが男の子ならば放っておかないんだけどなあ。八神のやつは贅沢だよ、ほんと。


 何かを言いたそうにしているけれど、言い出せない様子の白河さん。そんな彼女の胸のうちを聞き出すのがぼくの役目だ。


「それで? 最近はどう?」


 聞き出すというほど難しいことではない。ただ、きっかけを与えれば自ずと話し出す。

 だって、彼女は話したがっているのだから。


 だからぼくが呼ばれたんだ。


「どうって?」


「分かってるでしょ。八神との関係だよ。クリスマスに告白して、それからのこと」


 実は冬休みになってから会うのはこれが初めてだ。終業式の日に健闘を祈ってから会ってはいない。

 一応、告白したという結果報告は電話でくれたけれど。


「……一応、大晦日に会ったわ」


「へえ。八神って絶対大晦日とか出掛けなさそうなのに。八神から誘ってきたの?」


 ぼくが聞くと白河さんはかぶりを振った。まあ、そりゃそうか。いろいろあったし葛藤してた頃だろうな。


「告白して、返事は保留させて、これからだってときだから、コータローからの誘いを待ってたのに全然寄越さないから」


 ぶつぶつと、唇を尖らせながら彼女は文句のようなものを言う。思い通りにいかない恋愛はどうにも不満を溜めてしまうらしい。


 しかし、こんな彼女の姿を知るものは少ない。ぼくが知っている限りでは文芸部の人達だけだ。

 あの場所だけは、彼女がのびのびと自分を曝け出せる場所なんだろうな。


 ぼくが彼女のそんな一面を知ったのはたまたまだけれど、その結果そちら側になれたことを今では嬉しく思っている。


 面倒くさい子だけど、そこが可愛いのだ。


「八神は適当なことを呟くことが多いけれど、適当なことができないやつだから。あいつもいろいろ考えているんだよ」


「年も明けてもう四日だっていうのにまだ連絡がない。このままだと冬休みが終わってしまうわ」


 八神のやつめ。

 白河さんがここまで考えているとは思ってないだろうな。恋する乙女というのはいろいろと大変なんだよ。


 でも、何も考えずにぼーっとしているとは思えない。きっと八神なりに考えて決心するはずだ。


「だいたいね―─」


 白河さんがさらなる愚痴をこぼそうとしたそのとき、彼女のスマホがピコリンと音を鳴らす。


 普段あんまり鳴らないのか、そのときの慌てようというか驚きようは中々のものだった。


「見たら?」


 こちらの様子を気にして見ようとはしないが、見たい感じはソワソワから伝わってくるので促す。


「ええ」


 彼女のどきどきが伝わってくる。

 ここ最近メッセージを確認するときいつもこんなに緊張してるのかな。疲れないのか?


「……」


 白河さんの表情が少しだけ変わる。具体的に言うと口角が僅かに上がった。


 雰囲気も柔らかくなった気がする。分かりやすいなあ。


「誰から?」


「……にやにやしながら聞かないでくれる?」


 そんなににやにやしていただろうか。

 ぼくは自分の顔をぺたぺた触ってみるが、もちろん分からない。


「まあまあ。それで、誰から?」


「絶対分かってて聞いてるでしょ」


「まあね。それで、何て?」


 ぼくが内容を尋ねると、どうしてかこちらを睨んでからスマホに視線を落とす。

 もう一度内容を読み返しているようだ。


「で、」


「で?」


「デートの、お誘いよ」


 小さな声で、しかし盛大に喜びを込めながら白河さんは言った。

 恋をするだけでここまで人が変わるなんて、本当に偉大なものだよね、恋というものは。


 あるいは。

 これほどまでに人を変えてしまうのだから、罪深いものなのかもしれない。


 いずれにしても、そんな彼女を羨ましいと思っている自分がいた。


 なんといっても、その場所はぼくが立ちたくても立てなかった場所なのだから。


 いや。

 だからと言って嫉妬とかそういうのはない。不思議と未練もない。ぼくは今の関係に満足しているから。


「よかったじゃん。念願のお誘いだよ」


「え、ええ……」


 ぼくは本当に心の底から白河さんの恋愛成就を祈っているし、八神の幸せを願っている。


 月島さんか白河さん。

 二人のうちどちらかが必ず悲しい思いをしなければならない。そう考えると何とも言えない気持ちになるが。


 それもまだ先の話。

 今はまだ、考えるべきではないことだ。


 今考えることは他にある。


「精一杯アピールしなきゃね。可愛い服も着ていかないと」


「そうね。でも、あれよ……勝負服はクリスマスのときに使ってしまったわ」


 一世一代の大勝負だったからね。それは仕方ない。


「それじゃ、せっかく外に出てきたわけだし、この後ちょっと見に行こうよ」


「でも、いいの?」


「もちろんさ。可愛い服を着ている白河さんを拝めるんだから約得でしかない」


「……なに言ってんのよ」


 できるだけのことをしてほしい。

 そして、叶うならば勝利を……幸せを掴んでほしいと思う。


 けれど。

 もし。

 その思いが叶わなかったとしても、後悔だけはしてほしくない。


 だから。

 せめてその為にぼくができることをやろう、そう思っただけなのだ。

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