第145話 白河明日香と冬のデート①


 新年になり少し経つと世間の正月ムードも消え、冬休みも残すところあと僅かとなった。


 もちろん宿題など終わっていない俺であるが、その日は朝早くに起床し早々に家を出る。


 ばくばくと激しく動く心臓を必死に抑えようとするが、意識すればするほど鼓動は高まるばかりだ。


「……はあ」


 今日は白河明日香とデートをする。


 クリスマスに会ってから、結局こっちから誘えなかった。冬休みの間にいろいろと考え、俺は先日ついに白河をデートに誘った。


 誘った側がデートコースを考えるというのが普通なのかもしれないが、初回で外すのも恐ろしく、俺は恥を忍んで白河に尋ねた。


 なので、今日のスケジュールは両者承諾のものである。デートと思うから変に緊張してしまうが、要は二人で遊びに行くだけなのだ。

 深く考えることはない。


 電車に揺られ、待ち合わせ場所へと向かう。どうやらまだ白河は到着していないようで、俺は改札を出たところで待つ。


 ふと外を見ると中々の快晴だ。一月に入り、寒さもそろそろ本気出すかという時期だが今日はわりと暖かい。

 夜には冷えるだろうが、日中の気温が上がってくれるのはありがたい。何せ、本日これから向かう場所は外なのだから。


 基本インドアな白河からあんな場所を提案されるとは思っていなかったな。


「……あ」


 そんなことを考えていたときのこと。


 改札から出てきた白河が俺の姿を発見して小さな声を漏らした。てててとこちらに駆け寄った白河はなぜだかやけに嬉しそうだ。


「早いわね、コータロー」


「めちゃくちゃこっちのセリフなんだけど。いつもの遅刻はどうしたよ?」


 本当に早めに出ておいてよかったと思った。多分、俺の次の電車で来たのだろう。

 余裕をもった行動って大事だなと思いました。


「で、デート……なんだから、遅刻とかそういうのはよくないと思ったのよ!」


「その気持ちはデートじゃなくても持っててほしいもんだ」


 デート、という単語がどうにもこそばゆい。自分で言っておいて、ついつい照れてしまう。


 白河も同じような気持ちなのか、いつものようなキレがない。お互い慣れてないんだし、仕方ないか。


「……」


 しかし。

 こう改めて見ると本当に綺麗だと思う。いつも着ている制服を見ても思うが、気合いの入った服を見るとなお思う。


 ハイネックのセーターに下は黒のパンツ。もこもこした上着を羽織って防寒は完璧なようだ。それでいておしゃれというか、ちゃんと可愛く仕上がっているのだから、さすがとしか言いようがない。


「なによ?」


 俺の視線に気づいた白河が唇を尖らせながら半眼を向けてくる。


「あ、いや、まあなんだ……似合ってるなーと思って」


 正面から相手を褒めるのってなんでこんなに恥ずかしいんだろうか。別におかしいことは言ってないのに相手の顔を見れない。


「ありがと」


 いつもと違う調子で来るからこっちも狂うんだよなあ。慣れてくるとは思うけど。


 揃ったところで俺達は出発する。目的地はここから徒歩五分ほどの場所にある。

 なので、駅を出れば見える何なら電車の中からも見えていた。


「しかし、白河がアウトドアな場所を言ってくるとは思わなかったよ」


「どういう意味よ?」


「まんまだよ。どっちかっていうとインドアな場所を好みそうじゃん。イメージ的に」


「……不本意だけどその通りだから返す言葉もないわ」


「だから、珍しいなって」


 俺が言うと、白河は恥ずかしそうにしながら口を開く。


「来たことないから」


「え?」


 小声で聞き取れなかったので聞き返すと、白河はそれを煽りとでも受け取ったのか今度はこちらを睨みながら言う。



「だから、友達と遊園地に来たことないの!」



 周りも唖然とするほどのボリュームだった。もちろん俺も驚いて声も出ない。

 もちろん内容にではなく、ボリュームにだ。


「そっすか」


 何とか絞り出す。


「悪い?」


「いや、全然。でも、やっぱり意外だとは思うけど」


 白河の猫被りは高校生になってから、というのは何となく聞いた。その状態で人と出掛けるのがしんどいというのも分かる。


 でも、中学時代には仲のいい友達もいただろうに。でもあれか、お金なかったりするもんな、中学生は。


「結とかと行かなかったのか? ていうか、あんまり遊びに行ったりしてなかった?」


「誘われれば行ってたわよ。月に一回はどこかに行っていたもの。でも遊園地は来なかったわね」


 何となく、白河と遊園地が結びつかなかったんだろうな。その気持ちはよく分かる。


「そういうことなら、今日は楽しまなきゃな」


「ええ。コータローのエスコート次第よ? 頑張りなさい」


「……なんでそんな上から」


 くすり、と冗談めかして笑う白河は少しだけいつもの調子を取り戻してくれたようだ。


 そういうわけで、本日俺達がやってきたのはとある遊園地である。この辺ではそこそこ有名で、誰もが一度は訪れたことがあるであろう場所。


 クリスマスイブに結と行ったドリーミーランドとは少し趣向が違い、あそこは最新設備のテーマパークって感じだけどここは歴史ある遊園地。そのレトロ感というか、昔ながらの雰囲気を楽しむような場所である。


 そう思うと、ふと疑問に思うことがある。


「なんでここなんだ?」


 遊園地のゲートが見えてきたところで俺はその疑問をぶつける。


「どういう意味?」


「いや、女の子ならどっちかっていうとドリーミーランドのが好きそうじゃん」


「あそこも行ったことないから良いと思ったんだけどね。今日はここに来たかったの」


 そう言いながら、キャラクターが書かれた大きなゲートを見上げる白河の横顔はどこか儚げなようだった。

 まるで、何かを懐かしむような、そんな感じだ。


「何かあんの?」


「深い意味はないわ。ただ、昔家族で来たことあるから、高校生になっても楽しいかなって思っただけ」


「まあ、思うことはあるけど」


 思い出補正とかあるもんな。


「ジェットコースターとか乗れんの?」


「どうかしら。子供の頃は乗らなかったわ。それ以来だから何とも言えない」


「チャレンジする気は?」


 俺が尋ねると、白河は不敵に笑う。

 そして、そのままチケット売り場に歩き出す。


「いや、どっち!?」


 かくして、俺と白河の遊園地デートは幕を開ける。

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