第79話 こってり
栄達が全ての仕事を担うということが決まったところでミーティングは終わった。
栄達は編集の仕上げをしてしまうと部室に残る。何か手伝うかと一応気遣って聞いてみると「邪魔だからさっさと帰って」と言われた。李依に。
結は涼凪ちゃんとランチに行くらしい。何となく今まであまり見ることのなかったペアに珍しさを感じた。
結曰く、「今までもよくランチとか行ってたよ」だそうだ。
そういうわけで特に予定も何もない俺はさっさと家に帰ることにした。栄達を李依に任せて部室を出た。
その時、襟をぐっと掴まれた。思いっきり喉が締まった俺はゲホゲホと咳をしながら何事かと後ろを振り返る。
「……なんだよ、急に」
「私に何も言わずにそそくさと帰ろうとするコータローが悪いのよ」
素直だな。
いつもならば「私に挨拶もなしに帰るなんてコータローにあるまじき行為ね」なんてセリフを無表情に言ってのける白河だが、今日はむすっとした感じが少し表情に出ている。
これは本音を言っている証拠だ。
「別に約束とかしてなかったよな?」
覚えはなく、もう一度改めて思い返してみたけど約束はしていないはずだ。
「してないわよ」
「だよな」
え。
何かおかしい?
約束してないのに帰りに声かけなかったこと怒られてるの俺。お疲れ様でした! とか言った方が良かったの?
「お疲れ様でした」
「急になに!?」
帰りの挨拶をしなかったのは確かに失礼だったなと思い、今更だが一応言ってみた。
すると白河はめちゃくちゃ驚いた。
「いや、挨拶しなかったことを怒っているのかと」
「違うわよ!」
「じゃあなに……」
「ああ、もう、いらいらする!」
ああー、と頭を抱えながら内側から沸き起こる怒りを鎮めようとしている。
俺ってそんなにストレス与えてたのかな。ちょっと凹む。
「結は?」
「涼凪ちゃんとランチ行くって」
「そうでしょ。小樽は?」
「残って作業するって」
「そう。李依は?」
「栄達に付き添うらしい」
「いかにも」
いかにも?
「コータローは?」
「帰る」
「私は?」
「いや、知らんけど」
「帰るのよ」
「はあ」
何が言いたいんだろうか。
分からん。
「全然これっぽっちもピンときてない顔されてるのも腹立つけど、もういいわ」
「そっか」
「帰るわよ」
ふいっと顔をそむける不機嫌な様子の白河の後をゆっくりと追う。こういうときの白河は触れないに限るからな。
距離をあけて歩いていると白河がこちらを振り返る。
「一緒に帰るのよ!」
「お、おう」
校内だと言うのに、素のモードで声を荒げるのが珍しく俺は驚きおののいた。
「コータローはもう少し女の子に優しくするべきよ。あなたは結から何を聞いているのよ」
「幼馴染への甘え方、とか?」
「ああ?」
「冗談だよ」
今日の白河は何か怖いな。
まあ、いつも通りといえばいつも通りだし、そうなってくれることを望んでいたので有り難いとは思うけど。
思い返せば夏休み序盤の夏合宿でいろいろあって、それから最後の夏祭りまで全然会ってなかったからな。
夏祭りの時にはしおらしい態度もなくなっていて安心したけど、立ち直ってくれて良かった。
「ところでコータロー」
「はい?」
「今日は予定あるの?」
「……んー、あるというかないというか、あると言えばあるし別に無いとも言えるというか」
「つまり?」
ゴゴゴゴという擬音が流れていそうな迫力ある顔に俺はたじろぐ。
「ありませんです」
「それならそうと、最初から言いなさい。それとも」
白河は少しだけ顔を伏せて、上目遣いを俺に向けてきた。あまり見ない彼女の表情に、俺はどきっとしてしまう。
上目遣い、卑怯だ。
「私といるの、嫌なの?」
そんなこと言われると、嫌だなんて言えやしない。別に白河のことは嫌いじゃないし、二人でいても気まずいとかもない。
ただ。
周りの目は怖いけど。
「そんなことないよ。嫌だったらこうして楽しく喋ってねえって」
だけど、自分のことが可愛くて女の子に悲しい顔をさせるようじゃダメだよな。
「……じゃあ、ちょっと付き合いなさい」
「どこに?」
「ランチ!」
昼飯か。
まあ適当に済ます予定だったからそれなら好都合だな。
「いつかの約束を果たすわ」
「約束? なんかしたっけ?」
「……覚えてないならそれでもいいわ。私が勝手に約束を果たすだけだから。だから、今日は私の奢りよ」
「奢りって、急に怖いな」
そういや前にも一回あったな。
あの時も結局飯食ったあとに約束こじつけられたんだよな。大したことじゃなかったけど。
けど、今回は以前した約束を果たすと言っているし。よく分からんけど俺が白河に奢ってもらえる約束をしたのだろう。
安心して食べるとしよう。
「そういうことなら、さっさと行こうぜ」
こうして、俺と白河は学校を出た。
当然ながら、周りの目が怖いので学校周辺の店を選ぶようなことはしない。
例によって街の方に出ることになった。
何か食べたいものがあるかと聞かれたが特に思いつかなかったので何でもいいと言うと、白河が店を決めることになった。
迷うことなく歩いているのでもしかしたら最初から食べたいものがあったのかもしれない。
それならそうと言ってくれればいいのに。
「これ?」
「ええ」
「なんか意外だな」
「そう?」
店の前に到着した俺は看板を見上げながら言う。
「何となく、おしゃれなイタリアンとかカフェとか、そういうの好きそうなのに」
「そんなのは一人で行くわよ。こういうお店は一人だと入りづらいじゃない」
「まあ、あんまり見ないか」
ラーメン屋である。
しかも、わりとしっかりめなこってりラーメン。女子はさっぱりしたのを好みそうだから本当に意外だ。
「前々から気になってたのよね」
「そんじゃ入るか」
少しうきうきしている白河と中に入る。
食券システムらしく、俺達は先に食券を購入する。宣言通り、白河は奢ってくれた。
何の約束したんだろ、俺。
食券を買うと好きな席に座るように案内された。カウンターとテーブルがあったので、テーブルに座る。
他にもお客はいたけどほとんどが一人客で、カウンターにいた。男三人がテーブル席で騒いでいたのでそこから一番遠い席に座る。
暫く待つと、ラーメンが運ばれる。
とりあえずこの店おすすめの豚骨ラーメンを頼んだが、想像よりこってりしている。
俺と同じものを頼んだ白河もぎょっとしている。あんまり見慣れないだろうから気持ちは分かるが。
「……想像以上だわ」
ごくり、と喉を鳴らしながら白河は髪を括る。長いと食うときに邪魔になるからだろう。
「いただきます」
手を合わせて言ってから、白河は割り箸を割り、そして恐る恐る麺を掴む。
そして、それを口に運んだ。
「……っ」
声にならない声を漏らした白河は何とも言えない複雑な表情で固まる。
こってりの威力に驚いているのだろうか。
俺でも少し警戒するレベルだからな。
「……」
しかし、少しすると白河は二口目を啜る。今度はしっかりと量を口の中に入れた。
それを見て安心した俺も、ラーメンを楽しんだ。
想像以上に美味かった。
また来よう。
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