第140話 プレゼント交換


 どこに行ってもサンタクロースの飾りや色とりどりのライトアップ、クリスマスソングが流れていたというのに一日経っただけで街中はもう年越しムードだ。


 毎年思うけど、年末のこの怒涛のイベントラッシュ感はなんなんだろうか。


 そんなことを思う、一二月二九日。

 俺はこたつで冬休みの宿題と向き合う。夏休みではぎりぎりまでやらずに追い込まれるという惨劇を起こしている。

 あんな経験を再び味わない為にも計画的にコツコツと進めていくことにしたのだ。


 そう。

 俺は失敗から学習できる男なのだ。


 しかし、そろそろ頃合いかと思いシャーペンを置いて時計を見る。昼だ。それを自覚すると空腹が主張を始める。


 冬の昼ご飯に最適なのはうどんだ。簡単で美味く腹が膨れる。なので冬休み中のほぼ全ての昼飯はうどんになる予定なのだが。


 今日は違う。


 外行きの服に着替えて家を出た。

 昼から結と約束がある。といっても、大したことではないのだが。


 なので、たまには外で食うかなと思いやって来たのは駅前だ。


「あ、先輩。こんにちは」


「こんにちは、涼凪ちゃん」


 すすかぜはランチに来るとお得なランチメニューが揃っている。涼凪ちゃんのお父さんが作る料理は基本的にどれも美味いし、最近では調理は涼凪ちゃんが担当するものも多いらしい。


 注文を済ませ、一息つく。


「この時期は忙しいの?」


「……見ての通りです」


 俺が聞くと、涼凪ちゃんは苦笑いを浮かべながら答える。

 年末だからか、それとも冬休みだからか、すすかぜの店内は閑散としていた。


「学校帰りの学生さんが多かったから、冬休みに入るとこうなることは予想してたんですけどね。なにか考えないといけないです」


「SNSでも始めれば?」


「……父も私も、そういうのが苦手で遠ざけていたんですけど。そうですよね、大事ですよね」


「インスタ映えするスイーツとかあるといいかもね」


「検討します……」


 そのリアクションを見る限り、本当に苦手なんだろうな。しかし、思い返してみると李依や結に比べると確かにスマホを触るところをあまり見ない。


 いろいろあって、少しの間だけ俺と涼凪ちゃんの間には距離があったけれど、お互いに落ち着いて今では普通に会話できるほどになった。


 昼飯を食い終えた俺は結の家に向かう。インターホンを押すと、結が出て中に入れてくれた。


 結の部屋に連れて行かれるかと思っていたが、案内されたのはリビングだ。


「おじさんとおばさんは?」


 今日は家の中ということもあって、結は随分とゆったりした服装だ。薄いピンクのニット。丈が長いから下に穿いてるであろう短パンは見えない。

 

「お出掛け。デートだよ」


 冷蔵庫から冷えたお茶をコップに注ぎながらそんなことを言う。ほんとに仲がいいことだ。


「うちの両親はデートしてるのに、わたしはこうしておうちで一人なんだよ。誰かさんがデートに誘ってくれればお出掛けできるのにね。ずっと待ってるんだけどなあ」


 俺の前にコップを置きながら結は言う。彼女から感じる圧が凄くてそっちを見れない。


「……う、うす」


 何というか、これまでは基本的に結からアプローチしてくることがほとんどだった。というか、全てと言っても過言ではない。


 しかし。

 これからはそういうわけにもいかない。結に対しても、白河に対しても、俺から行動を起こさなければとは思っていた。


 そんな葛藤はあった。

 でも、これまでそういうことをしてこなかったから、いざ誘うとなると恥ずかしい。そもそもどうしていいのかも分からない。


 自分のヘタレ具合と経験不足をこれでもかと呪っている。


「プレゼント取ってくるね」


「お、おう」


 そもそも。

 今日は先日のクリスマスイブに実行できなかったプレゼント交換を実施することになっていた。


 これも結からのお誘いだ。

 多分、この数日待っていたんだろうなあ。いつもなら翌日にでも連絡入れてきてたし。


 ちょうどいい口実もあるので簡単だったのだが、それでも悩むというのがヘタレチキン童貞野郎というものなのだ。


「おまたせ」


 自分の部屋からプレゼントを持ってきた結は俺の向かいに座る。それを見て、俺もカバンからプレゼントを取り出した。


 クリスマスの翌日に栄達と宮乃と会ったときにプレゼントは買っておいた。宮乃にアドバイスを求めたところ「八神が選んだものなら何でも喜ぶと思うよ」と、参考にならない答えが返ってきた。


 栄達には聞くだけ無駄だろうと思い、特に聞いていない。二人が後ろでニヤニヤする中、選んだものだ。


 ああは言ったが、宮乃は本当にやばいものなら多分止めてきていただろうから、それなりのものは選べたと思う。


「えっと、それじゃあ……メリークリスマス?」


「なんかちょっと違うと思うけど、まあいいか」


 俺達はお互いのプレゼントを交換し合った。受け取った結がさっそく開封しようとしていたので、俺は慌てて止める。


「待て。俺が先に開ける」


「え、どうして?」


 俺の静止に問う前のリアクションを返してくる結。変にハードルを上げたくはないが、そんなことを言うのもどうかと思う。


「一刻も早く見たいんだよ」


「同時に開けようよ」


「え、でも」


「わたしもこーくんのプレゼント早く見たいし。それじゃあいくの、せーの!」


「早いよ!」


 俺を待つつもりは全然ないようなので、慌ててプレゼントを開封する。

 中にあったのは腕時計だった。普段あまりつけることはないんだけど。


「それね、スマホと連携できたりするんだって」


「へー、そうなんだ。そんなん高いんじゃねえの?」


「んーん、学生向けのリーズナブルなやつだよ。高価すぎるのもよくないかなって思ってたし」


 見てみると確かに中々の高機能だ。万歩計や心拍数はもちろん、睡眠状態の確認など面白そうな機能がいくつもあった。

 これを機に腕時計デビューでもするか。


 と。

 自分のプレゼントに夢中になっていて結のリアクションを確認するのを忘れていた。

 俺は慌てて顔を上げる。


「マフラーと、手袋。ちょうど新しいのが欲しいと思ってたんだ」


 結へのプレゼントは防寒具にした。

 クリスマスに出掛けたときにしていなかったので、持ってないのかなと思っただけだ。

 もしも持っていたとしても使い分けできたりするだろう。多分。学校用と遊び用とかで。


「気に入るか分かんないけど。何となく、似合いそうだなって思って」


「さすがはこーくんだね。まあ、こーくんが私のために選んでくれたものならなんだって嬉しいんだけどね」


 自分で言うのも何だけど、予想通りのリアクションをしてくれるなあ。


 ともあれ。

 無事にプレゼント交換というイベントを終わらせることができ、俺は内心ほっと胸を撫で下ろしたのだった。

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