第92話 脚本完成
白雪姫。
誰もが一度は読み聞かされたことがあるであろう童話だ。
もともとは海外のどこぞの国で作られた話らしいが詳しくは知らない。
新しく全てを覚えなければならないわけではなく、自分の知っている何となくの知識で拙い部分を補えるので学校の演劇で行うにはもってこいなのかもしれない。
難しい話や尺が長い話は脚本作りが大変だが、白雪姫はシナリオもシンプルなのでその辺も問題ないだろう。
放課後。
ようやく脚本ができたということで俺は居残りを強制され、仕方なく渡された脚本に目を通す。
あらゆる質問に正直に答えるとされる魔法の鏡は真実を告げるものとされていた。
王妃が「世界で最も美しいのは誰か?」と問うたところ、魔法の鏡は王妃の名前を口にしていた。
しかし、白雪姫が成長したことで魔法の鏡は王妃の質問に「白雪姫」の名前を上げた。
そのことに怒りを覚えた王妃は様々な手段を使い、白雪姫を亡き者にしようと考える。
作戦を実行するも失敗が続き、最終手段として王妃は毒リンゴを白雪姫に食べさせる。
毒のせいで白雪姫は命を落とすが、王子様のキスによって再び目を覚ます。
「俺の知ってる白雪姫は王子様が躓いて白雪姫が毒リンゴ吐き出して助かるってオチなんだけど?」
「もともとはそうらしいけど、どっちかっていうと今の時代はキスの方が有名なんじゃね?」
近くにいた栄達に聞いてみたが、そんな感じのことを言われる。
「王子様のキスの方がロマンチックだしね」
それに続くように倉瀬が言った。
まあ、確かに演劇映えするエンディングがどちらかと言われるとキスなんだろうけど。
「僕は敢えて毒リンゴを吐くエンディングでもいいんじゃないかと提案したんだけど」
「したんだけど?」
「結が王子様のキスパターンを強く押したんだ。主演の意見は大事だしってことでそっちのパターンに決まったってわけ」
「あいつも脚本作りに参加してたのか」
「どうしてもそこは譲れなかったみたいだよ。まあ、やっぱり女の子としてはキスの方が盛り上がるよね」
「キスする王子様役が俺だってことを忘れてんじゃねえだろうな」
「そこはほら、ね?」
ね? じゃねえよ。
何のフォローもできてねえじゃん。
「倉瀬は王妃役なんだな」
「うん。せっかくだからいい役どころ欲しかったし。小人役でも良かったんだけどね、どうせならオンリーワンな役を貰おうかと思って」
さすが、イベントに全力投球の女だ。
部活に実行委員と忙しいのによくやるよ。
教室の中には劇に出演する生徒が残っており、各々脚本に目を通している。
自分の出番やセリフの確認は大事だからな。
物語の展開上、俺が演じることになった王子様の登場は後半だけなのでセリフもそれほど多くはない。
もちろん少なくはないが、やはり重要なのはメインキャラクターである白雪姫と、次点で王妃だろうか。
結にかかるプレッシャーは大きいだろうから、こうなった以上せめて俺にできることはしよう。
「こーくん!」
小人役の人らと喋っていた結がこっちにやって来る。
えらくにこにこして上機嫌だが、何かあったのだろうか。
「なんか楽しそうだな」
「うん。だって、ラストにはこーくんとのキスシーンがあるし」
頬を赤く染めながら、体をくねくねと動かす結。
「キスする振りな」
「んもう、照れちゃって」
「結構セリフとか多いけど、大丈夫なのか?」
俺が聞くと、嬉しそうにしていた結はぴたりと止まり、楽しそうだった表情は次第に不安の色に染まる。
「んー、ちょっと大変かも」
そう率直な意見を述べた。
「でもね、せっかく選んでもらったんだし、全力で頑張ろうって思ってるよ。優勝だってしたいしね」
ぐっと拳を握って結は力強く言った。
浮かべた笑顔はぎこちないが、結の本気を確認するには十分だった。
「……そっか。そうだよな、せっかくなら優勝したいよな」
「うん。そしたらきっと、最高の思い出になるよ」
「俺にできることなら手伝うから、遠慮なく言えよ」
「あ、じゃあキスの練習してもいい? わたし、経験ないから上手くできるか不安で」
「やらねえって言ってんだろ。どこに演劇の本番でガチキスする奴がいるんだよ」
俺がツッコむと結はむーっと膨れる。どこまで本気か分かったもんじゃねえぞ。
「まあ、それは冗談だけど練習には付き合ってね。セリフが多いから覚えるの大変そうだ」
「なんつっても主役だからな」
少し憂鬱そうな顔をしたものの、それでも結は楽しそうに脚本を眺めていた。
せっかくの文化祭だし、楽しまなきゃ損だよな。
結の笑顔は、不思議とそう思わせてくれる。
「つか、脚本担当って栄達なんだな」
「気づくの遅い。ちゃんと表紙で主張してるじゃん」
栄達に言われて俺は改めて表紙を見ると、確かに栄達の名前が書かれていた。
いらんだろ。
「てことは出演はしないんだ」
「そうだね。今回は裏方に徹しようかと思って」
「意外だな。倉瀬ほどじゃないけど、お前も積極的にイベントに関わろうとするタイプだろ?」
オタクはオタクでもアグレッシブなオタクだからな、こいつ。
「うん。まあ、最初は出演も悪くないと思ってたんだけどね」
言いながら、栄達は脚本を手にして溜息をつく。
「なんだよ?」
栄達は脚本の一ページ目を開いて見せてくる。そのページには登場人物とその配役が書かれていた。
「僕に合うキャラクターがいなかったのだよ」
「……ああ」
出演できない理由が悲しいなあ。
それを理解してすっと身を引くところが実に栄達らしいが、今回はそれは言わないでおこう。
「だから、裏方に徹するよ。裏方で精一杯楽しむつもり」
「そうか。頑張れよ」
それ以外に、俺が栄達にかけれる言葉は見つからなかった。
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