第91話 ミスコンとは


 大幕高校の文化祭は二日間にかけて行われる。

 二年生を中心にステージで演劇やミュージカルなんかが披露されたり、一年生を中心に出店が開かれたり、はたまた三年生が自由に好き勝手暴れたりする。


 目玉企画はいくつかあるが、そんな中でも一際注目を浴びているのは被服研が力を入れて取り組むミスコンだろう。


「……今年もそんな時期か」


 廊下にでかでかとプリントが貼り付けられ盛大なアピールがされていた。


 ミスコンといえば去年は白河が一年生ながら二位を獲得して話題になっていたっけ。


「ミスコン? へー、大幕は中々面白いことをするんだな」


 俺の隣を歩いていた宮乃が感心したような声を漏らす。

 

 俺達は学食で昼飯を済まして教室に戻っていたところだった。


「これだけしっかりアピールしてるってことはやっぱり人気のあるイベントなの?」


「そうだな。特に男子からは大盛況だ」


「あはは、分かりやすいな。ということは八神も楽しみにしてるのか?」


「そりゃ、それなりに」


 ミスコンということは校内の可愛いどころが一同に介する場だ。可愛い女の子を眺めるのが嫌いな男子はいないだろう。

 それは俺とて例外ではない。


「お前も出てみたらどうだ?」


「ぼく?」


「顔は美形だし、案外いいとこまで行くかもしれないぞ」


「……どうだろうね。ミスコンというのはどっちかっていうと可愛い子の集まりだろ?」


 そうでもないんだよなあ。

 去年は我らが映研の元部長である三橋薫子が一位を獲得したのだから。あの人に可愛いという形容詞は似合わないだろう。


 それでも人としての人気が彼女を優勝に導いたのだ。


「そんなことはないと思うけど」


「そうなんだ。まあ、気が向いたら考えてみるよ」


「絶対向かないだろ」


 俺がツッコむとあははと誤魔化すように宮乃は笑った。


 その時だ。


「だから、今年は出ないって言ってるじゃないですか!」


 聞き覚えのある声の聞き馴染みないセリフが耳に入ってきた。それが誰のものなのかはすぐに分かったし、隣の宮乃も俺と同じく声の正体は特定しているようだった。


 どこから聞こえてきたのかと辺りを見渡してみると、階段の方からそいつは走ってきた。


 昨年堂々の二位を獲得した白河明日香その人だ。


「何やってんだよ」


「コータロー? ちょうどいいわ、私はいないって誤魔化して!」


 それだけ言うと白河は物陰に隠れる。隠れている様はなんとも間抜けっぽいが、言わないでおこう。


「あの!」


 白河が隠れたすぐ後に一人の男子生徒が現れた。上履きの色から察するに三年生だ。


「こっちに白河明日香さんが来ませんでしたか?」


 この人から逃げていたのか。

 裏切ることは容易だが、そんなことしたら確実に後で痛い目見ることになるし、ここは従っておくか。


「こっちには来てないと思いますけど。なあ?」


 一応宮乃にも振っておく。これで連帯責任だ。


「そうだね」


 宮乃の言葉を聞いたその男子生徒はおかしいなあと眉を歪めながら別の場所へと行ってしまう。


 なんだか申し訳ない気持ちになるが、これも自分の身の安全のためなのだ。


「行ったぞ」


 俺が言うと白河が物陰から姿を現す。まだ周りを警戒しているようで険しい表情のまま辺りを見渡している。


「信用ねえなあ」


「念には念を入れているのよ」


 いないことを確認した白河は小さく安堵の息を漏らした。


「で、何で追っかけられてたの? あの人は何者?」


「まさか告白かい?」


 俺に続いてくすくすと笑いながら宮乃が言う。その様子に白河はむすっとした表情を見せる。


 そのやり取りを見ただけで、二人の仲の進展具合が伺えた。


「被服研よ」


「ああ」


 白河のそれだけの言葉で俺は全てを理解したが、宮乃はまだ分かっていないようだ。


「どういうこと?」


「つまりミスコンへの参加を催促されてたってことだろ?」


 俺が言うと、白河は大きな溜息をつきながら頷いた。


「ミスコンは被服研が大きく関わってるんだよ」


「へえ、そりゃまたどうして?」


「ミスコンは文化祭のステージで行われるんだけど、ステージに上がる際に衣装を着るのが恒例というか、決まりになってるわけ」


 疑問を抱き続ける宮乃に白河は説明する。


「その衣装を作るのが被服研にとっては重大なイベントなんだってさ。自分が作った衣装を可愛い女の子に着てもらえるんだから、そりゃ気合い入るよな」


「そういうことか。それで追いかけられていたわけだ」


 そういうこと、と白河は疲れた表情を見せる。


「出ればいいのに。今年は優勝狙えるだろ」


「他人事だと思って」


「まあ、他人事ではあるし」


 俺の言葉が気に入らなかったのか、白河はムッとしてこちらを睨む。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。


「白河さん、発見!」


 その時、廊下の奥の方から白河の名前を呼ぶ声がした。

 そちらを見てみると、白河を指差す生徒が勢いよくこちらに向かってきていた。


「……またか。私はもう行くわ」


「お、おう」


 じゃあねと手を挙げた白河は走って行ってしまう。


「さっきの人とは違ったけど、あの人も被服研?」


「だろうな。もし違うんなら、熱烈なストーカーってことになる」


「部員総出で追いかけられるなんて、白河さんは本当に人気なんだね」


 昨年二位という実績があるし、それのおかげが知名度もある。白河が出れば観客も増えるに違いない。


 そうでなくても、観客席は毎年埋まるみたいだが。主に男子で。


「どうやらそれだけではないようだがね」


 白河が消えていった方をぼーっと見ていると、後ろからぬぼーっと栄達が現れた。


 登場の仕方の気持ち悪さは今年一だった。


「どういうこと?」


 気持ち悪い登場に触れることなく宮乃は尋ねる。空気を読んでいるのか、そもそも興味がないのかは分からんが。


「聞いた話だと、被服研はエントリーした生徒の衣装を一人が担当するらしい。個人の容姿はもちろん大事だが衣装も結果に大きく関わる。ミスコンというのは謂わば被服研部員の代理戦争とも言えるのだよ」


「代理戦争……」


「そう。だから自分の衣装を着る人は自分で決めたい、という生徒が多いからあんな感じの熱量限界突破な勧誘が行われている、らしい」


「詳しいな」


「まあ、聞いた話だよ」


 こいつ、いろんな情報を仕入れているが、その仕入先は定かではない。

 オタクというと結構敬遠されるイメージがあるが、栄達はわりと受け入れられるタイプのオタクだからな。


 意外と知り合いは多いのかも。


「それじゃあ白河さんの取り合いにもなるね」


「そういうこと」


 もし白河が本気で出場する気がないのなら、あいつ今から文化祭の期間ずっと追われ続けるのか。


 可哀想に。

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