第48話 結と水着 後編


 商店街での買い物が不可能となった俺達は、結局電車に揺られて大きめのショッピングモールへと向かうことになった。


 水着を諦めるのはどうだろう、と提案してみたけどダメだった。具体的にどうこう言われたわけじゃないけど、しゅんとされた。


 あの顔に弱いのだ。


 水着を買うためだけにわざわざ電車に乗るのは面倒だが、かといって商店街のあの店に入るのは嫌なので選択肢がない。


 そして。

 俺達はショッピングモールへとやって来た。

 消耗品を先に買っても荷物になるだけなので、先に水着の購入に向かう。

 憂鬱なことはさっさと終わらせた方が気が楽だしな。


「ここなら大丈夫なの?」


 俺と結はショッピングモールの水着売り場までやって来た。

 比較的女子比率が高いものの、ちらほらと男の姿もあるのでまだ気持ち的には安心だ。


「そうだな」


 といっても男物のコーナーは店の隅っこなので、結局女物のエリアに足を踏み入れることにはなる。

 アウェイ感があることに変わりはないが、商店街よりは幾分かマシ……だと思い込む。


「それで、何にするの?」


「それをこーくんに選んでもらうんだよ」


「嫌だよ。女子の水着の良し悪しなんて分かんないし」


「こーくんはどんな水着が好き?」


 結は陳列された水着を手に取りながら聞いてくる。


 何が好きか、と言われても困るな。

 そんなこと考えたことなかったので思いつきもしない。

 そもそも、スク水以外の女子を見る機会が滅多にないので想像もつかない。


「まあ、やっぱりビキニは可愛いと思うよ。着れる人限られてくるしな」


「そうなの?」


「あんなの、ふくよかな人は恥ずかしくて着れないだろ。ビキニを着るということはスタイルに自信がある現れなんだよ」


「ううう」


 俺がそんなことを言っていると結は涙目で唸る。俺、何かいけないこと言ったかな?


「どうした?」


「いや、なんでも」


 ワンピースタイプとか、最近だと服に寄せてるようなものもあるんだな。デザインも凝ってたりするけど、結局ビキニだろ。

 男としてテンション上がる。


「そうだ!」


 急に隣の結が声を上げるものだから俺は驚いて声が出そうになる。が、何とか堪える。


「急に大声出すなよ」


「ごめんごめん」


 あはは、と笑いながら謝る結は水着を手に取る。


「これ、試着するね」


「ああ、いいんじゃね」


「お前胸ないのにビキニかよ、とか思ってないよね?」


「思ってねえよ」


 何その新手の捻くれ。

 確かに他の人に比べると結の胸は若干大人しめなサイズだけど、全くないわけでもない。

 かといって、ビキニを着てはいけないという決まりはないだろ。


「スタイル悪い人はビキニが似合わない、ということは逆に言えばビキニが似合えばスタイルが良いってことになるよね?」


「ん? んー」


 どうなんだろ。

 よく分かんない理論だけど、それで納得してるならそれでいいか。何か言って面倒な方向に転がっても嫌だし。


「というわけで、わたしはこれからビキニを着るね」


「ああ、頑張れ」


 結はビキニを手にしたまま試着室に入っていく。

 そうなるとこのエリアに男一人ということになるので非常に気まずい。早く出てきてくれないと、なんもしてないのに罪悪感抱いてしまう。


「結、まだか?」


「あとちょっと」


「……巻いてくれ」


「ん? うん、わかった」


 結からしたら何を急いでるんだと疑問を抱くだろう。

 暫くするとゆっくりカーテンが開かれる。


「どう?」


 黄色いビキニに可愛らしいフリルのついた水着。胸は確かに控えめだが腰は引き締まり、スラっとしているので十分似合う。


 正直それでいいと思うんだけど。


「似合ってると思うぞ」


「ほんとにっ!?」


 俺が言うと、結が前のめりになって聞いてくる。きらきらした瞳を向けられると、何だか照れてしまう。


「ということは、わたしはスタイル悪くないってことだよね? 貧乳じゃないということが証明されたよね!?」


 何を持って貧乳とするのか、その基準が明確に決められているのかは知らない。

 でも漫画とかで見るにぺったんこじゃなくても小さけりゃ貧乳と言われている。


 俺は改めて結の胸に視線を落とす。


「……そだね」


 こう言えば、誰も不幸にならんだろ。

 例え、真実がどうであったとしても。


「似合ってるし、それ買えば?」


「でも、こーくん的にはもうちょっといろんな水着見たいでしょ?」


「そんなこと言ってないけど?」


「あと二三着、着ちゃうから気に入った水着持ってきてもらってもいいかな?」


 言いながら、結はカーテンの奥に隠れてしまう。

 水着持ってくるとか、冗談じゃねえぞ。それ結局俺一人で店内歩き回って水着物色してることになるじゃないか。


「ちょっと待て、結。それは俺にはハードルが――」


 俺は慌ててカーテンを開けて中にいる結に訴えかける。

 否。

 訴えかけようと試みたけど、その言葉が途中で切れてしまう。


 だって、結が水着を脱ぎ始めていたから。


 上を外した半裸だったから。


「やっ、こーくん!?」


 後ろを向いていたので直接は見えていない。でも、姿見で一瞬だけ見えたような気がした。


「なんで脱いでんだよ!?」


「だって、次のやつに着替えるから!」


「次のやつまだ持ってきてないじゃん」


「確かに!」


 バカ野郎かこいつは。

 ハッとした結は慌ててシャツで前を隠す。


「ねえこーくん」


「なに」


「……見た?」


 結は頬をこれでもかと言うくらいに真っ赤に染めて聞いてくる。ここまで恥ずかしがっている結は初めて見た。


「……見てないよ」


 俺は若干片言になりながら答えた。


「ほんとに?」


「本当だよ」


「ほんとのほんとに?」


「本当の本当だよ」


 嘘はよくない。

 これはこの世界の誰もが抱く共通認識だ。

 しかし、必ずしもそうとは限らないと思うんだ。

 人を幸せにする嘘もあれば、人を不幸にする真実だってきっとある。


「そっか、よかったぁ」


 だから。

 多分俺の選択は正しかった、はずである。


 ……うん、そこまではっきりは見えていなかったし、あれは見えていないと言っても過言ではなかったな。

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