第49話 涼凪のお願い


 夏休みの宿題と向き合い一時間が経過した。依然として進捗はよくない。結局何かと言うと集中できない。


 合宿までにある程度終わらせておこうと計画まで練ったが、当然のように予定通りには進まない。


 現に先日は結に誘われて出掛けてしまった。

 今日こそはと始めてみたけど結果はこの通りだ。


 そんな時だ。


 ヴヴヴ。


 と、スマホが震える。


「なんだろ」


 集中が切れている俺は当たり前と言わんばかりに速攻で内容を確認する。

 誰からかと思えば、珍しく涼凪ちゃんからだった。


『今日、もしお時間あるならお店に来ていただけませんか?』


 というもの。


 お時間?

 嫌というほどありますね! もう宿題をしないでいい理由を探していたくらいなのでちょうどいい。


『ちょうど暇だったから今から行っても大丈夫?』


 メッセージを送るとすぐに返信がきた。既読もすぐついたのでずっと画面を見ていたのかもしれない。


『はい!』


 と、短い内容の返信が来たところで俺は立ち上がる。準備をしてさっさと家を出よう。


 環境を変えれば宿題ができるかもしれないので、一応少量の宿題をカバンに詰めて俺は『すずかぜ』へと向かう。


 歩いていくと遠く感じるけど自転車を走らせると駅前までそう時間はかからない。


「こんにちは」


 お店に到着し、中に入るとすぐに涼凪ちゃんが俺に気づく。カランコロンと鳴るので気づくのは当然だが、その速さがさすがの一言に尽きる。


「こんにちは、先輩。早かったですね」


「ああ、言った通り暇だったからさ」


 あはは、と笑いながら言う。

 涼凪ちゃんに案内されてテーブル席に座る。

 俺を案内するとそのままお店の奥に引っ込んでいった。俺はどうしたらいいのだろうか。


 と、悩んでいると二つのグラスをお盆に乗せた涼凪ちゃんがやって来た。

 そして俺の前に座り、グラスを置く。俺の前にはカフェオレ、涼凪ちゃんはオレンジジュースだ。


 よく見ると涼凪ちゃんはエプロンを外している。それはつまり、休憩中ということである。


「それで、どうしたの?」


 俺が尋ねると、涼凪ちゃんは少し考える素振りを見せてから俺の方を向き直る。


「あ、えっと、回りくどく話すのがあまり得意じゃないので単刀直入に言ってもいいですか?」


「その前置きが怖いけど。どうぞ」


 その前置きがあるとだいたいよくない話が続くんだよ。あんまり経験はないけど、漫画とかだとそのパターンが多い。


「うちでアルバイトしませんか?」


「へ?」


 予想外の提案に俺は間抜けな声を返す。


「急な話かと思うんですけど、夏休みの間だけでもどうですか?」


「本当に急な話だね。わざわざ言ってくるってことは何か理由があるの?」


 でなければ俺に話は回ってこないだろう。

 それに、このパターンは早急にアルバイトを求めているのだと思う。


 俺の言葉に涼凪ちゃんはこくりと頷く。


「今までお客さんはそこまで入っていなくて、私とお父さんでも十分回せていたんですけど、最近ちょっとずつお客さんが増えてきたんです」


「確かに、今日もちらほらいるね」


 今までこの時間は数人いる程度だったけれど、今は涼凪ちゃん休憩してていいのかと思うくらいには客が入っている。


「そうなんです。数人雇おうという話になったんですけど、なかなか人が集まらなくて」


「それで俺を誘ったんだ」


 俺が言うと、涼凪ちゃんは申し訳なさそうにこくりと頷いた。


「あ、でも先輩に声をかけようって提案してきたのはお父さんです」


「なんで店長が」


 最もな疑問を口にするが、涼凪ちゃんもさあと首を傾げる。

 俺は腕を組んで唸る。


 アルバイトか。

 確かに普段から時間を持て余している感はあったし、それも考えてはいた。

 この店なら涼凪ちゃんもいるし店長も顔見知りだから働きづらいということはなさそうだ。


 夏休みの間だけでもと言っていたし、始めてみるにはちょうどいいのかもしれない。


「やっぱり、だめですか?」


 それに、涼凪ちゃんにここまで頼まれることも今までなかったので力になってあげたいとも思う。


「いや、そういうわけじゃないよ」


 俺が答えに渋っていると涼凪ちゃんは指と指を合わせながらもじもじとし始める。

 ちらと俺の顔を見て、そのまま俯いてもう一度顔を上げる。


「私個人としては、先輩と一緒に働けると嬉しいです」


「んー」


 新しいことを始めるのは怖いというけどまさにそのとおりだ。

 けど、動かないままでは何も変わらない。変わるのを待っていても意味はない。


 大事なのは変えようという意志だ。


 それに、涼凪ちゃんにここまで言ってもらって応えないというのはどうだろうと思う。


「よし、俺でよければ力になるよ」


「本当ですかっ?」


「うん。とりあえず夏休みの間だけってことでいいのかな?」


「はい! 大丈夫です!」


 涼凪ちゃんは前のめりになってテーブルに身を乗り出す。ぐいっと顔が近づいて俺は照れてしまう。


 俺の反応で自分のしていることに気づいた涼凪ちゃんは慌てて席に座り直す。


「お父さんに言ってきます!」


「え、そんな急に」


 まだ心の準備とかできてないんだけど、と止めようとした時には既に涼凪ちゃんはいなかった。


 少しすると涼凪ちゃんのお父さんが俺の元までやって来た。大きなお皿を持っているのがどうにも不穏だった。


「ありがとね、八神君! これは俺からのお礼の気持ちだから受け取ってくれ!」


 大盛りのパフェが目の前に置かれた。俺、パフェ好きとか言ったことありましたっけ?

 いや、嫌いじゃないけどね。でもこの量はさすがに厳しいというか。


「詳しい話はあとで聞くから、パフェでも食ってゆっくりしててくれ! 涼凪ももうちょい休憩してていいぞ!」


 ガハハ、と笑いながらお父さんは厨房の方へと戻っていく。

 このパフェ作るだけの時間はなかったから、多分既に作り始めていたな。

 俺が了承するのを前提に。


 まあ、いろいろと言いたいことはあるけどとりあえず解決しなければならない問題が一つある。


 俺は目の前のパフェタワーを見たあとに涼凪ちゃんに視線を移す。


「涼凪ちゃんも一緒に食べる? ていうか、食べて?」


「……はい」


 あはは、と笑いながら涼凪ちゃんはスプーンを手に持った。

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