第119話 あのときの選択


 来る中間考査に向け、俺は勉強に励む。

 思い返せば常に赤点を取っていた俺だが、一学期の期末考査では奇跡的に赤点がなかった。


 奇跡的とは言ったが、あれは過去最高に勉強をした結果であることは明らかだ。

 俺という人間はどうやらやればできるらしい。


 ということで放課後、俺は一人で部室に立ち寄る。家に帰ると様々な誘惑に襲われるからだ。


 いつものように喫茶店に行くという選択肢もあったが、現在の俺は金欠というピンチに陥っている為、できる限り出費を抑えたい。


 結果、残された選択肢は部室。


 誰もいない部室は当然だが静かだ。

 これならば勉強も捗るに違いない。


 俺はノートと教科書を広げ、勉強を始める。


 黙々と続け、ふと顔を上げたところ気付けば小一時間が経っていた。

 一旦休憩でも挟もうと、校内の自販機に向かい缶コーヒーを買う。いつもはカフェオレの方が好きだが、勉強中なんかは微糖にする。

 特に理由はない。

 ちなみにブラックは飲めない。


 少し風に当たりながら缶コーヒーをちびちびと飲んでから部室に戻る。


「あ、先輩」


 そこにいたのは涼凪ちゃんだった。

 誰もいないと思っていたので鼻歌なんか交えて入場してしまったが、聞かれたかな? やだ恥ずかしい。


「どうしたの? 一人?」


 最近は李依とのペアが目立ったので何となく一人でいるのが珍しいと思ってしまった。


「あ、はい。ちょっと勉強してから帰ろうかなって思いまして」


「ああ。テスト前だしね」


「先輩は?」


 涼凪ちゃんの俺を見る目が珍しいものを見るものだった。いや、確かにそういう風潮あるけれども。


「俺もそんな感じ」


 なるほど、と納得した涼凪ちゃんはハッとして「お邪魔じゃないですか?」と尋ねてきた。


「全然。何なら監視してくれる人がいる分サボらずにいれそうだ」


「ならよかったです」


 そんな感じでお互いが各々勉強を始める。


 今日は中々に集中が続いた結果、気付けば下校時間ぎりぎりになっていた。


「そろそろ帰ろうか」


「もうこんな時間?」


 涼凪ちゃんもよほど集中していたのか、顔を上げ時計を見て驚いていた。


「店番とかあったの?」


「あ、いや、テスト前なのでそれは大丈夫なんですけど。ちょっとその、観たいテレビがあって」


「へえ」


 なんか意外だな。


「涼凪ちゃんってテレビとか観るんだ?」


「そりゃ観ますよ」


 ですよね。

 しかし、これまでそういう会話をしたことなかったからイメージが沸かない。


 荷物を纏めた俺達は部室を出る。

 駅に向かいながらさっきの話の続きを聞く。


「どんなテレビ観るの?」


「そうですね、いろいろ観ますけど」


 むーっと考えながら悩む涼凪ちゃん。確かに普通はいろいろ観るよな。


「特に好きなのはドラマですね。今日観ようと思ってたのもドラマの再放送なんですよ」


「ドラマかー。俺はあんまり観ないな」


 どちらかと言うとアニメの方が頻度は高い。栄達の影響というわけでもないが、ぼーっと観るのにちょうどいいんだよな。


「最近のドラマって医療系のが多い気がするんだけど」


「そうですね。そんな感じはします。私は恋愛ものが好きなので、医療系はあんまりですけど。手術のシーンとかがどうしても観れなくて」


「ああ、確かに。俺もあんまり好きじゃないかな。グロいのとかね」


「ですです」


 ドラマ事情はよく知らないが、昔に比べると不良ものとか減った気がする。

 あの類のドラマは割と好きで、その頃はよく観ていたけれど。


「あと旅番組とか結構観るんですよね。美味しい食べ物のお店もそうですけど、綺麗な景色とか見るの楽しいんです」


「俺はどっちかっていうと花より団子だから、景色は二の次だなー」


「先輩っぽいですね」


「……褒められてる気がしないけど」


「ほめてますよ?」


 くすくすと笑いながら涼凪ちゃんは言う。確実にからかわれている。


「そう言えば」


 このままだとさらに笑われるような気がしたので、俺は強引に話題を変えることにする。


 駅に到着し、電車が来るのを待つ。少しするとアナウンスと共にやって来た。


 この時期のこの時間、さすがに少し冷える。強い風が吹くと、ついブルっと体が震えてしまう。


「李依はテスト大丈夫なの?」


 一学期の期末考査ではぎりぎり赤点を回避していたが、もともとは勉強苦手組だ。


「一応、一緒に勉強はしてますよ。本人はまだ文化祭の余韻が残ってるのか、いやいやモードですけど」


「もう結構経つのに」


 どんだけ嫌なんだよ。

 さすがの俺でももう文化祭は過去のものとして前を向いているというのに。


 何て話をしていると、涼凪ちゃんはあっと何か思い出したように呟いた。


「文化祭と言えばなんですけど、一つ聞いてもいいですか?」


「なに?」


「先輩はミスコンの投票、誰に入れたんですか?」


 まさかの質問に俺は一瞬停止する。

 今更になって、そこを掘り返されるとは思ってもいなかった。


「急にどうしたの?」


「いえ、何となく気になって」


 こてんと首を傾げながらそんなことを言う。涼凪ちゃん的には一切悪気とかないんだろうなあ。


 ミスコンの投票、か。

 あの時は確かにめちゃくちゃ悩んだ。誰に入れても何かしらの被害は出ていた可能性がある。


 結や李依は入れないと文句言いそうだし、白河は黙って不機嫌になりそうだ。涼凪ちゃんはそういう意味では一番被害はなさそうだった。


 結果的に言えば、誰からもその質問は飛んでこなかったので杞憂に終わったものだと思っていた。


「……実は、投票してないんだよね」


「へ?」


 ちょっとどきどきしていた様子の涼凪ちゃんは拍子抜けしたのか間抜けな声を漏らした。


「なんか誰に入れても波風立つような気がしてさ。いっそのこと誰にも入れないでおこうって結論に至った」


「そうなんですか」


 何となく涼凪ちゃんがしょんぼりしたように見える。やっぱり自分に入れてもらえたかは気になってたのかな?


「投票はしなかったけど、涼凪ちゃんもすごい可愛かったよ。あれ、なんだっけ、織姫?」


「はい。同じクラスの子が仕立ててくれて。私もすごく可愛い衣装だなって思いました」


 衣装だけでなく、それを着た涼凪ちゃんも可愛かったよ、と言おうとしたが何だか照れくさくてやめた。


「ちなみにですけど」


 ちらと俺の方を見てきた涼凪ちゃんは控えめな声を漏らす。その感じは聞くことを躊躇っているように見える。


「先輩的には誰が一番良かったですか? 投票するなら、誰にしてました?」


「それ聞く?」


「はい」


 それをバラすまいとして投票しないという選択肢を取ったというのに。しかし、涼凪ちゃんの真面目な表情からして適当に誤魔化すわけにもいかなさそうだ。


「……好感度とかそういうの一切抜きにして、あのときの評価だけで考えるなら」


 俺が話すと涼凪ちゃんは緊張した顔でごくりと喉を鳴らす。

 そんなに聴き込まれても困る。


「……白河、かな」


 これは嘘ではない。

 結も、涼凪ちゃんも李依も、何なら他の出場者も全員確かに可愛かった。

 けれど、そのレベルから頭一つ抜きん出ていたのは間違いなく白河だ。


「白河先輩、可愛かったですもんね。私でもきっと同じ結論を出してました」


 そう言って笑った涼凪ちゃんの表情はどこかぎこちないように見えた。

 分かってはいても、自分が選ばれなかったという結果がそうさせたのかな。


 ならば、彼女のことを考えて涼凪ちゃんに投票してたよと言うべきだったか?


 そんな嘘には何の意味もない。

 それは彼女の為と言いながらも、傷つけることを恐れた自分の為の嘘だから。


「一応言っておくけど、このことは他の人には言わないようにね」


「……はい」


 誰かに知られれば何が起こるか分からない。この事実は墓までとは言わないが、せめて俺が卒業するまでは持っててもらおう。

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